第188話 鯖折り
浮遊カメラが結界の周囲を旋回し、シノの姿をあらゆる角度から捉えていた。
「だはは!お前、やっぱこれに弱えぇみたいだな!?(笑)ほら、カメラに映ってるぞ!?魚みたいに跳ね回れや♪」
ゴリの声には、嘲笑と悪意が混じっていた。
「キイィィィッ♪」
魔物が興奮したように声を上げ、シノの服の隙間から触手が這い回る。
シノは歯を食いしばり、必死に耐える。
「だっはっは!お前よっぽど気に入られてんな!カメラにバッチリ撮られて、これじゃまるで見世物だぜ!だーっはっはっは!!」
結界の前で大爆笑するゴリ。
そんなゴリに、ゼルが背後から声をかけた。
「ゴリ。残り冒険者数が69人になった。恐らく、あと一組の脱落で予選終了だ。そろそろお楽しみタイムを終わらせろ」
ゼルの指示に、ゴリは舌打ちする。
「ちっ、しょうがねーなー。まっ、充分楽しんだし、そろそろ決めるか♪」
ゴリがニヤつきながら結界へと歩を進める。
——ブンッ
無造作に振るった拳が、空気を裂き、結界を一撃で粉砕した。
「おら。いつまで楽しんでんだ、てめぇは?」
ゴリはシノの背中に手を突っ込み、魔物の本体を鷲掴みする。
そのまま、容赦なく引き剥がした。
「キィッ……!?」
魔物はシノにへばりつこうとするが、ゴリの腕力がそれを許さない。
触手ごと引きずり出され、粘液が飛び散る。
触手の拘束から解放されたシノは、ベチャリと音を立てて粘液の海に崩れ落ちた。
「気持ちわりぃな。死ね」
——ブチュリ!
ゴリは魔物の本体を、熟れたトマトのように握り潰した。
触手が一瞬ビクリと震え、力なく地面に垂れた。
「だはは!歯ごたえゼロじゃねぇか!こんな雑魚に手こずるなんて、お前マジでド底辺だな??」
ゴリの足元には、粘液の海に沈むシノ。
もはやゴリの煽りに反応する気力も残っていなかった。
時折小さく体を震わせ、呼吸するのが精いっぱいという様子だ。
「ぎゃはは!もう動く体力も残ってねぇってか?敵の前で甘えてんじゃねーぞ?」
ゴリは勝ち誇った笑みを浮かべ、シノの胸ぐらを掴み、引き起こした。
「さぁーて、転移石はどこだ?」
いやらしい目つきで、シノの体を念入りにボディチェックする。
「ここか?ここか?それとも……ここかぁ~??」
ゴリは鼻息を荒げていた。
シノは両腕をゴリに抱えられ、身動きが取れない。
顔をしかめ、悔しさを滲ませている。
「おいゴリ。他の冒険者が脱落して予選が終わったらどうする?さっさと片を付けろ」
「……ちっ。へいへい、分かったよ。……おっ?この小さい袋が怪しいなぁ?」
ゴリはシノの腰にぶら下がった保存袋の中身を確認する。
五重に重ねられた保存袋の底から、転移石が現れた。
「ぎゃっはっは!見ぃ~つけた♪こいつを壊しちまえばおしまいだなぁ??お前のこれまでの努力は、ぜーんぶ無駄になる♪」
ゴリは転移石を摘まみながら、シノの眼前で揺らす。
「お前、少しは仲間に申し訳ねぇとか思わねぇのよ?お前みたいな無能に足引っ張られてよー、可哀想で目も当てられねーぜ♪ぎゃーっはっはっは!」
シノは悔しさのあまり、涙を流していた。
今すぐ目の前の汚い顔面にぶち込んでやりたいのに、体に全く力が入らない。
「おいゴリ。そろそろ決めろ」
「まぁ、もう少し待てって。こいつには借りがあるんだ」
ゴリが胸ぐらを引き上げ、シノの足が宙にぶら下がる。
人形のようなシノに、ゴリが語りかける。
「お前……、決闘のことは覚えてるか?お前の膝蹴りで、俺ぁ前歯が数本抜けちまってよ。鼻も骨折して、呼吸もろくにできなかったんだぜ?大勢の目の前で、あんだけ恥かかされたのは俺ぁ初めてだったぜ。いまだに、お前の膝蹴りが夢に出てくるんだよ」
そして、ニタリと、残酷な笑みを浮かべる。
「だから——あのときの恨みは、数倍にして返さなきゃな
——ギチイィィッ!
ゴリがシノの腕を巻き込みながら、シノの体を鯖折りする。
シノの華奢な体が万力のような力で締め上げられる。
「うわあぁぁぁぁッ!!!」
シノが悲鳴を上げる。
デバフで防御力の下がった体は、ゴリの怪力に耐えられるはずもなく、簡単に骨が軋む。
「へへへ♪このままゆっくり、苦しめてやるぜ♪」
ゴリは余裕の笑みを浮かべながら、さらに力を込める。
——ギリギリッ
「ああーーーッ!!う……あぁぁぁーーーーーッ!!!」
シノの華奢な体が悲鳴を上げる。
「ぎゃはは!どうした、ムビがいなきゃ何にもできねぇのかお前は?ほらほら、命乞いでもしてみたらどうだ?俺の気が変わるかもしれないぜ!?」
シノは直感的に、絶対に気が変わることはないだろうと悟る。
だが、あえて挑発に乗る。
「た……助けてください……お願いします」
シノの懇願を聞いて、ゴリが笑顔を浮かべる。
「ははは!『助けてくださいゴリ様』、だ!」
「た……助けてください、ゴリ様……」
ゴリの口角が限界まで上がる。
「助けるわけねぇだろ、バーカ!!」
——ぎゅうううっ!
「……うわあぁぁぁーーーっ!!」
シノは足をバタつかせながら苦痛の叫びをあげる。
「お……お願いします!助けてください、ゴリ様っ……!」
苦しみながら懇願するシノに、ゴリの締め付けの圧力が弱まる。
「へへへ……もっと情けなく懇願してみな?そしたら、気が変わるかもしれないぜ?」
シノは弱り切った表情をするが、内心、全く諦めてはいなかった。
ゴリは絶対的優位に立ち、油断している。
弱ったフリを見せ、優越感に浸らせれば、すぐにはトドメを刺されない。
少しでも時間を稼ぎ、その間、他の冒険者が脱落することに賭ける。
「ゴリ様っ……お願いします!どうか私を許してください……!何でもしますから……」
ゴリの締め付けの圧力がさらに弱まる。
ゴリは目を見開いていた。
女性に全くモテないゴリだ。
そんなゴリが、現役アイドルの美少女に、涙ながらに懇願される……。
どれだけ憎い相手だろうとも、シノの演技は、男性にとって破壊力抜群だった。
「おい、ゴリ……」
「わ、分かってるよ。へへへ……もう少し遊んだっていいだろ?」
シノの作戦は通用しているようだ。
どれだけ粘れるか分からないが、1分でも、1秒でも粘って見せる。
「ゴリ様……お願いします……」
シノの潤む瞳に、ゴリはしばらくたじろいだ。




