第170話 魂の祭壇
モリ—はほくそ笑んでいた。
「明日のトップニュースはこうだ。『リリス様、錯乱し王と委員会を惨殺、自らも自殺』……と」
「あら、私を打ち取るおつもりですか?」
「馬鹿が!我らは剣の達人!いかに王女といえど、三対一では成す術もあるまい!」
ジリジリと、リリスの包囲網が狭まる。
「死ねぇっ!!」
リリスの背後から二人が飛びかかる。
——ヒンッ
一瞬、甲高い音が響いた。
直後、二人の首がワインの栓のように弾け飛び、血飛沫が舞う。
「は……?」
モリ—の目が驚愕のあまり見開かれる。
リリスはくすくすと笑った。
「どうしましたか、達人のモリーさん?私の剣、見えましたか?」
「お、お……おのれぇーーーっ!!」
モリ—は剣を振り上げるが、振り下ろす前に両手首を両断された。
「ぎゃああああああああッ!!!」
転げ回るモリ—の顔面を、リリスは躊躇なく踏み抜く。
衝撃で、床が砕け散った。
「あまり暴れてはいけません。血が勿体ないですよ?」
モリ—の顔面は陥没し、すでに意識が飛んでいた。
王は机の下から頭を覗かせながら、震える声で言った。
「で、でかしたぞ、リリス!お前がおらねば、殺されるところじゃった……」
「ありがとうございます、お父様。では皆様、冒険者の転移の準備を進めてください」
リリスが剣を鞘に納めながら言った。
「お、お待ちください、リリス様!」
幹部の一人が声を上げる。
「予選を中止してしまうと、その責任が委員会に向けられます!此度の委員には、王やリリス様も加わられております!ひいては、王族にも責任追及が及ぶかもしれませんぞ!?」
リリスは目を丸くする。
「どうでもよいではありませんか、そのような些事。国が滅ぶよりは、遥かにマシです」
「そんなことはありません!王の権威に傷がつけば、国の衰退に繋がります!我らは、身命を賭して王を守るのが務め!であれば、今しばし検討するべきでは……!?」
リリスは王やベック、幹部たちを見回す。
皆、似たような表情を浮かべていた。
(これは、今晩中に決まりそうにありませんね)
リリスは溜息をついた。
「そうですか。では、私はこの者を尋問いたします。皆様は、予選の中止についてご検討ください」
「あっ、リリス様……!」
誰かが呼び止める声を背に、リリスはモリーの身体を引きずり、会議室を後にした。
外に出ると、冷たい夜風がリリスの白い頬を撫でた。
ふと、月を見上げる。
美しい満月が夜空に浮かんでいた。
(ムビ様、どうかご無事で……)
リリスは夜空に向かって跳躍し、屋根を飛びながら、闇の中へ消えて行った。
◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……グフッ!」
血に濡れた足音が、石畳に響く。
グリモールは壁を支えに、八層の通路を這うように進んでいた。
背後には、亜人の気配。
シャドウサーヴァントが時間を稼いでいるが、もはや希望は薄い。
通路を抜けると、グリモールは遺跡の最深部に辿り着いた。
そこは広大な大広間。
奥には祭壇があり、二つの人影が静かに佇んでいた。
「おや、あなたがやられてしまうとは」
「これはもう、助からぬのではないか?」
祭壇の前にいたのは、『両面宿儺』のノームとゲロッグだった。
グリモールは頭を下げる。
「お見苦しいところを。侵入者は、想定以上の強さでした」
「ミラはともかく、亜人たちも、あなたを倒すほどの実力者だったとは。召喚の儀はどうするおつもりで?あと少しというところなのに」
「御心配には及びません。儀式は必ず成功します。ここは危険です、お二人はお逃げください」
「ほっほ、分かりました。帰ってボスに伝えておきます。『儀式は成功した』と」
ノームは転移石を取り出す。
「おい、良いのかじいさん?ワシらは予選敗退になるぞ?」
ゲロッグがノームに話しかける。
「ほほ、問題無いでしょう。我らの他にも『両面宿儺』は予選に紛れ込んでいます。我らの任務は、あくまで儀式のサポート。あとは彼らに任せましょう」
転移石が砕け、二人は光の中へと消えた。
直後、通路から足音が聞こえる。
亜人の三人が、大広間へと駆け込んできた。
「へへ……追い詰めたぜ」
「行き止まり……ってことは、ここが遺跡の最深部みたいね」
「ってことは、あれが祭壇……うっ!?」
シェリーが口を押さえ、震え始めた。
「おい……どうした、シェリー!?」
「なんなのあれ……中に、無数の人の魂が閉じ込められてる……」
祭壇の前に立つグリモールが、ゆっくりと振り返る。
「素晴らしい。たった数人で、ここまで辿り着くとは。感服いたしました」
「へっ……悪いが、その薄気味悪い祭壇は壊させてもらうぜ。そいつを壊せば、黒い魔物はもう呼べなくなるんだろ?」
グリモールはニヤリと笑みを浮かべた。
「……どうやら、勘違いしているようだ。この祭壇は、主を召喚するためのもの。シャドウサーヴァントは、あくまでおまけ……。主が、魂を集めるために寄越した使い魔に過ぎない」
「……主だと?」
「そうだ。未だに覚えている。魔王さまと主に忠誠を誓った、あの日のことを……」
グリモールはもはや立つ力も残っておらず、祭壇にもたれて座り込んだ。
「誇り高き千年であった……。未来永劫、忘れ得ぬほどの……」
「へっ……。悪ぃが、さっさと祭壇は破壊させてもらうぜ?」
「いや。もう遅い……」
——カッ!
突如、祭壇を中心に巨大な魔法陣が展開される。
「な……なんだ!?」
「うわあああああっ!」
シェリーが頭を抑えた。
「お、おい……どうした、シェリー!?」
「魂が……苦しんでる……!」
シェリーの顔がどんどん青ざめていく。
グリモールは笑みを浮かべながら、体が崩壊していく。
「良かった……。私の魂で、不足分は補えたようだ……」
全てを察したシェリーが叫ぶ。
「これは……魂と引き換えの、悪魔召喚の儀式!こんな膨大な量の魂……一体、何を召喚するつもりで……!?」
「ふふ……残念です。主に虐殺されるあなたたちの姿を、この目で見てみたかった……」
「あの祭壇を破壊して!今すぐ!」
ナズナが祭壇に向かって走り出す。
しかし、繰り出した拳が、魔法の障壁によって止められた。
「なにこれ……結界!?」
「言ったはずです。もう遅いと」
「てめぇ……!いいのかよ!?自分の魂を犠牲にするんだぞ!?」
グリモールはシンラを睨みつけた。
「貴様に分かるのか!?主なき、千年の空しさを!あんなものを再び味わうくらいなら、消えた方がマシだ!」
——バチバチッ!
魔法陣が激しく光り始める。
と同時に、祭壇の上空に巨大な顔が浮かび上がる。
「なに——あれ……?」
ナズナが呟く。
「分からねぇが……ありゃ、良くねぇもんだ」
シンラも厳しい表情を浮かべる。
グリモールの高笑いが広間に響く。
「主よ……我が無念をお晴らしください……必ずや……魔王軍に、勝利を!」
巨大な顔が口を開けながら地面に落ち——祭壇ごと、グリモールを飲み込んだ。
顔は解け崩れ、蠢き——やがて、一体の巨大な魔物の形になった。
「へへ……ありゃ強ぇな……」
膨大な魔力の圧がビリビリと伝わってくる。
遺跡全体が震えているようだ。
「どうする……やるの?」
「あたりめぇだろ。あんなヤベェもんを地上に出すわけにはいかねぇ」
魔物が顔を上げる。
全身に白い毛の生えた、ドラゴンのような姿。
全長は目測で約10メートル。
しかし、顔は美しい少年のようだ。
穏やかな表情で微笑んでいる。
魔物は天使のような翼を広げた。
幾百の羽が、広間に舞う。
「へっ……綺麗な羽じゃねぇか」
舞い落ちる羽に、シンラの指先が触れた。
——ビキッ
「!?……ぐああああああっ!!?」
羽に触れた部分から魔物と同じ白い毛が生え、シンラが苦悶の表情を浮かべる。
「それ、神経……!!?」
「ぐぅっ……!は、羽に触れるなっ!!」
三人は懸命に羽を躱す。
「くそっ……!この羽、耐久性をゼロにする呪いか!」
「これじゃあ攻めきれないよ!」
魔物はさらに羽ばたき、宙を舞う羽の量が数倍に増える。
「まずい!躱しきれねぇぞ!」
そのとき、シェリーの声が響いた。
「"星霜の氷鎖標識"!」
極大魔法が放たれ、宙に舞った羽ごと魔物を氷漬けにする。
羽は、全て地面に落ちた。
「まじでナイスだ、シェリー!——ナズナ、行くぞっ!」
シンラとナズナが氷漬けの魔物に躍りかかる。
「はあぁぁぁーーーっ!」
ナズナが高速で動きながら、魔物の全身に闘気を込めた拳打を放つ。
「どいてろナズナ!」
ナズナが飛び退き、シンラが懐に飛び込む。
「《螺旋竜煌砲》!!」
——ドオォォォォォォォン!!
シンラの奥義が直撃し、広間が大きく揺れた。
地面は割れ、砂埃が舞い上がる。
「さぁて……ちったぁ効いてると良いんだが……」
砂埃が晴れ——そこに立っていたのは、無傷の魔物だった。
氷は砕け、白い毛が再び風に揺れている。
「へへ……こりゃまずいな……」
シンラの顔が引き攣った。




