第172話 駆けつける者
八層にて。
亜人の三人は、"欠番の幹部"に対して全く有効打を与えることができず、ジリジリと追い詰められていた。
「ハァ……ハァ……くそっ!全然勝てる気がしねぇ!」
呪いの羽は今のところシェリーの極大呪文で無力化できているが、シェリーの魔力も残りわずか。
シンラとナズナの攻撃も今のところダメージがない。
"欠番の幹部"は終始、笑顔を浮かべている。
「くそっ……あの野郎、随分余裕そうだな……」
「まぁ、まだ羽を羽ばたかせてるだけだもんね……」
「こうなったら、もう一回鬼に変化して……」
「ダメだよシンラ!あれ、体への負担が半端ないでしょ!?それに、一日二回も変化したら、戻れなくなっちゃうよ!?」
ナズナがシンラを止める。
「でもよ、このままじゃジリ貧だぜ……」
その瞬間、"欠番の幹部"が羽を羽ばたかせた。
宙に舞う羽の量が、数倍に膨れ上がる。
「冗談やめてよ!」
シェリーが必死に呪文を詠唱する。
「《星霜の氷鎖標識》!」
しかし羽の量が多すぎて、全ての羽が氷漬けにならない。
シェリーは魔法を維持するが、羽ばたきは止まず、どんどん羽が増えていく。
「……かはっ……!?」
シェリーが苦しそうに咳き込む。
「おい、シェリー!——まずい……、魔力欠乏か!?」
シェリーの魔法の威力がどんどん弱まり、大量の羽に押され始める。
「やばいっ!死ぬっ……!」
そのとき、背後から駆ける音が響いた。
「《エンパワーメント》!」
ムビが現れ、シェリーに自身のMPと魔法攻撃力を振り分ける。
シェリーの魔法の勢いが数倍に増し、羽ごと"欠番の幹部"を氷漬けにした。
「おおっ……ムビっ!ナイスタイミング!」
「ムビ君!ありがとう、助かったよ!」
シンラ、ナズナ、シェリーが笑顔で振り返る。
「皆さん、合流できて良かったです!……こいつは、なんなんですか?」
「祭壇から召喚された化物だ。あの羽に触れたらこうなる……絶対に触れるな」
シンラは自分の左手に生えた白い毛を見せる。
(呪いか……あの化物も、デスストーカーと同じで接触したらダメなタイプか……)
「あいつが凍っているうちに回復だ。HPもMPも、マジで余裕がねぇ。ムビ、お前はどうだ?」
「すみません。俺も余裕はありませんが、ポーションは使い切ってて……」
「なら、私たちのを分けてやる。全員、可能な限り回復するんだ!」
四人は手持ちのポーションを全て取り出し、次々に飲み干す。
全てのポーションが空になったが、おかげでほぼ全回復することができた。
ちょうど最後の一瓶を飲み干したタイミングで、"欠番の幹部"を覆っていた氷が砕け散る。
"欠番の幹部"は、ほとんどダメージを受けた様子がない。
(俺とシェリーさんのステータスを合わせても、ほぼノーダメージか……。なら、もっと力を集中させるしかない)
「皆さん……お願いがあります」
「なんだよ、改まって」
「デバフ対策……解除していただけませんか?そうすれば、もっと強力にサポートできます」
「確かに、こだわってる場合じゃなさそうだね……。分かった。皆、デバフ対策を解除しよう」
ナズナの一声で、三人は指輪を外す。
「ありがとうございます……。では、次のシェリーさんの魔法を合図に、一気に仕掛けましょう」
"欠番の幹部"は再び羽ばたき、大量の羽をムビたちに飛ばす。
「《星霜の氷鎖標識》!」
ムビのスキルにより、四人全員分の魔法攻撃力を合算した魔法が放たれる。
結果、先ほどよりもはるかに強力な呪文となり、羽も"欠番の幹部"も一瞬で氷漬けになる。
「今です!お願いします!」
ナズナが素早く飛び出す。
(《エンパワーメント》!)
ムビは、四人分の力とスピードをナズナに集中させる。
ナズナのスキル《瞬神》により、スピードが数倍に上昇する。
「なにこれ!?凄い力!!?」
ナズナは自分から湧き上がる力に驚いた。
ガガガガガガガガ!
四人分の力を集結させたナズナの連打は、稲妻が走るように"欠番の幹部"の全身を砕いた。
「——ギィッ!?」
"欠番の幹部"が初めて呻き声をあげた。
「ははっ……効いてるじゃねぇか!」
シンラが前に躍り出る。
(《エンパワーメント》!)
今度はシンラに四人分のステータスを集中させる。
スキル《怪力乱神》により、力が数倍に上昇する。
よろめく巨体の懐に、シンラが飛び込む。
「零距離——《螺旋竜煌砲》!!」
——ドゴオオオォォォォォン!!
直接殴打から放たれたシンラの奥義は、"欠番の幹部"を吹き飛ばした。
「——ギイィィィッ!!」
そのまま壁に激突し、フロアが揺れる。
「——ははっ、すげぇ力だ!こりゃだいぶ効いたんじゃねぇか!?」
"欠番の幹部"はヨロヨロと立ち上がる。
かなりのダメージを受けたようだ。
「やっぱりな!これなら倒せそうだぜ!」
「油断せず行きましょう!《全能力上昇》!」
ムビは四人の全ステータスを30%強化した。
「《全能力上昇》まで使えるのかよ、マジで有能だなムビ!」
「これなら、勝てそうだね!」
希望が見えたそのとき——"欠番の幹部"がニヤリと笑った。
一瞬で四人に接近する。
「こいつ、速っ——!?」
尻尾を振り回し、四人を全員壁まで吹き飛ばす。
「ぐはぁっ!!」
たった一撃で、全員大ダメージを受けていた。
「くそっ!この図体でナズナより速えーのかよ……!」
「いよいよ戦闘モードってことか……!」
"欠番の幹部"は大きく口を開け、輝き始める。
「ブレスだっ!まずい……!」
「ナズナさん!急いで全員を回収してください!」
ムビは四人分のステータスをナズナに集中する。
ナズナは僅か2秒で全員を回収する。
「《断界術式・黒曜の楔》!!」
四人のステータスをムビに集中させ、ムビは結界で四人を包み込む。
——シュインッ……
紫色の光線が、一瞬で360度全方位に放たれる。
——カッ!
大爆発を起こし、紫色の業火が部屋中を包み込む。
ブレスの破壊力にムビの結界は歪むが、かろうじて耐える。
「なんつー威力だ……この結界が無かったら、今ので終わってたぜ……」
紫色の炎はなおもメラメラと燃え盛り、空気が焦げるような熱気が四人を包む。
(くそっ……!これじゃあ結界を解いた瞬間、全員火だるまに……)
ズシン、ズシン——
動けないムビたちに、"欠番の幹部"がゆっくりと接近する。




