第194話 予選終了の翌日
小鳥の囀りに、ムビは目を覚ました。
反射的に周囲を警戒する。
だが数秒後には、そこが自宅のベッドであることに気付いた。
(そうだ……帰って来たんだ)
ムビは全てを思い出すと、枕に頭を落とした。
予選の出来事が頭の中をぐるぐる回る。
昨日は帰ってきてから、泥のように眠っていた。
疲労が蓄積されていて、体が鉛のように重い。
予選を突破した喜びよりも、とある3人のことで頭がいっぱいだった。
まずはミラ。
シェリーの反魂呪文で命は繋がったが、一度はムビの手で殺してしまった。
ギアスのせいとはいえ、ミラや亜人の3人からの信用は地に落ちただろう。
誤解を解きたい。謝罪したい。
だが、ギアスがそれを許さない。
制約を解除し、真実を伝える必要がある。
二人目は、リリス。
「ミラを殺せ」と命じられた記憶はない。
だが、ムビにギアスをかけられるのはリリスだけ。
遠隔操作など可能なのだろうか?
リリスはムビの知らないギアスの仕組みを熟知している。
可能性は十分にある。
一刻も早くリリスに会い、問いたださなければならない。
三人目はシノ。
帰宅後に放送を確認したが、『白銀の獅子』から拷問に近い仕打ちを受けていた。
気を失っていたシノは病院に搬送され、夜に目を覚ましたと一報があった。
お見舞いに行こうかと思ったが、昨日は疲れ切っていてそのまま死んだように眠った。
今日はシノの様子を見にお見舞いに行こう。
眠気が薄れたムビは、いつものようにSNSを開いた。
『Mtube』のアカウントには、コメントが殺到している。
(昨日に引き続き、炎上してるなぁ……)
予選の総括として、世間ではミラの敗退が最も大きな注目を集めた。
ムビが背後からミラを刺す映像は繰り返し報道され、SNSには大量の切り抜きがアップされた。
卑怯なだまし討ちとして、1000万人を超えるミラの登録者たちが大激怒。
ムビは国民的悪役としての地位を確立しつつあった。
(性犯罪者から、殺人鬼にランクアップか……ははは……)
予選突破は喜ばしい。
だが、代償はあまりにも大きかった。
(登録者数が十万人も減ってる……)
「こんな卑怯者とは思わなかった。登録解除します」
「こんなガチのサイコパスを登録する奴の気が知れない」
「ミラが何をしたっていうんだ?」
「そうまでして勝ちたいのか?」
コメント欄は怒りと失望で埋め尽くされていた。
Mtuberにとって登録者の減少は、心を引き裂かれるほどの痛みだ。
一日で十万人の減少は、メンタルに深刻な打撃を与える。
一体、どこまで登録者数が減るのだろう。
(とにかく、まずは体の疲れを取ろう。それからシノのお見舞いに行って、今後のことを考えなくちゃ)
◆ ◆ ◆
ムビは気分を紛らわすため、外に出て散歩することにした。
空は晴れ渡り、風は心地よい。
しかし、どうにも落ち着かない。
(周りの人が、こっちを見ている……)
それは予選突破者に向けられる称賛の眼差しではない。
明らかに冷たい視線だった。
(悪い意味で有名になっちゃったな……)
予選前ならば、10人中1、2人がムビに気付いて振り返ることがあった。
今は、半数近くがムビを認識しているように感じる。
ムビはレストランで朝食を済ませ、温泉へ向かう。
良質な硫黄の香りが鼻腔をくすぐる。
温泉に浸かった瞬間、体の疲れが溶け出すように感じた。
だが、風呂場でも周囲の視線は冷たい。
口元を隠し、ヒソヒソと囁く声が耳に届く。
(もしも今スキルが使えたら、ステータスはどうなるんだろうなぁ。もっとも、呪いのせいで何の恩恵も得られないんだけど……)
ムビは温泉に浸かりながら、肩に刻まれた呪印にそっと触れる。
エルバニアの森の遺跡で化物を討伐した際、スキル封じの呪印を体に刻まれた。
この呪いも、できれば本選が始まる前に何とかしたい。
呪いによる弱体化があるとはいえ、ムビの実力はレベル100相当。
だが、本選出場パーティの中ではそれも珍しくない。
どのパーティも平均レベルは80以上だろう。
対して『四星の絆』のメンバーのレベルは50強。
戦力差は歴然だ。
(本選まで一ヶ月。その間に、全体の戦力を底上げしないと)
露天風呂で岩を枕に空を仰ぎながら、ムビは今後の方針を練る。
呪いの解呪方法を探りつつ、『四星の絆』のレベルアップを図る必要がある。
あの化物の呪いを解く方法など、見つかるのだろうか。
レベルアップも、一ヶ月では時間が足りない。
ムビが弱体化していなければ、Aランクモンスターを瀕死にして仲間にトドメを刺させることもできる。
だが今の状態では、Aランクとの戦闘はパーティ全滅の危険すらある。
Bランクですら、一歩間違えばメンバーの命の危機に瀕する。
となると、Bランク中位~下位の魔物を地道に討伐していくしかない。
(果たして一ヶ月で、どこまで準備できるだろうか……)
◆ ◆ ◆
午後、ムビはシノの病室を訪れた。
手にはお見舞いの品。
軽く息を整え、ドアをそっと開ける。
「こんにちは。シノさん、だいじょ——」
言葉が喉で止まった。
病室には、すでに先客がいた。
『ドラゴンテール』のマルス。
椅子に腰掛け、ナイフでリンゴを剥いていた。




