第173話 死の吐息が届く前に
"欠番の幹部"が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
その巨体は、炎の中でもまるで無傷。
シェリーの氷も、ナズナの連打も、シンラの奥義も、すべてを耐え抜いた異形。
炎に囲まれたムビたちは、動けない。
逃げようとすれば、結界を解いた瞬間に火だるまだ。
「くそっ……!こりゃ、ほんとにやべぇぜ……!」
"欠番の幹部"は四人の目の前で立ち止まり、不気味な笑みを浮かべる。
まるで、追い詰めた獲物をどう狩るか悩む捕食者のようだ。
バキッ!
"欠番の幹部"が爪で結界を攻撃する。
結界は一瞬歪むが、耐える。
バキッ!バキッ!
何度も何度も、いたぶるように結界を攻撃する。
「ぐぅっ……!」
ムビは攻撃を受ける度に、結界の修繕に魔力を消耗する。
「このままじゃ、時間の問題だよ……!」
「一か八か、結界を解いて逃げるか!?」
「そうだね……一瞬炎に焼かれるけど、このまま何もしないでやられるよりは……」
そのとき、"欠番の幹部"が羽ばたく。
瞬く間に羽が結界の周囲を隙間なく包み込む。
「あ……」
「駄目だ、これ、逃げられない……」
結界を解除したが最後。
炎に炙られ、羽に全身を呪われてしまうだろう。
とはいえ、結界の中にいても、いずれはMPが尽きてしまう。
完全に詰みの状況だ。
バキッ!バキッ!
"欠番の幹部"は、いたぶるように結界を攻撃し続ける。
MPがどんどん消耗していく。
(信じられない……。この四人が力を合わせても勝てないなんて……。こんな化物が、この世にいたのか……)
「おい……何か打つ手はないのかよ……?」
「……結界を解いた瞬間に、シェリーさんの極大魔法で炎も羽も凍らせることができればいいですが……今日初めて連携するシェリーさんと、そこまで完璧な連携を取るのは至難の業です」
「じゃあ、このまま黙ってやられるのを待つしかないのかよ!?」
四人の焦りを愉しむように、"欠番の幹部"はニヤニヤ嗤う。
(くそっ……考えろ!何か、打開策はないのか……!?)
ムビは必死に思考を巡らせるが、何も思いつかないまま5分が経過する。
その間、"欠番の幹部"の嬲るような攻撃を、何度も何度も受け続けた。
4人分のMPで維持していた結界も、いよいよ限界が近付く。
「おい……どうする!?そろそろ、マジでヤベェぞ!?」
ムビは結局、何も打開策を思いつかなかった。
苦虫を潰したような顔で、三人に語り掛ける。
「……皆さん、転移石の準備を……」
その瞬間、三人が悟る。
「打つ手なし、か……」
「しょうがないよ。こんな化物……どうしようもない」
「一旦戻って、体勢を整えよう。国に報告して、騎士団に援軍を……」
そのとき、欠番の魔物が大きく口を開ける。
「おい……またブレスが来るぞ!」
「今のMP量じゃ、ブレスの直撃は耐えられません!早く、転移石を!」
三人は転移石を取り出した。
しかし、ムビは転移石を取り出さない。
「おいムビ!何やって——」
ムビは振り向かずに三人に語り掛ける。
「……ごめんなさい。転移のタイミングがズレたら、何人か犠牲になります。俺は、このまま残ります」
シンラが血相を変える。
「ばっ……馬鹿!そんなことしたら、お前が死ぬじゃねぇか!?」
欠番の魔物の口が輝き始める。
「早くッ!!全滅するよりマシです!!」
ムビが怒鳴り声を上げるが、三人は転移石を割ろうとしない。
「馬鹿野郎ッ!!お前だけ見捨てて転移できるかよ!!」
——キィィィン……
"欠番の幹部"が、体内で魔力の収束を終える。
今まさに、死の吐息が放たれようとしていた——
——そのとき。
"欠番の幹部"が、ピタリと動きを止めた。
(……どうした……?なぜ、撃ってこない……?)
"欠番の幹部"は首をもたげ、通路を見ている。
——カツン、カツン……
通路から、誰かが歩いてくる音がする。
やがて、暗闇の中から人影が現れた。
「……なんじゃここは?めちゃくちゃ熱いのう」
——キィンッ!
"欠番の幹部"が、人影に向かって超高速のレーザーを放つ。
——バチィンッ!
ブレスは人影に当たると、四方八方に弾け飛び、天井や壁で大爆発を起こした。
「ギィ……!」
"欠番の幹部"は、完全に体を通路側を向けた。
ブレスを弾かれたことにより、警戒感を高めている。
シンラが呆然とした表情で呟く。
「……おい。あれって、まさか……」
煙の中から、姿を現したのは——
「……いったいのう。なんじゃ今のは?」
——ミラ・ファンタジアだった。
右手でエレノアを引きずっている。
左手を突き出し、掌から煙が上がっていた。
「……ミラッ!どこ行ってたんだテメェッ!!」
シンラの怒声がフロアに響く。
途端に、ミラの顔がパッと輝く。
「おぉーっ!お前たち!やーっと合流できたのう♪わしゃもう、寂しゅうて——」
「テメェのバカ話はどうでもいいッ!それより、早く助けてくれッ!!」
シンラの叫びを聞いて、ミラはフロアを見渡す。
「——ふむ。どうやらあの魔物が、さっきからずっと感じている魔力の持ち主のようじゃな」
ミラはエレノアを通路の奥に放り投げ、少し焦げている左の掌を見る。
「……まだ腕がビリビリするわい。痛みを感じたのは久しぶりじゃのう♪」
そのまま、無造作に左手を振る。
ミラを中心に二匹の水の竜が現れ、"欠番の幹部"に襲いかかる。
——キィンッ!
"欠番の幹部"はブレスを放つ。
一匹の竜を相殺したが、もう一匹の竜が"欠番の幹部"に直撃する。
——バシャアァァンッ!
"欠番の幹部"は吹き飛び、水流でムビたちを覆っていた羽は流された。
二匹の竜は弾け飛んだ後、フロア中を水浸しにし、炎を消火した。
「ありがとう、ミラッ!」
ムビは結界を解除し、ミラに駆け寄る。
「おぉームビッ!危ないところじゃったのう♪ワシが来たからには、もう安心——」
バコッ!
シンラの鉄拳がミラの脳天に炸裂する。
「いったいのうー!何するんじゃ!?」
「このバカッ!何テンプレの罠にかかってんだ!?初心者冒険者かお前は!?」
「なんじゃとぉ!?いいじゃないか!こうやって合流できたんじゃ!」
「お前のヘマでこっちは死ぬとこだったんだよ!ピクニック気分で無造作に飛び跳ねてんじゃねぇぞ!?ちったぁ反省しやがれ!」
喧嘩する二人を、シェリーが慌ててなだめる。
「まぁまぁ落ち着いて……!ところでミラ、ポーション持ってる?私たち、全部使い切っちゃって……」
「ポーションか?ワシ、一個も使ってないから、お前たち使っていいぞ♪」
ミラが保存袋から、高級ポーションをズラリと取り出す。
シンラが目を輝かせる。
「うひょー♪こんだけありゃ、全回復できるぜ!わりぃが、遠慮なくいただくぜ!」
そのとき、瓦礫の中から"欠番の幹部"が起き上がる。
「ギィ……」
その顔からは、先ほどまでの嗤いが消えていた。
明らかに、ミラを警戒している。
「なんなんじゃあいつは?」
「儀式で召喚されちまった化物だよ。私たち四人掛かりでも敵わなかった。あいつの体や羽には直接触れるなよ?神経がむき出しになって、耐久力がゼロになる呪いにかかっちまう」
シンラは左手に生えた白い毛をミラに見せる。
「うわぁー、キショいのう……。なるほど、あい分かった!それじゃあお前たちは、ポーションでも飲んで休んでおれ♪」
ミラが肩を鳴らしながら前に出る。
「ばっ……!お前、一人で戦う気か!?」
「ん?なんじゃ、皆で戦うか?折角の冒険だしのう、その方が確かに楽しいかもな♪」
シンラがあっけにとられた顔をする。
「いや……そういう問題じゃ……」
「ま、お前ら疲弊しておるようじゃしな♪回復するまでは、ワシに任せておれ♪」
ミラが歩み出すと同時に、"欠番の幹部"も歩を進める。
二匹の化物はフロア中央で立ち止まり、対峙する。
「さぁーて。お前には少し、期待してもいいか?楽しませてくれよ——化物?」
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!
ブクマやリアクションも、よろしければお願いします!




