第17話 ムビの1日
ムビは朝食を取って、ルナプロダクションへ出社した。
「おはようございます!ムビさん!」
「今日もお疲れ様です!ムビの兄貴!」
制作課の社員が、ムビを視界に入れる度に素早く挨拶をする。
「お・・・おはようございますっ」
ムビは苦笑しながらデスクに座る。
「ムビ君、おはよう」
「おはようございますエヴリンさん」
「今日は10時から私と社長と3人でミーティング入れたから、スケジュールの承認よろしくね」
「はいっ、分かりました」
ムビは早速PCを起動する。
さぁて、今日の業務は・・・と。
制作課の残タスクに手を付けるか。
とりあえず今週締切分のタスクは昨日終わったから、ミーティングまでに来週締切分のタスクを終わらせるか。
その後は、『四星の絆』のレッスンを見学して、午後からは『四星の絆』関連の仕事をしよう。
ムビは社内メールや社内掲示板を確認した後、1時間程かけて制作課のタスクを終了させる。
よしっ、こいつを共通フォルダにアップロードして・・・っと。
制作課に報告しに行くか。
「あっ、ムビさんお疲れ様でーす!」
「お疲れ様でーす!」
ムビが制作課に入ってくるなり、全員が声を揃える。
「えっと・・・来週締切分のタスクが全部終わったので、ご確認の程よろしくお願いします」
「まじっすか!?また終わったんすか!?」
「流石ムビの兄貴、神ですわ♪」
「うおー!来週も定時退社確定!!」
制作課の社員は狂喜乱舞していた。
「ムビさん、午後からちょっと面倒なクライアントとの打ち合わせがあるんですけど、もし良かったら同席願えないですかね?」
「分かりました、僕も出席しますね」
午後のスケジュール登録をして、ムビは会議室へ向かった。
「失礼します」
中に入ると、エヴリンとラフな格好をした男が座っていた。
「初めましてムビ君、僕がルナプロの社長のレオンです♪」
「はじめまして、ムビです」
「いやー、ムビ君の噂は兼ね兼ね聞いてるよ!あの地獄の制作課のタスクを一人で一掃したんだってね♪」
「そんな、恐縮です」
軽くて気さくな人物のようだ。
「動画も見たよ♪どれも本当に高品質で傑作だね!凄い速さで制作するって聞いたけど、一体どうやってるんだい?」
「はい、自分の体内に魔力回路を作って、そこを通して動画制作しています」
「体内に魔力回路!?へぇ~そりゃ凄い!ちょっとお尋ねしたいんだけど、うちの制作課にそういうツール作ったりってできないかな?」
「そうですね・・・。今パッとは思いつかないんですけど、制作スピードを上げるという観点でいくと、PC内の動画編集ツールの魔力回路と操作者の脳を何らかの方法で接続する回路を作れば、なんとかそれっぽいものができるかもしれません」
「本当かい!?時間があるときにで良いから、もし余裕があったらぜひ作ってくれ♪」
「承知しました」
レオンは上機嫌に笑った。
「さて、ところで今日のミーティングの本題なんだが、ムビ君の給与に関することでね。先週、エヴリンから『給料10倍にしろ!』って熱い電話が来てね。そこで、改めてこのような給与にしたいと思うんだけどいかがだろうか」
レオンは一枚の紙を渡した。
紙にはムビの給与や福利厚生について書かれてあり、月給300万円と書かれていた。
「ええええええっ!?さ・・・さささ、300万円!?」
ムビは驚いて顎がガクガクした。
「こ・・・こんなに受け取れません!」
「いやいや、これでも会社にとってはめちゃくちゃ黒字なのよ。制作課の月の残業代費はこんなもんじゃなかったから♪それに、ムビ君はアイドル課でもめちゃくちゃ活躍してるじゃない?」
「そうです社長、ムビ君の動画はもう映画のレベルです。ムビ君が作った『四星の絆』の動画は全て100万再生を超えていて、先日の動画はついに200万再生を超えました。チャンネル登録者数ももうすぐ10万人を突破する勢いです。メンバーの個人チャンネルの編集も行ってくれるので、『四星の絆』のタスクが激減し、レッスン時間の確保や休日の取得が可能になりました」
「と、いうわけ♪誰も文句を言わないから、遠慮なく受け取ってね♪」
元の25万でも十分なのに・・・。
こんなにいただくなら、もっともっと働かなくちゃなぁ。
会議が終わり、ムビは自分のデスクに戻った。
おっ、午後の顧客打ち合わせは13時からお客さん先に移動か。
じゃあ午前の残り時間は、皆のレッスンでも見学しようかな。
ムビはレコ―ディングスタジオに行くと、『四星の絆』が新曲のレコ―ディングをしていた。
「おぉっ、ムビ君おはよう♪」
「おはようございます、ムビさん」
「今ルリがレコーディングをしているところですわ」
それぞれの歌唱パートのレコーディングを交互に行っていた。
やっぱり皆、歌上手いなぁ。
「ムビさん、この新曲どう思います?」
「そうですね、とても良いと思いますよ」
「ただ、他アイドルの曲と比べるともう少しパンチが欲しいですわよね」
「こらこら、作曲された方に失礼でしょ」
「でも、チャンネルも伸びてきていますし、正直一気にバズって『四星の絆』といえばこれ、という曲がそろそろ欲しいですわ」
確かに、充分良い歌だが、他のアイドルとの競争となると埋もれてしまうかもしれない。
その辺は一つ課題かなぁ。
「あと、レッスン時間も確保できるようになってきたし、もうちょっと歌上手くなりたいなぁ。高音とかなかなか出ないんだよねぇ」
「高音もですが、そもそもの基礎部分ももっと練習する必要がありますわね」
「なんかパーッと歌上手くなる方法無いかなぁ」
もう十分歌上手い気がするけど・・・。
なるほど、もっと歌上手くなりたいのか。
そのあたりの悩みも解決できないかな。
ムビはレコーディングを見学して、昼休みは『四星の絆』と近くのテラス席で昼食を取った。
「最近、一日中踊ってても全然疲れなくなったの!これレベルアップしたせいだよね!?」
「確かに、レベルが上がると体力や運動能力が上がるので、それが原因だと思います」
「動きも、人間離れしてきたんだよね♪本気で動くと速過ぎるから、抑え目で動くようにしてるけど」
レベルアップがこんな恩恵をもたらすとは・・・。
冒険者活動とアイドル活動は、意外と相性が良いのかもしれない。
「今週はレコーディングとMV撮影があるから、次の冒険は来週になりそうですね」
「そうですね。次はDランク帯なので、『幽影鉱道』に行きましょうか」
「うおー!『幽影鉱道』!ついに私達も中級ダンジョンデビューだね♪」
「良い鉱物が取れるって話だから、ワンチャンお宝ゲットかも!」
午後からは制作課の人の外出に付いて行き、顧客打ち合わせに参加した。
「このお客さん、かなり口うるさいんですよ・・・。『資料が分かりにくい!』なんて文句は毎回だし、どんどん修正依頼来るし、打ち合わせの回数もめちゃくちゃ増えて結構面倒で・・・」
「なるほど、大変そうですね・・・」
会議にはお客さんが4人参加していた。
「だーかーらーね、この資料の書き方じゃ分からないって!どういう動画になるわけ!?」
あー、なるほど、この人がそうなのか。
制作課の人も苦笑いしている。
ムビは10秒程で動画を制作してみた。
「こんな感じのイメージになると思います」
「ほう・・・なるほど」
「よろしければ、このまま動画を制作しましょうか?要件定義書に書いてある内容を反映すればよろしいですか?」
「えっ?もちろん、その通りで良いけど・・・そんな早くできるの?」
「はい。ちょっと要件定義書を読みますね」
5分程書類を読んだムビは、30秒程考えて動画を制作した。
「こんな感じでどうでしょうか?」
「おー!凄いじゃん!ただ、要件のこの辺が抜けてるかな」
「あっ、失礼しました!作り直しますね。・・・・・・・・・・・・・・できました。こんな感じでいかがでしょうか」
「えっとね、この要件の意味はこういう意味で・・・」
「なるほど、修正します。・・・・・・・・・・・・・・できました。こんな感じでいかがでしょうか」
「あっ、そういえば定義書には明記されてないんだけど、こういうのも必要で」
「なるほど、修正します。・・・・・・・・・・・・・・できました。こんな感じでいかがでしょうか」
「ついでに、こういうのも加えてもらえないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・できました。こんな感じでいかがでしょうか」
「こことここがちょっと気になるから、ちょっと修正してもらえる?」
「・・・・・・・・・・・・・・できました。他に修正点はありますか?」
お客さんは動画を見ながらしばらく考える。
「そうだね・・・うん、これで大丈夫!いやー、凄い動画ができたね!あなた凄いね。今度から毎回あなたが来てよ♪」
「あはは・・・また機会があったらお伺いします」
1時間の会議のうちに、動画制作が完了してムビ達は帰路についた。
「ムビさんマジ凄いっす!あの顧客一人で100時間はいつも時間取られるんですよ!1時間で動画制作まで終わらすなんて神っす!」
「あはは。ちょっと大変でしたけど、無事に終わってよかったですね」
15時過ぎに帰社したムビは、『四星の絆』関連の動画の反応を10分程で確認する。
確認を終えると、昨日『四星の絆』のメンバーが個人チャンネル用に撮影した素材をチェックする。
体内の魔力回路で素材を解析し、一瞬で素材の内容を脳内で理解する。
少し動画の構成を考えてから、動画を制作する。
およそ10分程で4人分の動画が完成した。
定時までまだ2時間以上あるな・・・。
ムビは、午前中に聞いた『四星の絆』の要望を思い出す。
良い楽曲提供と、歌が上達するレッスンだよな・・・。
俺自身音楽に詳しくないからな・・・。
時間もあるし、この際音楽の勉強をしてみようかな。
ムビは歌の上達方法や曲の作り方をPCで調べた。
夢中で調べていると、定時のチャイムが鳴った。
うーん、これはなかなか大変そうだな。
家でも音楽の勉強をしてみようっと。
ムビはそのまま帰宅した。
夕食は、『白銀の獅子』をクビになった日から通っている、お気に入りのテラス席で済ませた。
19時、家に着くなり、入浴。
19時半から早速音楽の勉強。
22時半から好きな『Mtube』の動画を見て、いつの間にか眠りに落ちた。




