第192話 反魂呪文
——シュンッ
眩い光とともに、ムビは集合ホールへと転移した。
そこには歓喜に沸く冒険者たちの姿。
予選突破の余韻が空気を満たしていた。
「ムビくんっ!」
ムビに駆け寄る少女の姿があった。
髪に木の葉を付けたユリである。
ムビを見つけて、安堵の表情を浮かべている。
「やったね!!予選突破、おめでとーーーう♪♪ずっと寂しかったよ~!転移してから、ひとりっきりだったんだよ?木のうろの中に隠れててさぁー!でも、無事に突破できて本当に良かったぁー……って、ムビくん?」
喜びを爆発させていたユリは、ムビの様子がおかしいことに気付いた。
心配そうにムビの顔を覗き込む。
「ムビくん、どうしたの?顔、真っ青だよ?」
ムビの顔色は蒼白、体は小刻みに震えていた。
ユリに何かを話そうと、口を開きかける。
言葉を紡ごうとしたその瞬間——
「ミラッ!!死ぬなっ!!」
会場に響き渡る絶叫。
冒険者たちが一斉に振り返ると、床に倒れたミラの肩を揺さぶるシンラの姿があった。
血が床を染め、空気が凍りつく。
その様子を見て、本選出場を果たした冒険者たちはどよめいた。
「嘘だろ……ミラがやられたのか!?」
「おいおい、誰がやったんだよ!?そんな化物がいるのか!?」
シェリーが鬼気迫る表情で、ミラの周囲に魔法陣を展開している。
「シンラ、どいてっ!!」
シェリーが叫ぶと、シンラは素早く身を引く。
シェリーがありったけの魔力を込めて、詠唱を開始する。
---
闇より深き霧を裂き
鐘の音は魂を呼ぶ
眠りし者よ、時の綻びに応えよ
ただ一刻、ただ一息
黄泉の扉は開かれん
鐘が鳴り止むその時まで
汝は我が声に応えよ
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「反魂呪文——《帰魂の鐘》!!」
青白い鐘がミラの頭上に現れ、会場に澄んだ音が響き渡る。
シェリーの呪文を見て、冒険者たちがざわめく。
「おい……あれ、反魂呪文じゃねぇか!?」
「反魂呪文って……死者を蘇らせるっていう、伝説の呪文か!?」
「そうだ……。死者の肉体が残っていて、死後時間が経っていない場合、蘇生可能らしいが……成功確率は、せいぜい2割程度って話だ」
会場中の冒険者、スタッフが息を呑んで見守った。
カラーン……
最後に大きく鐘の音が鳴ると、鐘はミラの体へと吸収された。
青白い光がミラを包み——
「……ガハッ!」
ミラが血を吐きながら、息を吹き返す。
「ミラっ……!」
「生き返ったんだな!?」
ナズナが脈を確認し、心臓の鼓動を確かめる。
「脈が戻ってる……!心臓も動いてるよ!」
シェリーの表情が和らぎ、深く息を吐く。
「良かった……さすがミラ、悪運強いわね。でも、数日は目を覚まさないと思う」
「ちくしょう……一体、誰がミラをこんな目に……!」
シンラは周囲を見渡す。
すると、ムビの姿に気付いた。
「おーっ、ムビ!お前、無事だったか!こっちに来て教えてくれ、一体何があったんだ!?」
シンラが大声でムビを呼び、手招きする。
ユリが驚いた表情でムビに問いかける。
「ムビくん、知り合いなの……?」
「う、うん……。予選の間、ミラのパーティと一緒に行動してたんだ……」
「えーっ!すごいね!それって最強メンバーじゃん♪」
ユリが声を弾ませるが、ムビの表情は暗い。
ムビはシンラのもとへ歩み寄り、その背にユリも続く。
「よぉ、ムビ。そっちの子がお前の仲間か?」
「初めまして、ユリです♪」
「へぇ、可愛い子じゃねぇか。それはそうと、何があったんだ?お前も一緒だったんだろ。一体誰がミラをやったんだ?」
ムビは説明しようと口を開く。
(まずは、ギアスのことを説明しないと……)
——バチッ!
頭に激痛が走り、舌が回らなくなる。
(これは……ギアス!?……そうだ、思い出した!ギアスのことは口外しないよう、リリスに制約をかけられてたんだった……!)
「……おい、ムビ、どうしたんだよ?何か言えよ」
ムビは必死に言葉を探すが、どうしたってギアスに触れずに説明することなどできない。
沈黙するムビを、シンラは不思議そうに見ていた。
(くそっ……!どうやって伝えたらいいんだ!?)
そのとき、会場にアナウンスが響いた。
「皆さま、お疲れ様でした!予選通過、おめでとうございます!」
壇上のスタッフがマイクを握り、冒険者たちの視線が集まる。
「早速ですが、予選通過者の発表をさせていただきます!こちらの表に名前のある16組のパーティが、本選トーナメント出場となります!」
スタッフの言葉と共に、スクリーンに名前が表示される。
『ドラゴンテール』、『ライオンハート』、『エヴァンジェリン』……。
その他、有名なパーティたちの名前が連なっている。
「本選の開催は一ヶ月後です!後日、王族や貴族との交流パーティにもご招待するので、ぜひご出席ください!」
冒険者たちから歓声が上がる。
A級冒険者といえど、王族や貴族との交流は滅多に行えない。
社交界への足がかりとなる貴重な機会だ。
「それから、ささやかながら、皆様の活躍をまとめたムービーをご用意したので、ぜひご覧ください♪」
会場が暗転し、動画がスクリーンに映される。
本選出場が決まった冒険者16組の、それぞれの各場面が映し出される。
『ドラゴンテール』と『ライオンハート』の対峙。
『エヴァンジェリン』やその他冒険者の活躍。
ムビとミラたちの宴会。
『ドラゴンテール』VS数多の冒険者たち。
そして——
「……何だあれは!?」
シノが触手に絡め取られ、ゴリに痛めつけられる映像。
「ひどい……シノに、なんてことを……!」
ユリが悲鳴を上げ、口元を押さえる。
そして映像が切り替わり、ムビとミラの場面へ。
「えっ……」
シンラが呆然とつぶやく。
そこには、ムビがミラを背後から突き刺す姿が——
「えっ……ムビくん……!?」
ユリが震える声でムビを見つめる。
ムビの背筋を冷たい汗がつたった。




