第193話 封じられた叫び
「おい……こりゃどういうことだ?」
映像を見たシンラの声には、怒気が滲んでいた。
鬼の目が、赤く燃えるように輝いている。
「ミラを殺してまで予選を通過したかったってのか?借金があるのは知ってる。だが、お前にとってそれは、ミラの命より重かったのか?」
一歩、また一歩。
シンラがムビに歩み寄るたび、地面が震えた。
「言ったよな?優勝したらお前をパーティに入れて、借金も肩代わりしてやるって。他人の言葉なんざ、信じられなかったか?」
ムビの目の前で、シンラは仁王立ちする。
その殺気は、刃のようにムビを貫いた。
「……よう、なんとか言ったらどうなんだ?」
ムビは何度も説明を試みる。
だが、ギアスの力がその口を封じる。
「ち、違うんだ……!」
ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。
「何が違うってんだよ?」
再び沈黙。
数秒の静寂が、永遠のように流れた。
——バキィッ!
シンラの拳がムビを捉え、数メートル吹き飛ばす。
「ちょ……ちょっと!」
ユリが慌てて二人の間に割って入り、ムビに駆け寄る。
「二度と面見せんな、クズ野郎」
吐き捨てるように言い残し、シンラは背を向けた。
「最低だね」
「一時でも仲間だと思ったのがバカでした」
ナズナとシェリーも冷たい視線をムビに向け、3人はミラを抱えて会場から出ていった。
「ムビ君、大丈夫?」
ユリが倒れたムビを覗き込む。
「……うん、大丈夫」
ムビはゆっくりと起き上がる。
頬がズキズキと痛む。
「ムビ君、どうしてミラにあんなことを?」
ユリの問いかけにも、ムビは沈黙を貫く。
説明したい気持ちでいっぱいだったが、ギアスの力が、ことごとく言葉を奪う。
「よしよし、疲れちゃったね。皆と合流して、ゆっくり休もう」
ユリは優しい笑顔を浮かべ、ムビの頭をクシャクシャ撫でた。
「おーい、二人とも—!」
ムビとユリを呼ぶ声があった。
人混みを掻き分けて、ルリとサヨが駆け寄ってくる。
「おー♪ルリ、サヨ!予選突破おめでとうー!」
「やったぜー!おめでとうーーー!!」
ユリとルリは抱き合って喜ぶ。
「あれ、ルリ……なんか、泥だらけじゃない?」
「ふふ……その通り。聞いておくれ。聞くも涙、語るも涙。転移したら森の中でひとりっきりだった私は、3日間、ずっと地中に隠れていたんだよ」
「ふえー、そうだったの!大変だったね!」
「昼も夜も分からなくなっちゃって、眠ってたらいつの間にか会場に戻ってて。サヨにさっき起こされたところだったんだよ」
サヨは腕に怪我をしているようだ。
「やっぱり、皆さんもバラバラに転移していらしたんですね。私も、三日間森を彷徨っていましたの」
「私と一緒だね!夜の魔物災害、ほんと怖かったよね!私、木のうろに隠れてたんだ!」
「あれは生きた心地がしませんでしたわね。私もなんとかやり過ごしました。……それよりも、シノさんはまだ合流していませんの?」
「うん。ムビ君と合流したばっかりで」
「どこ行ったんだろう、シノ」
「心配だね。映像では『白銀の獅子』にひどい目に遭っていたみたいだし……」
四人はキョロキョロと周囲を見渡す。
「脱落していないなら、会場に転移しているはずですが……」
そのとき。
「だっはっは!お前らが捜しているのは、このボロ雑巾か?」
意地の悪い声が響く。
振り返ると、『白銀の獅子』が立っていた。
ゴリが、シノを抱えている。
「ほらよ、返してやるぜ♪」
ゴリがシノを放り投げる。
床に転がったシノは、目を開いたまま気を失っていた。
衣服は破れ、体は傷だらけだ。
「シノっ!」
ユリが駆け寄り、シノの横に座り込む。
「ひどい……骨が折れてる……」
「ぎゃっはっは!いい声で鳴くもんだから、つい力が入っちまったぜ♪」
ユリが『白銀の獅子』を睨む。
「あ……あんたたち……!」
「いやいや、驚いたぞムビ?お前がまさか、ミラを殺すとはな」
ゼルはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そこのボロ雑巾を敗退させて、お前らを脱落させるつもりだったんだがな。いい判断だったな、ムビ。だが、おかげで最大の脅威が消えた。俺たちの優勝は決まったようなもんだ。お前には感謝してるぜ?」
「……よくも、シノさんを……!」
ムビとゼルが睨み合う。
「なんだ?やるのか?予選も終わったんだ、今やるのはご法度だぜ?」
ムビの怒りを鼻で笑うゼル。
(くそっ……こいつら……!)
そのとき、ざわめきが起きる。
『四星の絆』と『白銀の獅子』に歩み寄るパーティがいた。
「失礼。ちょっといいかな」
現れたのは、『ドラゴンテール』だった。
「おっ?これはこれは、『ドラゴンテール』様じゃないか。俺達に、何か用か?」
マルスはゼルに目もくれず、シノに歩み寄る。
ボロボロになったシノを見ると、マントを脱いでそっとかける。
「……君たちがやったのかい?」
——ピリッ
静かな口調。
だが、マルスの気配は針のように鋭く、周囲の冒険者たちは息を呑む。
「へへ……なんだ、やろうってのか?試合以外での冒険者の争いは御法度だぜ?」
「分かっているさ。その代わり……本戦トーナメントで当たったら、覚悟するんだね。お前たちは、絶対に許さない」
マルスの威圧を受けながらも、ゼルは笑った。
「へへ……いいだろう、受けて立ってやる!俺達に当たるまで、せいぜい頑張れよ、『ドラゴンテール』?」
「それはこちらのセリフさ。優勝するのは僕達だからね」
『白銀の獅子』と『ドラゴンテール』のにらみ合いはしばらく続いた。
その様子を見ていたスタッフや敗退者たちは、本戦の激闘を予感し、胸を高鳴らせた。




