第176話 最強タッグ
森の奥深く、ぽっかりと口を開けた巨大な穴。
その周囲には、異様な静けさが漂っていた。
光の柱を目撃し、調査に訪れた冒険者パーティは、言葉を失っていた。
「おい……なんだよ、この穴……??」
「地下に何かあるのか? さっきの光、尋常じゃなかったぞ……」
——ゴゴゴ……
突如、地面から湧き上がるような魔力の圧が襲いかかる。
空気が震え、肌が粟立つ。
「お……おい、なんだこの魔力……尋常じゃねぇぞ……!」
「なんか、こっちに近づいて来てねぇか……!?」
「……な、なぁ……念のため転移石を……」
——ドオオォォォォォッ!
大穴から、白銀の体毛を纏った"欠番の幹部"が勢いよく飛翔した。
その風圧で、冒険者たちは吹き飛ぶ。
と同時に、散らばった呪いの羽を全身に受ける。
「ぐあああああああああああっ!!」
冒険者たちの全身が、"欠番の幹部"の体毛のような白い毛に覆われる。
その細い毛の一本一本は剥き出しの神経で、冒険者たちは激痛のあまり転移石を割ることすらできない。
白い毛玉になった冒険者たちは、風圧で転がり続け、そのまま全員ショック死した。
「ギィィィッ!」
月の浮かぶ夜空に、"欠番の幹部"の甲高い鳴き声が響き渡った。
近隣に冒険者はいない。
だが、魔力の圧が空気を介して迸り、森中に波動となって広がった。
午前4時。生き残っている冒険者の数はおよそ250人。
その全員が、森の中心部に視線を向けた。
そしてほとんどの冒険者が、転移石を取り出す。
少しでも危険と判断したら、すぐさま離脱できるように。
恐怖と絶望が一瞬で森を侵食する中、"欠番の幹部"は空から地上を眺めた。
その心に宿るのは、破壊と殺戮。
"欠番の幹部"は月を背に、探知魔法を発動した。
その範囲は広大で、森全土、そして近隣都市にまで及んだ。
多くの命の胎動を感じる。
そして、どのように屠り去るかを思い描き、おぞましい笑みを浮かべた。
口を開き、紫色の光がエルバニアの森の上空で輝く。
まずは、森の冒険者たちを一掃することにした。
10秒とかからないだろう。
——そのとき、大穴から飛び出す影があった。
影は上空から見れば小粒。
しかし、"欠番の幹部"は森にブレスを放つのを止めた。
その小粒な影は、ザコの一掃などより、遥かに高い優先順位を持つ。
"欠番の幹部"はその影を注視した。
片方は変わらず膨大なオーラ。
もう片方も、先程までとは違い、強力なオーラを放っていた。
"欠番の幹部"は、一声鳴き、ブレスの照準を変える。
見据えるは、眼下で強烈なオーラを放つ存在——ムビとミラだ。
「逃がさんぞ、化物♪」
ミラが笑みを浮かべて拳を掌に打ち付ける。
「外に出てしまった……。 あいつが暴れたら、森中が危ない。 必ずここで仕留めよう」
ムビは剣を構え、呪文の詠唱を始める。
——キィンッ!
"欠番の幹部"が二人に向けて、特大のブレスを放つ。
ムビもほぼ同時に呪文を放つ。
「極大魔法——《終焉の業火》!」
——ドオオォォォォォンッ!!!
夜空に、巨大な赤と紫の光が瞬き、ぶつかり合う。
二つの光はひとしきり交わり合い、相殺した。
「……ギィッ!?」
"欠番の幹部"は驚愕する。
先程まで取るに足らなかったはずの小粒が、自身のブレスを相殺した。
警戒心を一層高める。
ムビも、自身の力に驚いていた。
(なんて威力の呪文だ……! これが、シンラさんたちの力……!)
「……ギィッ!」
"欠番の幹部"は周囲に魔法陣を展開し、巨大な風の刃を乱れ撃ちする。
「《飛翔魔法》!」
二人は空を飛んで刃を躱す。
後方にあった森の木々は何百本も両断され、地形が変わった。
「さぁて、最終決戦じゃ♪ 合わせろよ、ムビ?」
「OK!」
"欠番の幹部"は呪いの羽を撒き散らしながらエルバニアの森上空を高速で飛翔する。
追ってくる二人に向けて、次々と風の刃を放つ。
二人は刃を躱しながら、徐々に距離を詰めていく。
「さぁ……行くぞ、化物!」
ミラが一気に加速し、"欠番の幹部"を追い越す。
振り向きざまに、拳の一撃を見舞う。
——バチィッ!
"欠番の幹部"は結界を張り、ミラの攻撃を防ぐ。
しかし、飛行速度が鈍る。
——"闘気剣"!
そこに、ムビの一撃が炸裂する。
全力のムビの一撃は、結界を破壊した。
(よしっ! この力なら、結界を壊せるぞ!)
そのとき、"欠番の幹部"が口を開ける。
(ヤバイッ——!)
——キィンッ!
高速のレーザーが放たれるが、ムビは間一髪で回避。
(あぶなかった……! でも、今のステータスなら、ブレスのスピードにも反応できる!)
ブレスを放った隙に、ミラが"欠番の幹部"を殴りつける。
——ドゴオォォッ!!
"欠番の幹部"は数十メートル吹き飛び、ヨロヨロと空中で態勢を立て直す。
「ナイスじゃ、ムビ♪ この調子でいくぞ!」
二人は"欠番の幹部"の周囲を飛び回り、息を合わせて攻撃を続ける。
"欠番の幹部"は完全に翻弄され、徐々にダメージが蓄積されていく。
ムビの体は軽かった。
自身の内に溢れる力を感じながら、最強のミラと共に、最強の敵を追い詰めていく。
楽しくて笑みすら零れた。
「そぉれ!」
ミラの手から魔法の鎖が伸び、"欠番の幹部"の足に絡みつく。
そのまま地上へ投げ飛ばす。
——ドガァァァンッ!
「ギィッ……!」
"欠番の幹部"は地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。
「さぁて、そろそろケリをつけるか♪ ムビよ、ワシが奴の結界をぶち壊す。 その隙に、お前がトドメを刺せ!」
「えっ、俺が!? でも、俺じゃ火力不足で、あいつを消し去るにはとても……」
ミラがニコッと微笑む。
「心配いらん! ワシのステータスを使え♪」
「……えぇっ!? ミ、ミラのステータスを……!」
ムビは驚いた。
共闘中とはいえ、もしムビが裏切れば即、敗退に繋がりかねない行為だ。
「デバフ耐性は解除しておくからの♪ 思いっきり持っていくがよい!」
だがミラは、そんなことはまるでリスクと感じていないようだった。
(ミラ……そこまで俺を信頼して……)
「さぁ、行くぞっ! 合わせろよ、ムビ!」
ミラは呪文の詠唱を始める。
"欠番の幹部"は口を大きく開け、巨大なブレスを放つ。
「極大魔法——《終焉の極光》!」
巨大な彗星のような光が、ブレスを押し返す。
「……ギィッ!」
"欠番の幹部"は結界を張り、防御態勢に入る。
——カアァァァッ!!
地上が夜闇をかき消すほどの眩い光に包まれる。
光が消えると、肉片となった"欠番の幹部"の姿が見えた。
しかし、それらはすぐに蠢き始め、肉片同士が集まり、再生を始める。
「今じゃ、ムビ!」
ムビはミラをスキルの対象に選択した。
《エンパワーメント》!
瞬間——巨大な力がムビに流れ込んでくる。
(こ……これがミラの力……!? なんて膨大な……!)
制御しきれないほどの力が、ムビの全身を駆け巡る。
(ダメだ! 全部は制御しきれない! ギリギリ、可能な分だけ……!)
——カァッ!
ムビの全身から、オーラが吹き溢れる。
ムビがそこにいるだけで、大気が震え、大地が鳴動する。
ミラは目を見開き、息を呑む。
「……ははっ。 なんて馬鹿げた力じゃ……」
ムビは呪文を詠唱する。
我が魂よ、紅蓮に染まりて滅びを謳え
千の怒りを束ね、万の絶望を焚べよ
天を裂き、地を焦がし、時の理を焼却せよ
——キイィィィィィィン……
ムビの右手に、膨大な魔力が収束する。
「極大魔法——《終焉の業火》!」
——突然、昼間になった。
そう錯覚する程の光量。
まるで、突然地上に太陽が現れたような。
天まで昇る火柱が立ち上がる。
その中心にいるのは、"欠番の幹部"。
「ギィィィィィアアアアアアアアッ!!!」
森に轟く断末魔。
その体が、炭クズになって消えていく。
(これはもう……絶対に、助からない)
魔法を放ったムビ自身が、確信していた。
核があろうが、無限の再生力があろうが、問答無用で全てを焼き尽くすだろう。
ムビは消えていく"欠番の幹部"を、空から黙って見つめていた。
「ギィッ……!」
首だけになった"欠番の幹部"の目が光る。
ムビに向かって赤い光線が放たれた。
(なっ……!?)
ムビは光線を躱すが、どこまでも追尾してくる。
(ダメだ、躱しきれないっ!)
——バチィッ!
ムビは肩に光線を受けた。
特にダメージは無い。
(何だ、今の……!? 最後の攻撃か……?)
"欠番の幹部"は最後の力を振り絞ったのか、ガクリと頭を垂れ——全身灰となり、消え去った。




