第191話 予選終了
——バチッ
ミラの背後で動画を眺めていたムビの脳裏に、突如として激痛が走った。
顔をしかめ、頭を押さえるムビ。
(な……なんだ、この痛みは……!?)
頭の奥底から、異質な声が響く。
『ミラ・ファンタジアを殺せ』
(こ……これはまさか……ギアス!?)
右手が勝手に動き、剣を握る。
抵抗しようとするたび、声は執拗に繰り返される。
『ミラ・ファンタジアを殺せ』
『ミラ・ファンタジアを殺せ』
『ミラ・ファンタジアを殺せ』
(ダメだ……逆らえない……!ミラ、逃げて!)
声に出そうとしても、ギアスがそれすらも封じる。
剣の切っ先が、ミラの背中へと向かう。
(や……やめ……)
——ドスッ。
剣がミラの体を貫いた。
心臓を穿つ嫌な感触が、ムビの手に残る。
(……ミラッッ!!!!!)
まるで自分が刺されたかのような痛みが、ムビの胸を引き裂く。
剣を抜くと、ミラはよろめきながら振り返った。
その瞳は見開かれ、信じられないものを見るようにムビを見つめる。
やがて悲しみに染まり、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「そんなに……ワシのことが……嫌いじゃったのか……?」
震える声で問いかけ、ミラは前のめりに倒れた。
(ミラッ!!……か、回復魔法を……!)
しかし、ムビの身体は動かない。
ギアスの強制力が、癒しの魔法すら許さない。
血が地面に広がり、ミラの身体が光に包まれていく。
(ミラッ!!死んじゃダメだ!!ミラッ、ミラッ!!!)
ギアスを打ち破ってでも駆け寄ろうとするムビの全身に、バチバチと魔力が迸る。
全身に激痛が走り、まるで体が動いてくれない。
——シュンッ
そのまま、ミラは消えてしまった。
ふっと、ギアスの力が解ける。
だが、すでに遅かった。
残されたのは、冷たい血だまりだけ。
「……ミラーーーーーーッ!!!うわああぁぁぁーーーーーーっ!!!」
ムビは膝から崩れ落ち、拳を地面に叩きつけた。
その慟哭は、静かな森に吸い込まれていった。
◆ ◆ ◆
シンラたちは冒険者数十人を全滅させ、宴会の準備をしていた。
「いやー楽勝だったな!やっぱ、私たちの敵じゃねーわ♪」
「魔王軍の後じゃ、人間の冒険者じゃ物足りないね」
「そんなことより、せっかく宴会の準備をしたのに、あと1組の脱落で予選敗退って……。これじゃあ宴会は無理そうだね」
「いーってことよ!帰ってから散々街をハシゴすりゃいいんだから!ぎゃーっはっはっは♪」
そのとき、シンラの笑顔が突然曇った。
「おい……シェリー……」
「どうしたの?」
「お前、光ってんぞ……」
シェリーは自分の体を見る。
全身が光に包まれていく。
「ちょっと待って……シンラ、あんたもだよ!?」
「何っ!?……どういうことだ!?」
「ナズナ、あんたもよ!」
3人がどんどん光に包まれていく。
「これって、あれだよね……?敗退者が転移する前兆の……」
「おい、誰かトチって転移石割ったか!?」
「そんなことないよ!ちゃんと持ってるもん!」
3人とも転移石を取り出す。割れている転移石は一つもない。
「ねぇ……ってことは、まさか……」
場の空気が凍る。
「ミラが、やられた……?」
シンラが叫ぶ。
「そんなわけねぇだろ!あいつが、やられるわけ——」
——シュンッ。
3人は一斉に、姿を消した。
後には、ミラとムビが帰ってきたときのために作られた、宴会の席だけが残っていた。
◆ ◆ ◆
エルディアの森の冒険者たちは、突然転移石から鳴り響いたアナウンスに驚いた。
「予選終了ー!予選終了ー!このアナウンスを聞いている皆さまは、本選進出決定です!おめでとうございます!転移は数分後に行われるので、しばらくお待ちください!繰り返します!転移は数分後に——」
森のあちこちから、歓声が沸き起こった。
「よっしゃあああああああっ!!」
「生き残ったぞーーーーーー!!」
うろに隠れていたユリは、安堵のため息を漏らす。
「良かった……!皆、生き残ったんだね!本当に凄い……!」
どのパーティも仲間たちと抱き合って祝福した。
例外に漏れたパーティは2つだけ。
『四星の絆』と『白銀の獅子』である。
「ちっ……予選が終わっちまったか……」
ゴリがシノを締め上げながら、悔しそうに呟いた。
「おい、ゴリッ!お前がチンタラやってるから……!」
「へへ、悪かったよ。まぁいいじゃねぇか。弱い奴がトーナメントに残る方が楽だろう?」
シノはアナウンスを聞いて、心の底から安堵した。
(良かった……生き残った……)
——ギチィィッ!
「……!ぐああぁぁぁっ!」
ゴリに締め上げられ、シノは苦痛の声を漏らした。
「おいおい、なに安心してんだてめぇ?見ろ、カメラはいなくなったぞ?」
ゴリとシノを映していた浮遊カメラは、予選終了のアナウンスと共に、いつの間にかいなくなっていた。
「転移まで、数分あるんだよな?なら……その間は、好きにしていいってことだよな??」
ゴリの下卑た笑みに、シノは恐怖を感じる。
「や……やめっ——」
◆ ◆ ◆
放送席は、予想だにしない展開に衝撃を受けていた。
「ま、ま、まさかーーー!ミラ・ファンタジアが脱落ーーー!!誰も予期しない結末を迎えました!」
「油断し過ぎです。相手は、あの『四星の絆』のムビですよ??心を許したのか、あんなに隙を見せては敗退してもしょうがありません」
「しかし……その、ミラは……死んだのでは……?」
「転移石と生体リンクしていますからな。転移石が割れたというより、ミラが死んで転移したように見えました」
「いくら予選突破がかかっているとはいえ、よくも仲良くしてくれていたミラを、背後から殺せましたね……」
「正直、冒険者として……という以前に、人間として終わっていますね。しかも、超人気者であるミラを、カメラの前で堂々と……。これで分かりましたね、『四星の絆』がどういう人間の集まりなのか」
「これは、視聴者の方も、大変お怒りになっていると思います。大変ショッキングな展開でしたが、何はともあれ、予選は終了しました。なんと優勝候補『ミラと愉快な仲間たち』が脱落するという、波乱の展開がありました。本選も、勝ち抜いた16組の冒険者による熾烈な戦いが予想されます。放送は、これにて終了します。実況は私イナヅマ、解説はセキさんでした。それでは皆様、本選まで、ごきげんよう!」
◆ ◆ ◆
エルバニアの森に吹いた風は、等しく冒険者たちの頬を撫でていく。
太陽は変わらず温かく、木々のざわめきは、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。
ある者は歓喜に満ち、
ある者は不敵に笑い、
ある者は、打ちひしがれていた。
——シュンッ。
冒険者たちの姿が次々と消えていく。
転移の光が森を照らし、やがて誰もいなくなった。
残されたのは、静寂と、
血に染まった地面と、
そして、ひとり膝をついたままのムビだけだった。
◆ ◆ ◆
(ミラ……)
ムビは、まだその場にいた。
転移石は手の中で無傷のまま、ただ沈黙している。
(どうして……こんなことに……)
ギアスの呪縛は解けた。
だが、心の呪縛は、なおもムビを締めつけていた。
ミラの最後の言葉が、耳の奥で何度も反響する。
「そんなに……ワシのことが……嫌いじゃったのか……?」
(違う……違うんだ……!)
叫びたいのに、声が出ない。
涙も出ない。
ただ、胸の奥が焼けるように痛かった。
そのとき、ムビの転移石が淡く光り始めた。
(……俺は、どうすればいい?)
答えは出ないまま、ムビの身体は光に包まれていった。
——シュンッ。
ムビの姿も、森から消えた。
血だまりの中、ミラが宝物のように抱えていたスマホが、ポツンと残されていた。
ひび割れた画面には、楽しげに酒を酌み交わすムビとミラの笑顔が、静かに映っていた。
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