第171話 最下層へ向かう者
ムビは七層の通路を進んでいた。
途中、エレノアとの戦闘地点が六層の深部だったことが判明する。
というのも、七層に続く階段の脇に、シンラたちのメッセージが刻まれてあったからだ。
通過時刻とフロア数が記されており、ムビはそれを手がかりに彼らとの距離を測った。
(シンラさんたちが七層に到達したのは、俺の二時間前。けど、探知魔法で俺の方が速く進めてるはず。多分、あと少しで追いつくはずだ……!)
その瞬間——
遺跡全体が震えた。
ムビは思わず足を止める。
(なんだこれ……、魔力!?)
下層から、圧倒的な魔力の波が押し寄せてくる。
今まで感じたことがないほどの、膨大な魔力だった。
(シンラさんたちが危ない!急がないと……!)
ムビは八層に続く階段へと、全力で走り始めた。
◆ ◆ ◆
——パキィンッ!
結界の中に閉じ込められていたエレノアは、ついに結界を破壊した。
下層からの膨大な魔力に遺跡全体が震えている。
(そう……ついに召喚されたのね、私たちの主様が……)
エレノアは悲しい気持ちになる。
主となる最上級悪魔の降臨により、以前よりもさらに強くこの遺跡に縛られることだろう。
(ムビ君は、間に合わなかったか……)
ギアスの効果に導かれるように、エレノアの足は自然と下層へ向かう。
主を守るため——それがエレノアに課された呪縛。
(ムビ君のパーティは、主様と交戦中かな?でも、私に苦戦しているようじゃ、到底主様に敵う訳がない。それに、私が主様に合流したら、もう完璧に詰み。あーあ、儚い希望だったな……)
エレノアは大鎌を収め、走り出そうとした——そのとき。
ピクリと反応する。
(……足音?)
後方から、誰かがこちらへ向かってくる。
この通路は転移罠にかからなければ来られないはずなのに。
通路の奥に、うなだれた少女の姿が現れる。
「はぁ~。一向に進まんし、誰とも会えん。ムビにかけた位置探知魔法も、とっくに効果が切れておるしなぁ……。ワシ、一生この遺跡から出られんのじゃなかろうか……」
少女はエレノアに気づかず、ぼやきながら歩いてくる。
ようやく目の前で立ち止まり、エレノアの存在に気づいた。
「うおっ!?誰じゃ、お前!?どこから来た!?」
(いや、それはこちらのセリフなんだが……)
エレノアが苦笑していると、少女は勝手にまくし立て始めた。
「お前、全然魔物っぽくないのう♪もしかして人間か!?遺跡の調査に来た冒険者か!?」
目を輝かせながら、何やら勘違いしている。
この少女は恐らく、ムビの仲間だろう。
助けてやりたいが——ギアスの効果で、口から勝手に虚言が出る。
「そうなんです。私、遺跡で迷ってしまって……」
少女は勢いよくエレノアの両肩を掴んだ。
「そーなのか!?ワシもなんじゃ!この遺跡、ありえんぐらいトラップだらけでのう!壁触ったら転移するし、もうどこなのか分からん!」
エレノアが策を巡らすまでもなく、少女は勝手に親近感を抱いているようだ。
延々と苦労話を語り続ける。
「のう!お主もワシと同じ、迷子なんじゃろう!?」
少女の顔は、『はいと言ってくれ!』と言わんばかりだった。
「ま……まぁ、そんな感じです」
少女は満面の笑みを浮かべ、エレノアの肩をバンバン叩いた。
「なんじゃもう~♪お主も迷子なのか?仕方ないのう、ワシが一緒について行ってやるから、安心するのじゃ♪」
エレノアは衝撃を受けた。
罠に散々引っかかってパーティから孤立した人間の、どこに安心できる要素があるのだろう。
現代の人間は皆、こんなに能天気なのだろうか。
「お主、名はなんという?」
「私、エレノアよ」
「エレノアというのか♪ワシの名前はミラじゃ!よろしくな♪」
ミラはエレノアの手を取り握手をする。
(この子、おっちょこちょいみたいだけど、根は明るくていい子だな。ギアスが無ければ、友達になれたかもしれないのに)
「よし!それじゃあ進むぞエレノア!ワシの仲間が、既に先に進んでいるはずじゃ!目指せ、最下層♪」
ミラはそう言って先頭を歩き始める。
背中が隙だらけ。
(さようなら——)
エレノアは大鎌をミラに向けて振り下ろした。
ぱしっ。
ミラは刃を片手で受け止めた。
(——!?そ、そんなバカな!?)
どれほど屈強な魔物でも一刀両断する一撃だ。
それが、紙でも摘まむかのようにあっさり受け止められた。
「……なんじゃお前?魔物か?」
——ゾクッ
ミラから僅かに漏れた殺気に、エレノアの全細胞が危険信号を発する。
即座に後方へ跳び、距離を取る。
(なんなんだこいつ……!?どうやって私の一撃を止めた!?)
ミラは腕をグルグル回しながら近付いてくる。
「んー、見た目人間なんじゃがなー。とりあえず半殺しにしておくかの?」
エレノアの全身から汗が噴き出る。
(大丈夫!私にはスキルがある!認知を阻害して、不意打ちで首を斬る!)
スキルを発動し、自身の幻影を作り出す。
本体は認知不能にし、ミラに斬りかかる。
(今度こそ——殺った!)
バチイィィィン!
大鎌に衝撃が走り、エレノアは弾き飛ばされる。
(な……何が起きたの!?)
ミラは右手を突き出し、中指から煙が立ち昇る。
「ま……まさか、デコピン……!?」
「いやいや、驚いたぞ!鎌をぶっ壊すつもりだったんじゃがのう!お前、強いな♪」
エレノアはカッとなる。
「ふ……ふざけ……!それよりもなんで、私が見えている!?なぜ分身に惑わされない!?」
「分身……?なんのことじゃ?お前、まっすぐ突っ込んできただけじゃろ?」
エレノアの顔が青ざめる。
(ま、まさか……パラメータが高すぎて、私のスキルが全く干渉できてない……?そんな……じゃあこいつ……一体、どれだけ格上の……)
「それじゃあ久々に、"パンチ"というものをやってみるかの♪」
ミラは笑顔のまま、姿を消した。
(——!?消え——)
——ドゴオオォォォォッ!!!
「ぐはああぁぁぁっ!!!??」
腹部に突き刺さる衝撃。
エレノアの意識が、一瞬で闇に沈む。
「うーむ。こうやって近くで見ても、人間にしか見えん」
ミラは気を失っているエレノアをまじまじと眺めた。
「まぁいい、一応連れて行くか!魔物と判明したら、そこで討伐すれば良いし♪」
エレノアを担いで周囲を見渡した。
遺跡が下層からの魔力により揺れ続けている。
「しかし……さっきから何やら、凄まじい魔力を感じるのう。化物でもいるのか?——ふふ……ワシとどっちが強いか、楽しみじゃのう♪」
ミラは笑顔のまま、遺跡の奥へと歩みを進めた。




