第18話 『白銀の獅子』の苦戦
『白銀の獅子』の拠点にゼル、リゼ、ゴリ、マリー、新しく『動画編集者』として加入したヘンリーの5人が揃っていた。
『白銀の獅子』は野盗『蝦蟇蜘蛛』との戦いから3日日間活動を休止していた。
リゼが回復・検査で入院していたためだ。
「リゼ、もう大丈夫なのか?」
「ええ。ちょっとまだ後遺症が残っているけど、戦闘には問題ないから退院していいって」
「後遺症?どんな症状なんだ?」
ゴリが聞いた。
「ベトベトした膿を体中に塗られたんだけど、その効果がまだ残ってて。ヒーラーが言うには、新種の毒の可能性があって、既存の回復魔法があまり効かないみたい。頭にも少し作用するみたいで、思考力もときどき低下するの」
「マリー、お前の回復魔法で治せないか?」
「私もリゼのお見舞いに行ったときに試してみましたが、あまり効果がありませんでした。毒の種類も不明で・・・」
「そうなのか・・・治すことはできないのか?」
「実際に膿を採取して、成分を分析し、有効な術式を組み込めば回復は可能だと思います。ただ、命に関わるような毒では無いので、時間の経過と共に治ると思います」
「そうか・・・それなら良かった」
ゼルは一安心した。
リゼは大事な彼女だ。
傷物にされてはたまったものではない。
「ところで、そっちの人が新しい『動画編集者』?」
「はい。初めましてへンリーです。以前はAランクパーティ『回天剣舞』で『動画編集者』をしていました。よろしくお願いします」
「ムビと違って戦闘もできる。王都で撮影に同行してもらったが、優秀な人物だ。野盗討伐では悪い運が重なり依頼達成とはならなかったが、俺達が全員揃えば無敵だ。これから、このメンバーでいくぞ」
「早速ですが、明日は連携確認のため、Bランクの依頼を受ける予定です」
「まずは明日の依頼をサッとこなして、その次はAランクに復帰だ。・・・リゼ、痛み上がりなんだから、くれぐれも無理はするなよ?」
「大丈夫。もうヘマはしないわ」
会議を終えた『白銀の獅子』はBランクの依頼受注のためギルドに向かった。
「おい見ろよ、リゼだぜ」
『白銀の獅子』がギルドに入ると、冒険者達の目線がリゼに注がれた。
それは、今までのような、ルミノールの英雄に対する羨望の眼差しだけではなく、性的対象に向けるいやらしさが含まれていた。
恐らくほぼ全ての冒険者が、リゼの『Dtube』の動画を見たのだろう。
「ついこの間まで乱れまくってたのに、よく人前に出てこれるな」
「あの服の下、やっぱりエロエロだったんだなぁー」
「俺もワンチャンねぇかなぁーあんな美人とやりてぇー」
周囲の様子を感じ取り、リゼはギロリと睨む。
「おぉーこえーあんま見ない方がいいぜ」
「いや・・・俺はあの目にクルものを感じる・・・」
リゼはチッと舌打ちをする。
「あいつら全員燃やしてやろうかしら」
「落ち着けリゼ、今だけだ。俺達がAランクの依頼を成功させれば、あいつらの態度もすぐ元通りさ。まずは、今日のBランクの依頼を手堅くこなそう。何事も堅実さが大事だろう?」
ゼルがリゼを宥める。
『白銀の獅子』はギルドの受付に行き、Bランクの依頼を受注した。
翌日、『白銀の獅子』はBランクの魔物『キングトロール』討伐のため、ダンジョンに潜っていた。
道中、他の魔物達との戦闘に苦戦していた。
「おい、何やってるゴリ!もっと前線を上げろ!」
「す・・・すまねぇ、調子が悪いみたいで・・・」
「・・・リゼ!火力が足りてないぞ!」
「やってるわよ!でも思ったように力が出ないの・・・!」
「・・・マリー!回復が遅いぞ!」
「ごめんなさい、私もあまり余力がなくて・・・」
どうにか戦闘を終えたとき、『白銀の獅子』は息も絶え絶えだった。
「おい、皆どうした!?たかがBランクの依頼に何を苦戦しているんだ!?」
「・・・うるさいわねぇ!あんただって調子出てないじゃない!」
「なんだと!?このクソビッチが!」
「何よ!?あんただってどうせ王都で他の女と遊んでたんでしょ!?」
「・・・こらこら、二人とも喧嘩しない!」
マリーがゼルとリゼの喧嘩を諫めた。
・・・くそっ、どういうことだ!?
俺達全員、今日も調子が悪いってのか!?
『キングトロール』どころかCランク~Dランクの魔物達を相手に既に疲弊していた。
軽い肩慣らしのつもりで受けた依頼でこの体たらく。
ゼルのイライラはどんどん高まっていた。
「あの・・・皆さん、いつもこんな調子で戦っているんですか・・・?」
ヘンリーが唐突に口を開く。
「そうだけど、何か文句あるわけ?」
リゼが鋭い視線で突っかかる。
「あの・・・道中あんなにMP消費の激しい技や魔法を出し惜しみなく使っていては、MPが足りなくなるのは当然だと思うのですが・・・」
「・・・どういうことだ?」
ゼルがヘンリーに問いかける。
「普通はAランクパーティといえど、標的との戦闘まではMPはできるだけ消費しないようにするのが一般的です。ポーションや回復魔法で耐えながら地道に戦い抜いて、ここぞというときにMP消費を顧みず全力で戦うんです。楽に勝てる相手にまで大技を繰り出していては、とてもMPは持ちません。このやり方では、どんなパーティでも疲弊してしまうと思うのですが・・・」
確かに、弱い魔物が単体で出現しても、気持ちが良いからと大技を使っていた。
元Aランクパーティに所属していたヘンリーの言葉を、皆静かに聞いていた。
「確かに一理あるな・・・。だが、俺達はこのやり方でずっとやってきたんだ。俺達は他のパーティとは違って特別なんだ。悪いがやり方を変えるつもりはない」
ヘンリーはごく当然のことを言ったつもりだったが、ゼルに受け入れられず驚いた。
「でしたらせめて、魔力ポーションで回復されてはどうでしょう。皆さんMPをかなり消耗しているようですし」
「・・・あぁ、うちはポーションの類は持ち歩かないんだ。ポーションは無い」
ヘンリーは雷に打たれたような顔をした。
「えぇっ!?ポーションが無いって・・・冒険者の必須アイテムじゃないですか!?」
「うちは今まで誰もMPが切れたことは無いし、回復もマリーの魔法で十分だった。だから、うちにはポーションは必要ないんだ」
「現に今魔力が切れかけているじゃないですか!?ポーションも持たずにダンジョンに潜るなんて自殺行為ですよ!?」
ヘンリーは強い口調でゼルに進言する。
冒険者としては基本以前の、ごく当たり前のことだったからだ。
しかし、ゼルにはただの耳障りな嫌味にしか聞こえない。
「うるさいなぁ・・・そういうお前こそどうなんだ?まだ一本も動画が出来ていないみたいだが・・・今まで何をしていたんだ?」
「何って・・・撮影ですよ」
きょとんとした顔のヘンリーに、ゼルは激高した。
「合間の時間が山程あっただろうが!その間に編集できただろう!?ろくに戦闘もしていないくせに・・・お前こそ怠慢が過ぎるんじゃないか?」
「・・・な・・・何を言っているんですか・・・?動画がそんな短い時間でできるわけがないでしょう?冒険から帰って2~3日編集するに決まっているじゃないですか?それに、動画編集は魔力を消耗するんですよ?ダンジョンに潜っているときに貴重な魔力を動画編集に使うなんて、そんなバカなことするわけないじゃないですか!?」
ヘンリーの言葉を聞いて、ゼルはぽかんとした。
と同時に、落胆のため息をついた。
何だ・・・優秀な奴だと思ってたのに、ムビ以下の使えないクズだったか・・・。
ムビなら合間の時間に動画編集をして、冒険から帰る頃には既に動画を何本か完成させていた。
「分かったよ・・・お前が無能だってことが」
「む・・・無能・・・!?・・・分かりましたよ、では次は私も戦闘に参加しますよ!お役に立てば良いのですね!?」
突如、魔物の咆哮が周囲に轟いた。
『白銀の獅子』の一行は声が聞こえた方向を見る。
黒い大きな影が、ズシンズシンと大地を揺らしながら歩いてくる。
今回の標的、『キングトロール』だ。
5メートルを超える巨大な体躯に、巨大な棍棒を持っている。
「出たぞ、キングトロールだ!ゴリ、行くぞ!」
ゼルとゴリが一気にキングトロールに躍りかかり、リゼとマリーが詠唱を始める。
キングトロールが巨大な棍棒を、ゴリに向かって振り下ろした。
キングトロールの討伐推奨レベルは70。
強力な一撃だが、スキル『金剛体』のゴリならなんとか耐えられる。
ゴリが攻撃を受け止めた隙に、俺の最大の一撃を・・・。
「ぐおっ!?」
棍棒の一撃を食らったゴリは、壁まで吹き飛ばされた。
「ゴリっ!?」
ゼルは予想だにしない出来事に驚愕した。
キングトロールは、さらに棍棒の一撃をゼルに加えようとする。
「くそっ・・・!"終焉の絶剣"!」
ゼルは自身の最強の剣技で迎え撃つ。
凄まじい衝撃音がして・・・ゼルは後方に飛ばされた。
「なっ・・・!?」
ゼルはまたも驚愕した。
威力は殺したが、いつもなら逆にキングトロールに大ダメージを与えている筈だ。
「灼熱の嵐”!」
「”断罪の閃光”!」
魔法の詠唱が終わったリゼとマリーが、同時に上級魔法を叩き込む。
あまり大きなダメージは受けていないようだ。
「このキングトロール、めちゃくちゃ強いぞ!油断するな!」
その後も、『白銀の獅子』はキングトロールとの戦闘を継続したが、押される一方だった。
どうなっている・・・たかがキングトロールを相手に・・・。
魔力も殆ど残っていないし、このままじゃ全滅してしまう・・・。
リゼとマリーが魔法をキングトロールに放ち、その隙にゼルとゴリが接近する。
棍棒の一撃がゼルに向かって放たれ、ゼルが"終焉の絶剣"で受け止め何とかこらえる。
その隙に、背後からゴリが一撃を加えようとする。
「ぐはっ!?」
キングトロールの素手の一撃をくらい、ゴリは膝から崩れ落ちる。
「ゴリっ!危ない!」
キングトロールは棍棒の一撃を、ゴリに振り下ろしていた。
ゴリは回避しようとしたが、足が動かない。
「ゴリっ!!」
そのとき、ヘンリーが前に出た。
ガキィン!
凄まじい衝撃音が周囲に響いた。
ヘンリーが、剣でキングトロールの一撃を受け止めていた。
「ゴリさん、早く立って!」
「す・・・すまねぇ・・・!」
ゴリの後退を確認すると、ヘンリーはキングトロールの攻撃を薙ぎ払い後退した。
「ヘンリー、お前・・・」
「動画の尺は十分稼ぎました!ここからは私も戦います!・・・皆さん、これを!」
ヘンリーはゼルとゴリに魔力ポーションを、リゼとマリーに魔石を投げ渡した。
「私が個人的に持ってきたものです!私がしばらく時間を稼ぐので、それを使って回復してください!」
そう言ってヘンリーは剣を構え、キングトロールの前に立ちはだかる。
キングトロールはヘンリーを攻撃するが、ヘンリーは全ての攻撃を捌ききる。
たった一人でキングトロールと渡り合っていた。
「ヘンリー・・・お前、凄いな」
「回復が済んだら、隙を見て周囲から攻撃してください!私がこいつを引き付けますので!」
それから10分間戦闘が続いた。
体勢を立て直した『白銀の獅子』は、ヘンリーがキングトロールの相手をしているうちに、4人が周囲から少しずつ削り続け、キングトロールはついに力尽きた。
「はぁ・・・はぁ・・・どうやら異常に強い個体だったようだ。ヘンリー、たった一人で渡り合うなんてなかなかやるじゃないか。まぁ、俺達の調子が悪くなければ楽に倒せる筈だったんだが・・・助かったよ」
ゼルの一言に、ヘンリーはゼルを睨みつける。
「失礼ですが、皆さんのレベルはおいくつなんですか」
「レベル?皆40は超えているが」
「・・・そうですか。私は65です」
「えっ・・・そんなに高いのか!?」
4人は驚愕した。
「キングトロールの討伐推奨レベルは70。私のレベルなら倒すのは難しくても渡り合うことはできます。レベル40台ならば、例え4人掛かりでもキングトロールを討伐するのは困難でしょう。あのキングトロールは通常個体です。皆さんは調子が悪いのではなく、ただ単純に実力が足りていないだけだと私は思います」
ヘンリーの指摘に、今しがた助けてもらったばかりだと言うのに、ゼルは腸が煮えくり返った。
「・・・お前、あまり調子に乗るなよ?そのキングトロールが通常個体だったのは認めよう。だが、普段の俺達ならこのくらい楽勝なんだ。お前こそ、レベルが65もあって渡り合うのが精一杯だと?俺達にそれくらいのレベルがあれば、キングトロールなんて一人で瞬殺だ。才能が無いんじゃないか?」
「そうですか。次回は、皆さんの実力をぜひ拝見したいものです。ともかく、今は一刻も早くこのダンジョンを抜けましょう。皆さん疲弊しきっていますし、私ももう回復アイテムは持っていないので」
ダンジョンの帰り道は、ヘンリーが最前線に立ち主に戦闘を行った。
後ろからゼルは恨めしそうに見つめていた。
「な・・・なぁ、ゼル・・・」
ゴリがゼルに話しかけた。
「どうしたんだゴリ?」
「さっきリゼやマリーとも話したんだがよ。MPもそうなんだが・・・どうも力が出ねぇんだ。今までなら、攻撃の瞬間にグワッと力が出て、強烈な一撃をぶちかませていたし、敵の攻撃を受ける瞬間にも、グッと力が漲って耐えることができたんだ。そもそも動きが遅くなっているし・・・」
「そうか、お前達もか・・・。俺も同じことを感じていたんだ」
「俺達、どうしちまったんだろうな。ヘンリーも、普段の俺達の姿を見たらビビるだろうによう」
「全くだ。今日はうまい飯と酒でも飲んで、早く調子を取り戻そうぜ」
ミラとのコラボも決まっているんだ。
こんなところで躓いている場合じゃない。
『白銀の獅子』は、なんとかダンジョンを抜け、ルミノールの街に帰っていった。




