第177話 暁の祝杯
ムビは、極大魔法を放った地点に静かに降り立った。
半径数百メートルが焼け野原と化している。
"欠番の幹部"がいた辺りを確認するが、肉片はおろか、灰すらも残っていない。
――"欠番の幹部"の討伐に成功したようだ。
「ムビ!ようやったのう♪」
ミラがふわりと舞い降り、勢いよく抱きついてくる。
「あはは……ミラのおかげだよ。こんなに凄い力を持っていたなんて、ビックリしたよ」
「何を言う?お主がおらねば奴を討伐するのは難しかったと思うぞ?もっと自信を持て♪」
そのとき、大穴の中から顔を覗かせる影があった。
周囲を見渡し、ムビとミラを見つけると、三人が勢いよく飛び出してくる。
シンラ、ナズナ、シェリーだ。
「おいおい……なんだこりゃ。地形が変わっちまってるじゃねぇか」
焼け野原を見て、シンラが苦笑する。
「おお、お前たち!上がってきたか!」
「おう!どうやら終わったみてぇだな!」
「魔力の圧が消えたから、登って来たんだ」
「ステータスをほとんど持って行かれて、地上まで来るのも一苦労だったけどね」
三人は息も絶え絶えだった。無理もない。
今の三人のステータスは、低級冒険者と変わらない水準まで落ちているのだから。
「ごめんなさい。ステータスをお返ししますね」
ムビはスキルを解除すると、全員のステータスが元に戻った。
「うひょー!力が漲ってくるぜ!」
「ほんと、ステータスがない状態はもうコリゴリだね。魔物に遭遇したら一巻の終わりだもん」
ナズナは、デバフ耐性の指輪をはめながら笑う。
「本当に皆さん、ありがとうございました。皆さんのおかげで、あの魔物を退治することができました」
「なぁに。お前がいなきゃ、私たちも多分死んでるわ。お前にゃ感謝してるぜ、ムビ?」
シンラが屈託のない笑みを浮かべた。
「おっ、見ろ!夜が明けるぞ♪」
東の空から太陽が昇り始め、森全体を暖かい光で包んだ。
それは、一晩中続いた激闘の終わりを、森全体に告げるようでもあった。
「はぁ~、まったくしんどかったぜ。まさか、こんな大仕事になるとは思わなかった」
シンラが肩を叩く。
「ほんとだよね。予選を生き残ったっていうより、世界の危機を救ったって方がしっくり来るよ」
ナズナも日の光を思いっきり浴びながら目を細めた。
「あれは多分、悪魔種の中でも最上級だったと思う。古の魔王軍幹部並の強さだったんじゃないかな」
シェリーが冷静に分析する。
「ちげぇねぇ!あーあ、これでタダ働きなんざやってらんねぇ!酒だ、酒!祝杯だ!」
「おお!いいねー♪」
ムビは驚いた。
「えぇっ!?今から飲むんですか!?」
「バッキャロウ!今だから飲むんだよ!勝利の後は祝い酒って決まってんだろ?それに、お前らの戦いっぷりをまだ聞いてねぇしな♪ま、飲みながら語れや!ガハハ!」
「ほんじゃあ、昨日のとこね!先に行って肉焼いとくわ♪」
ナズナが一瞬で姿を消す。
(速い……さすがスキル《瞬神》)
「おーし、そんじゃあ気合い入れて飲むぞー♪」
五人は昨日、宴会を開いた場所まで移動した。
朝焼けの中、仲間と味わう勝利の美酒は格別だった。
肉にかぶりつきながら大声で笑い続け、日が完全に昇りきっても、どんちゃん騒ぎが止むことはなかった。
◆ ◆ ◆
森の冒険者たちは、巨大な魔力の波動が消えたことを察知し、安堵していた。
ただ、困惑するパーティが一組あった。
『白銀の獅子』である。
「どうなっている!?なぜ、魔力が消えた!?」
ゼルは苛立ちを隠せなかった。
転移石に表示されている数はほとんど減っていない。
まだ250人ほどの冒険者が残っている。
「……ひょっとして、森の外に移動したとか……?」
「そんなわけないだろう!突然魔力が消えたんだぞ?」
「じゃあ、倒されたとか……?」
ゼルは黙り込む。
恐らく、そうなのだろう。
「考えられるのは——ミラ・ファンタジア。あいつしかいない」
「まじかよ……魔王軍の幹部だぞ!?ミラは、そこまで化物なのか……!?」
「ふん……魔王軍の幹部ってのも、大したことないってことだな」
ゼルは鼻を鳴らした。
所詮はかつて人類に敗北した負け犬の残党。
期待したのが間違いだったのだろう。
「ともかく、予選も終盤戦だ。冒険者の数もかなり減っている。ここからは自力で、なんとしても予選を突破するぞ」
◆ ◆ ◆
『ドラゴンテール』とシノは朝食を取っていた。
「朝方の巨大な魔力の正体は分からないけど、なんとかなったみたいだね」
「この森、夜は訳が分からないことばかり起きるわね」
「できれば、今日の昼のうちになんとか予選を終わらせたいな。冒険者の数も、かなり減っているようだし」
「そうだな。今晩、また何が起こるか分からない。今日は積極的に冒険者の数を減らしに行こう」
シノは魔物の肉を噛みながら、申し訳なさそうに口を開く。
「あの……私、そろそろ皆さんと離れた方が……」
『ドラゴンテール』のメンバーはシノを見つめる。
「どうしたんだい、シノ?」
「いえ、正直とてもありがたいんです。でも、私の実力では皆さんの足を引っ張ってしまうし……。それに予選なのに、いつまでも皆さんのご厚意に甘えてばかりでは申し訳なくて……」
マルスは優しく微笑む。
「気にしなくていいんだよシノ。俺たちはちっとも、負担だなんて思っていない」
「でも、孤立してるのは私の自己責任だし……」
「君が一人なのは君のせいじゃない。システムの手違いだろう?せめて、君が仲間と合流するまでは、俺達と一緒にいた方が安全だ」
「……いいの?ごめんね、ありがとう」
シノは引け目だけが理由で提案したわけではなかった。
『ドラゴンテール』が今後積極的に戦闘を行う方針は、間違っていないと思う。
だが、レベル50前半のシノには、敗退のリスクが高まる選択だ。
『ドラゴンテール』の強さは本物だ。
だが、もしも相手パーティがシノに狙いを集中したら?
それに、もしも……『ドラゴンテール』がシノを裏切ったら?
『ドラゴンテール』のメンバーは気のいい人々だ。
だが、もしも予選突破まで残り1組……シノを倒せば予選通過という状況になっても、彼らはシノを守ってくれるだろうか?
何事も可能性はゼロではない。
シノは、ムビの借金返済のためにも、必ず生き残ると決意していた。
例え幼馴染のマルスといえど、絶対に油断するわけにはいかない。
そのとき。
ジュリが、ピクリと反応する。
「……来るわね。冒険者が。しかも、複数パーティ」




