第175話 飛翔
復活した"欠番の幹部"を目の当たりにし、五人は息を呑んだ。
「おいおい……あいつ、生き返ったぞ」
ミラは顎に手を当て、考える仕草を見せる。
「うーむ……。シェリー、どう思う?」
「普通は、核を壊せばってパターンだと思うんだけど……こんな化物になると、自信ないな」
「ふむ。確実に倒すなら、完全に消し去るしかないようじゃな」
"欠番の幹部"は翼を広げ、甲高い咆哮を上げた。
「ギィィィィッ!」
五人は身構える。
「く……来るか!?」
——バサッ バサッ。
だが、"欠番の幹部"は五人に向かってくることなく、天井の大穴へと飛び立ち、そのまま姿を消した。
「お……おい!あいつ、地上に出る気じゃ……!?」
「嘘!?あんな化物が地上に出たら、大惨事だよ……!」
ミラは大穴の真下まで駆け寄り、"欠番の幹部"の姿を視界に捉える。
「追うぞ!あやつを仕留めにゃならん!」
ナズナが困惑した表情を浮かべる。
「追うって言っても……どうするの?ミラでも倒しきれない化物なんて、どうしようもないじゃん?」
ミラはニカッと笑った。
「大丈夫じゃ!ワシらにはムビがいるじゃろう♪」
突然名前を呼ばれたムビは驚いた。
「えっ……俺……?」
「ムビよ。シンラ、ナズナ、シェリーのステータスを貰い受けろ。ワシとお主の二人で奴を倒すんじゃ。な、簡単じゃろ?」
ムビは呆然と立ち尽くす。
ステータスを自分に集中させる……考えたこともなかった。
「お……俺より、シンラさんやナズナさんの方が適任なんじゃ……」
好戦的な二人だ。きっと引き受けると思った。だが、シンラが口を挟む。
「いや……私も、ムビが適任だと思う」
ムビは驚いた。
「えっ!?どうして……?」
「私やナズナは、直接奴に触れることができない。魔法を使えるムビやシェリーの方が適任だ。とはいえシェリーだと、接近戦に不安がある。近距離、遠距離どちらもこなすミラと連携が取れるのは、同じく近距離、遠距離で戦えるお前しかいない」
ナズナも頷く。
「確かに、ムビ君が適任かも!」
「で、でも……ステータス上昇スキルを持つ皆さんの方が……」
ミラはムビを真っすぐ見つめる。
「お主、自分のことを無意識にサポート要因と思っとらんか?お主はワシが認めた男じゃ、胸を張れい♪お主の力は、お主自身を強くするためにあるんじゃ!」
シンラがムビの背中を叩く。
「私は、お前になら任せられるぜ?私たちのステータス、持ってけ」
ナズナとシェリーも頷く。
「しょうがないな、力を貸してあげようじゃないか♪」
「負けたら承知しないからね?」
皆が、全ての力をムビに託そうとしてる。
こんなことは、『白銀の獅子』はもちろん、『四星の絆』でもなかったことだ。
「……分かりました。皆さんの力……お借りします!」
ムビの心は、不思議な高揚感に満たされていた。
「さっ、ムビ君!早くスキルを!」
ムビはスキルを発動した。
シンラ、ナズナ、シェリーのステータスを自分に集中させる。
——ドクン!
ムビに三人分のステータスが一気に集まる。
あまりのエネルギー量に驚いた。
(す……すごい力だ……!これなら……!)
ミラは微笑むと、ムビに向かって拳を突き出す。
「さぁ、行くか♪任せたぞ、相棒?」
「お……おう」
ムビも遠慮がちに拳を突き合わせた。
◆ ◆ ◆
木のうろの中から、ユリは外の様子を伺っていた。
(どうしたんだろう……今日は、魔物が全然来ないな……)
もうすぐ朝だ。
一晩中うろに隠れて転移石を見ていたが、夜の間も数字はほとんど減らなかった。
今晩は魔物の襲撃が起きていないと考えるのが妥当だ。
昨日の魔物の襲撃は突発的に起きただけなのだろうか?
それとも、誰かが既に解決してしまったのだろうか?
(ムビ君なら、できるかもなぁ……。ああ、会いたいなぁ……)
ムビが近くにいてくれたら、どれだけ心強いだろうか。
うろの中に隠れていようと、魔物に遭遇しようと、ムビと一緒ならちっとも怖くない気がする。
(むしろ、二人っきりの方が……って、何考えてんだ、私)
そのとき——
——ズズン!
強烈な魔力の圧がユリを襲う。
(な……何なの、これ……!?)
今まで感じたこともないほど、膨大で、凶悪な魔力。
直感的に、ここにいたら死ぬ、という予感がする。
(こ……怖い……)
ユリは動くことができず、自分の体を抱き締める。
本能は逃げろと全力で警鐘を鳴らしているのに、理性は下手に動くべきではないと叫ぶ。
まるで大津波や火砕流が目の前に迫っているのに、身動きがとれずにいるような……。
「助けて……ムビ君……」
ユリは暗闇の中で蹲り、小さく悲鳴を上げた。
◆ ◆ ◆
森にいた冒険者たちは皆、安息の夜にホッとしていたが、突如感じた魔力の圧に戦慄していた。
『ドラゴンテール』も、例外ではなかった。
「なんだろう、この魔力……」
「これ……まさか、単体の魔物が発しているの……!?」
「もしそうだとすれば……化物だな……」
シノは体が震えていた。
「シノ、大丈夫?」
マルスが心配そうに声をかける。
「ごめん……魔力にあてられちゃって……」
「仕方ないよ。俺たちだって、この魔力はキツイ」
『ドラゴンテール』とシノは、魔力の感じる方向を油断なく見つめていた。
◆ ◆ ◆
森中の冒険者たちが恐怖で慄く中、歓声を上げる冒険者たちがいた。
『白銀の獅子』である。
ゼルは高揚していた。
「はは……この魔力!ついに復活したか!!」
ゴリも同調する。
「ったくよ!『両面宿儺』の奴ら、古の魔王軍なんてほざきやがったときには半信半疑だったが、この膨大な魔力!こいつぁ、マジだな!」
ゼルは勝ち誇ったような笑みを浮かべてゴリを見た。
「今夜はシャドウサーヴァントが森に出現しなくて心配していたがな。これで、"欠番の幹部"が残りの冒険者共を一掃してくれるだろう」
「俺達だけは、シャドウサーヴァントが見逃してくれてたもんな♪いやー、ただじっとしているだけで予選が終わって、ラクチンだったぜ♪」
「まぁ、のんびりと冒険者が減るのを待つか。おい、リゼ、酒を出せ」
リゼはゼルを睨みながら、言われた通りに酒を出す。
「はは。そんな眼をしても、ギアスには逆らえないぜ?」
ゼルはリゼの悔しそうな顔を肴にしながら、森の片隅で祝杯をあげた。




