第183話 最悪の邂逅
触手に絡め取られ、身動きすら許されないシノに、オークロードの巨腕が迫る。
(もうダメだ……!)
その瞬間——
ゴウッ!
轟音とともに、オークロードの全身が炎に包まれた。
「ブギィィィィィ!!」
咆哮と悲鳴が混じった声が、シノの耳をつんざく。目の前で、オークロードはのたうち回りながら燃え上がり、やがて炭屑となって崩れ落ちた。
(魔法……!?)
呆然とするシノの耳に、茂みの向こうから足音と声が届く。
「危ないところだったな」
助けてくれたのは、冒険者——そのはずだった。
シノは安堵の息を漏らし、震える声で礼を述べようとする。
「あっ、あの……助けていただき、ありがとうござ——」
言葉が喉に詰まった。
茂みから姿を現したその男を見た瞬間、シノの全身が凍りつく。
銀色の鎧に身を包み、冷たい笑みを浮かべる男——『白銀の獅子』ゼルが現れた。
「おや?お楽しみの最中だったかな?」
その口元に浮かぶ意地の悪い笑みが、シノの胸に再び恐怖を呼び起こす。
「ぶははっ!何やってんだお前、触手プレイか!?いい趣味してんじゃねぇか♪」
横にいるゴリが下卑た笑みを浮かべる。
その背後には、リゼとマリーが沈黙のまま俯いて立っていた。目を合わせようとしない。
「あなたたち……どうして、こんなところに……」
シノの声は震えていた。
ゼルが肩をすくめて答える。
「ちょうどオークロードに追われるお前を見かけてな。助けてやろうと思ってさ」
嘘だ。
その目に浮かぶ嘲笑が、言葉の裏を物語っている。
「なんだその目は?それが助けてもらった奴の態度か?」
「俺たちがいなければ、オークに犯されていたんだぞ?……それとも、もしかしてお前、オークと交わりたかったのか!?」
「ははは、それはとんだ邪魔をしてしまったなwww」
「ならよ、触手の方はそのままにしてやるよ。嫌なら自分でどうにかできるだろ?」
触手はなおもシノの体に絡みついていた。
球体状の本体が足首に巻き付き、そこから粘液を滴らせながら全身を這っている。
「くっ……離れろっ!」
シノは胸元に張り付いた触手を掴み、必死に引き剥がそうとする。
だが、ぬめりが邪魔をして、思うように力が入らない。
「おいおい、そんな低俗な魔物に手こずってんのかよ?」
視界の端でゴリの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
その表情が、シノの怒りと屈辱をさらに煽った。
「おいマリー?この触手はどのくらいの強さだ?」
「討伐推奨レベル40ってところかしら。Bランクでは最底辺の魔物ね」
ゴリがぷっと噴き出した。
「ぶはは!こりゃいよいよプレイを楽しんでる線が濃厚だな!……だってよ?まさか最底辺の魔物に手こずるようなザコが、この予選に参加してるわけねぇもんな??だはははは!」
「う……うるさいっ!こんなの、すぐにっ……」
シノは触手を一つずつ確実に引き剥がしていく。
ぬめりが酷く掴みにくいが、力はシノの方が上だ。
時間をかければなんとかなる。
『白銀の獅子』はシノに攻撃することはなく、ただニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
攻撃されたら終わりなのに。油断しているのか、それとも余裕なのか。
ともかく、シノにとってはありがたい状況だ。
(このままなんとか触手を引き剥がして……全力で逃げる!)
絡みつく触手を払いのけながら、シノは上半身の拘束を解除していく。
粘液が肌に触れるたび、屈辱が胸を焼いた。
それでも、ついに胸元から肩までの触手をすべて引き剥がすことに成功する。
(よし、あとは足だけ……立ち上がって踏み潰せば、こんな魔物——!)
「マリー、応援してやれ」
「《力減少》」
突如、シノの体から力が抜け落ちる。
膝が崩れ、地面に手をついた。
(こ……これは、デバフ!?)
「おー悪い悪い、間違えてデバフをかけちまったみたいだ♡」
ゴリがわざとらしく頭をかく。
「なっ……何して……!」
順調に引き剥がしていたシノの手が止まる。
力が入らない。触手を引き剥がすどころか、再び絡みつかれないようにするのが精一杯だった。
それでも、シノは粘液にまみれた触手を握りしめ、必死に抗う。
「さぁ、今度こそ応援だ♪」
「《力上昇》」
——グンッ!
(……!?)
触手が、まるで獣のように暴れ出す。
締め付ける力が一気に増し、シノの太ももから指先まで痺れるような圧力が走る。
「わりぃわりぃ、間違えて触手にバフかけちまったわ♡」
「ふっ、ふざけっ……!」
ビュルル!
触手はシノの手を振り解き、両腕に巻き付く。
あまりの力強さに、シノは抵抗できず、両腕をそのまま地面に押さえつけられる。
「おいおい、あとちょっとだったのに。底辺だからって甘えてんじゃねぇぞ?底辺根性が骨の髄まで沁みついてんじゃねぇのか??もう少し頑張れよ??」
ゴリがいやらしい笑みを浮かべながらシノを煽る。
ビュル ビュル ビュル——
無防備になったシノの上半身に、触手が這い回り、粘液を残しながら締め上げていく。
生暖かく、ぬめりのある感触が肌を這い、呼吸すら苦しくなる。
「……くぅっ……!」
「おいおい、抑え込まれちまったじゃねぇか?お前、よくそんなんでS級冒険者とか言えたな?」
シノは屈辱に顔を歪める。
怒りと悔しさが胸を焼く。
だが、力が入らない。
魔法によるデバフが、筋力を奪い、抵抗すら許さない。




