第180話 呪いの紋章
ムビは肩をめくった。
そこには、見たこともない紋章が浮かび上がっていた。
「……この紋章、なんだろう? シェリー、分かる?」
シェリーは眉をひそめ、紋章を凝視する。
「見覚えはないけど……討伐時に刻まれたなら、呪いの可能性が高いかも」
「呪い……ですか?」
「うん。上位種の悪魔の中には、討伐された相手に呪いを残す者もいる。最上位種なら、不思議じゃないかも」
シンラが口を挟む。
「呪いなら、討伐した時点で解けるだろ?私にかけられた呪いは解けたぞ?」
シンラが左手を見せる。
呪いで生えてた白い毛は、跡形もなく消え失せていた。
「多分、もっと強力な呪いなんだろうね。死後も消えないような……」
「解呪はできるのか……?」
「分からない。あの化物クラスの呪いとなると、聖女でも解呪できるかどうか……」
ミラが申し訳なさそうにムビに謝る。
「すまんのう、ムビ……。お主にトドメを刺させたばかりに」
「いや、それはしょうがないよ。ただ……何の呪いなんだろう?」
「うーん。ムビ君、何か体調に変化はない?」
「体調、ですか?そういえば、なんか体が重いような……」
「ステータスを確認してみようか」
ムビはステータスウォッチを装着し、自分のステータスを確認した。
「あれ……!?ステータスが、激減してる……!?」
「ほんとだ……。私たちの半分くらいしかないね」
シンラが酒をあおりながら言う。
「レベルダウンの呪いか?」
「いや、レベルは100のままだね。レベルダウンじゃないみたい」
「ってことは、強力なバフか?」
シェリーは顎に手を当てて考える。
「ムビ君、スキルは使える?」
「スキルですか?やってみます」
ムビはシェリーにスキルを発動する。
《エンパワーメント》!
……しかし、何も起きない。
「あれっ!?スキルが、発動しない……!?」
「なるほど……。スキル無効化の呪いみたいだね。ステータスが下がっているのは、スキルによる知名度補正が消えてるからだと思う」
ムビのスキルは、ムビを認知している人々から極わずかにステータスを分けてもらう効果がある。
それが全く機能していないようだ。
「今のムビ君のステータスは、レベル100の人間と同じってことだね。人間としては十分強いけど、元の戦力と比べれば1~2割ってとこかな」
「おいおい、とんでもねぇ弱体化じゃねぇか」
ムビは、まるで地雷原に放り込まれたような気分になった。
今の状態ではAランクモンスターですらタイマンで勝てるか怪しい。
普段自分が、どれだけスキルの恩恵を受けているかを実感した。
「まぁ、安心しろ、ムビ。私たちが守ってやるからよ!」
シンラが笑いながらムビの背中を叩く。
ステータスが下がっているせいで、殴られたと錯覚するほどの衝撃が走り、ムビはむせた。
「さぁーて、そろそろ昼だし、私たちも動くか。まずは、ムビの仲間を探しに……」
そのとき、ナズナの探知に反応があった。
「む。これは……」
「どうしたんだ、ナズナ?」
「冒険者がこちらに向かってるね。それも、大勢」
◆ ◆ ◆
一方その頃——
『ドラゴンテール』の前に、十数人の冒険者が現れた。
全員が武器を構え、戦闘態勢を取っている。
「何よ、あんたたち。私たちとやろうっての?」
ジュリが杖を構えて威嚇する。
「へへへ。やっと見つけたぜ、『ドラゴンテール』さんよぉ?」
数的有利状況にあるためか、冒険者たちは余裕の笑みを浮かべていた。
マルスが静かに問いかける。
「君たちは……徒党を組んでいるのかい?」
「その通りだ。皆、優勝候補筆頭のお前らを倒すために、協力してくれるんだとよ」
シノは、話している男に見覚えがあった。
(あの人……予選が始まる前に勧誘してた、スネルさん……?)
スネルがシノに気づく。
「あれっ……君、『四星の絆』のシノちゃんじゃないか?」
マルスが振り向く。
「知り合いなのかい、シノ?」
「予選開始前に、徒党を組まないかって……」
スネルが手を差し伸べる。
「どうして君が、『ドラゴンテール』と一緒に?……理由はよく分からないけど、今からでも遅くない。俺たちと一緒に、『ドラゴンテール』を倒さないか?」
マルスが剣を構える。
「その程度の人数で、僕たちに勝てるとでも?」
スネルがにやりと笑う。
「いやぁ、思っちゃいねぇよ?だから、これだけ集めたんだ」
スネルが指を鳴らす。
途端に、全方位の草むらから冒険者たちが姿を現す。
「なっ……!?」
シノが目を見開く。
周囲を完全に囲まれている。
「驚いたか?総勢100人の冒険者だ。一昨日の夜のモンスター災害も、全員で連携して脱落者ゼロで乗り切ったんだ。お前らに勝ち目はねぇぜ?」
ジュリは舌打ちをする。
「くそっ!あたしが接近に気付かないなんて!」
「隠遁魔法、でしょうか?」
スネルが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「その通り!これだけ人数がいりゃあ、レアな魔法の使い手もいるってもんだ。さぁ、シノちゃん、歓迎するぜ?そいつらから離れな」
シノは周囲を見渡す。
全員、格上の冒険者だ。
戦闘になれば、間違いなくシノは敗退するだろう。
脳裏に、ムビの顔が浮かぶ。
何が何でも生き残りたいなら、寝返るのが正解——
「お断りします」
——しかし、シノは断った。
『ドラゴンテール』は、自分の窮地を救ってくれたパーティ。
恩人が窮地に陥っているのに、見捨てることなどできない。
マルスは意外そうな顔をして、ふっと笑った。
「裏切りを警戒して僕たちから離れようとしたのに、こんな場面では僕たちを見捨てないんだね」
シノは驚いて振り返る。
「マルス……気付いてたの?」
「シノのことなら何でも分かるさ。何があっても君を守るつもりだったけど、さすがに冒険者100人は想定外だな」
マルスがスネルに向き直る。
「一つ、頼みがある。シノを逃がしてやってくれないか?そうすれば、逃げずに戦うと誓おう」
シノは目を見開く。
「マルス!?何言って……!?」
「悪いけど、シノを守りきれる保障はない。Aランク冒険者集団の本気の戦闘だ。下手をすれば、君が死んでしまうかもしれない」
「それはマルスも一緒でしょ!?私も戦うよ!」
マルスは剣をシノに突きつける。
「マル……ス……?」
「これは僕たちのためでもあるんだ。シノを守りながら戦うよりも、戦闘に集中できる。もしもここに残ると言うなら、転移石を破壊させてもらう」
シノにはマルスの気遣いが痛いほど伝わった。
何としても、シノを逃がすつもりなのだ。
マルスはスネルに話しかける。
「さぁ、返答は?」
スネルは肩をすくめた。
「へっ。しょうがねぇな。今すぐどこかへ行くってんなら、シノちゃんは見逃そう。俺たちの狙いは、あくまで『ドラゴンテール』……お前たちだけだしな」
「ありがとう。礼を言う」
マルスはシノに優しく微笑む。
「本戦で会おう、シノ。僕たちなら大丈夫。必ず生き残るんだよ?」
シノはしばらく立ちすくみ——構えを解いた。
「ごめんね、マルス。どうか無事で」
「ああ。言われなくても」
シノは『ドラゴンテール』のメンバーに一礼して、囲いの外に走った。
シノの姿が見えなくなり、スネルが口を開いた。
「さぁて、そろそろおっぱじめるかい」
「あぁ——来い」
走りゆくシノの背後から、爆発音が轟き、地面が揺れた。
シノはギュッと目を瞑って、『ドラゴンテール』の無事を祈った。




