第186話 残り2組
予選3日目の昼過ぎ。
実況解説は『ドラゴンテール』とシンラたちの戦闘に注目していた。
それもそのはず、生き残っている冒険者の半数以上が、この両者の戦闘に加わっているのだ。
しかし、それもまもなく終わりに近づいていた。
「……し、信じられないほどの激闘が繰り広げられました。セキさん、いかがだったでしょうか?」
「そうですな。『ミラと愉快な仲間たち』……。ふざけたパーティだと思っていましたが、認識を改める必要があるかもしれません。よもや、ミラ不在であの数を全滅させるとは……」
「この戦いを踏まえていかがでしょう?優勝争いは、どのようになると思いますか?」
「それは、今の戦いを見れば分かるでしょう」
「確かに……そうですよね」
セキは、わざわざ言葉にするまでもないという口調で言い切った。
「やはり『ドラゴンテール』が優勝候補筆頭です」
◆ ◆ ◆
「バ……化物め……」
尻もちをついていたスネルの体が光に包まれ、消えた。
周囲には、激しい戦闘の爪痕。
誰一人として立っている者はいない——『ドラゴンテール』を除いては。
「ふぅ。なんとか片付いたわね」
ジュリが額の汗を拭いながら息をつく。
「これなら、シノという少女がいても、なんとかなったかもしれないな」
戦士ユーゼンは斧を背に担ぎながら言った。
「そんなことはありませんよ。結果的には圧勝でしたが、全力が出せたからこそです。シノさんを守りながらでは、実際危なかったと思いますよ」
神官ロイターが穏やかに言葉を添える。
「ロイターの言うとおりだ。油断は良くない。いつか必ず足元をすくわれるからね」
マルスは剣を鞘に納めながら、静かに言った。
「どうする?シノを探しに行く?」
「残りの冒険者数次第かな」
「残りはあと、73人ですね。あと2組脱落すれば、予選が終わりそうです」
ロイターが転移石を確認しながら言った。
「そんなに減っているのか?どうやら俺達以外にも、激しい戦闘があったようだな」
「よし。それならシノを探すよりも、冒険者を脱落させた方が早い。潜伏する冒険者がほとんどだろうから、積極的に動くぞ。1時間以内に予選を終わらせるんだ」
マルスは指示を出し、シノが走り去って行った方角を見つめる。
(あと少しだ。無事でいてくれ、シノ……)
◆ ◆ ◆
放送スタッフルームは、歓声と騒然の渦に包まれていた。
「最大瞬間視聴率、55%!『ドラゴンテール』の大立ち回りのシーンです!」
「さすが『ドラゴンテール』!しっかり視聴率を稼いでくれるな、わはは!……おい、ところで、ミラと『白銀の獅子』はまだ映らんのか!?」
「どちらも高速で移動して、カメラが追えていなくて……」
「くそっ、さすがは臨界者……!カメラにジェットエンジンでも付けておくべきだった!」
そのとき、スタッフの一人が声を上げる。
「『白銀の獅子』、カメラが追い付きました!まもなく映像が映ります!」
「いいぞ!早く映せ!」
モニターに、『白銀の獅子』の姿が映り込んだ。
「こ、これは……」
スタッフたちが、ゴクリと唾を飲み込む。
プロデューサーがいやらしい笑みを浮かべた。
「おい!このカメラ、すぐメインに回せ!まだまだ視聴率を稼がせてもらうぜ♪」
◆ ◆ ◆
森の奥で、粘着質な音が響いていた。
音源の近くにいるのは、『白銀の獅子』——そして、悍ましい触手と共に結界に閉じ込められたシノ。
「おいおい、もう1時間以上経つぜ?この程度の結界、まだ抜け出せないのか??」
ゴリは片時も離れず結界の傍に立ち、シノを煽り続けていた。
付与魔術の効果が切れるたびに、マリーに命じて呪文を唱えさせる。
結界の中では、シノが必死に抵抗を続けていた。
だが、魔力も体力も限界に近い。
「はぁ……はぁ……」
変態的な責め苦の真っただ中にいるシノは、髪が乱れ、苦悶の表情を浮かべる。
大粒の汗が額に溜まり、透き通るような頬を絶えず流れ落ちる。
息は荒く、肌は紅潮し、まるで長距離走の直後のよう。
凛としたシノがここまで乱れた原因は、背中に寄生する触手の魔物。
シノの全身に巻き付いた触手は、一糸乱れぬ動きで柔肌を這い回り続けた。
華奢な体を絞り上げる度に、触手内部に溜められた粘液を雑巾のように絞り出し、ねばつく糸を引きながら肌や衣服にまとわりつく。
絶え間なく分泌し続ける粘液はいよいよバケツ数杯分に達し、狭い結界内部は数センチの水溜まりができていた。
シノは膝や尻を地面に付けた状態で拘束され、ふくらはぎや太ももに巻き付く触手が水面を泳ぐ蛇のように這いまわる。
ゆえに、シノの下半身はほぼ粘液に浸かっているような状態だった。
生暖かい糊の海にいるような感覚に、シノは耐えがたい不快感を覚えていた。
上半身は、粘り気のある液体に覆われていた。
頭の後ろで腕を組まされるように拘束され、肘や二の腕からは、冷たい雫が静かに滴り落ちる。
濡れた衣服は肌に張り付き、体温を奪いながら、シノの輪郭を無遠慮に浮かび上がらせていた。
「あああああああっ」
デバフの影響により、シノの感覚は極端に研ぎ澄まされていた。
わずかな刺激すら、鋭い痛みや不快感として全身を駆け巡る。
本来なら気にも留めないような、緩やかな動きでさえ——
今のシノにとっては、神経を逆撫でするような苦痛となっていた。
肌に触れるものすべてが、過剰に意識にのぼる。
冷たさ、粘り気、圧迫感——それらが混ざり合い、シノの体と心をじわじわと蝕んでいく。
「はぁっ……はぁっ……や、やめて……」
シノが懇願に反応するように、触手がもぞりと動く。
「くぅっ……!」
シノは体をビクリと震わせる。
魔物は、シノを手放す気など微塵もなかった。
むしろ、シノの存在そのものに執着し、得体の知れない欲求を募らせていく。
シノが苦悶の声を漏らすたびに、その反応に呼応するように、魔物の動きはじわりと粘着質さを増していった。
「へへへ……良い眺めだぜ♪……ん?」
ゴリは、背後に浮かぶ浮遊カメラに気付いた。
「へへへ……こいつぁ、ちょうどいいところに♪」




