第169話 欠番
「欠番の幹部……だと!?」
会議室に緊張が走る。
リリスは静かに頷き、壁画に描かれた紋章を指差した。
「恐らくこの紋章は、世界中でこの遺跡にしか存在しないものだと思われます」
「待て……。欠番の幹部が、この遺跡のどこかにいるとでも……?」
「いいえ。まだ、この世界に存在していないのだと思います」
「存在していない……?どういう意味だ?」
リリスは壁画を指し示す。
「壁画は、人間の魂を生贄にする悪魔召喚の儀式を描いています。そしてシャドウサーヴァントに、デスストーカー……どちらも、魂を収集する魔物です。そこで考えました。この遺跡は、人間の魂を収集するために作られたのではないかと」
幹部たちは、ゾクリと身を震わせた。
「召喚される悪魔の強さは、生贄に捧げる魂の数に比例します。そこで、儀式召喚に応じる強力な悪魔を、可能な限り調べ上げました」
「……それで……、どんな悪魔がいるのじゃ……?」
リリスは分厚い書物をパラパラとめくりながら答える。
「悪魔には序列があります。使い魔、下位、中位、上位、最上位の五段階。使い魔は一人分の魂で召喚可能ですが、位が上がるごとに必要な魂の数は桁違いになります。参考までに、シャドウサーヴァントは中位悪魔で、百人分の魂を必要とします」
「この化物が……中位だと?」
全員が、リリスの背後に佇むシャドウサーヴァントを見て息を呑んだ。
「歴史上、召喚に成功したのは上位悪魔まで。それでも召喚されれば甚大な被害を生んできました。最上位悪魔の召喚には一万の魂が必要とされ、実現は不可能とされてきました。しかし、人類史に過去一度だけ、最上位悪魔の召喚を試みた例が存在します」
「な、なんだと……?」
王がゴクリと喉を鳴らした。
「千五百年前、栄華を極めていた都市『ポロトス』です。召喚は失敗に終わり———一夜のうちに、都市と市民十万人が消滅しました」
話だけでは、一笑に付したかもしれない。
しかし、目の前にいる本物の悪魔の邪悪な存在感を目の当たりにしていると、嘘や誇張と疑う気持ちは全く湧かなかった。
「私はこう考えています。魔王は、八番目の幹部として最上位悪魔を召喚するつもりだった。そのために遺跡を造り、一万人の魂が集まるのを待っていた。しかし、魔王軍は敗北し、欠番の幹部は召喚されないまま千年以上が経過したのです」
会議室は、シンと静まり返った。
沈黙を破ったのは王だった。
「……なるほど。あいわかった。では、予選終了後、直ちに調査隊を編成しよう」
「それだけでは足りません。予選を今すぐ中止し、全冒険者を転移させるべきです」
幹部たちがざわついた。
王は重苦しい表情で返す。
「それはならん。予選には莫大な費用がかかっておる。今さら中止などできん」
「そうです、リリス様……!伝承通りであれば、召喚には一万の魂が必要なのでしょう?ならば、まだまだ猶予はあるはずです」
幹部はシャドウサーヴァントが襲ってこないか確認しながら、恐る恐る発言する。
「いえ。一刻の猶予もありません。直ちに転移させるべきです。お忘れですか?エルバニアの森では、かつて八千人の討伐隊が全滅したことを」
「あっ……!」
数名が声を上げる。
「今回、千人以上の冒険者が死亡しています。ほぼ全員、魂を奪われたとみて間違いないでしょう。いつ召喚条件を満たしても、おかしくありません」
「し、しかし!リリス様のおっしゃることは、あくまで憶測に過ぎません!委員会で長い時間をかけて話し合ったのに、予選中止というのはどうにも……!」
リリスは溜息をつく。
「私はそもそも、エルバニアの森が予選会場に選ばれたのも、偶然ではないと思っています」
「ど……どういうことでしょうか?」
「偶然にしては出来過ぎています。儀式の成功を目論む者が、会場選定に介入したのではありませんか?……例えば、『両面宿儺』とか」
「りょ、『両面宿儺』ですと!?」
会議室が騒然となる。
「そもそも『両面宿儺』とは、魔王軍幹部の名前です。最古の秘密結社を名乗っていますが、その目的が人類の衰退であり、ルーツが魔王軍であることを掴んでいます。かつて、城に潜入していた鼠を尋問し、自白を得ました」
幹部の一人が立ち上がる。
「お……お待ちください、リリス様!我々が反社会組織と繋がりがあるとでも言うのですか!?いくら何でも、それは我々に対してあまりに敬意を欠く物言いではありませんか!?」
リリスは無視して続ける。
「予選会場は、ここにいる全員で話し合ったのですよね?教えてください。最初に、エルバニアの森を提案したのは誰ですか?」
幹部たちが顔を見合わせる。
「確か、モリー殿が提案されたような……」
「私も、そのように記憶しております……」
全員の視線が、次第に立ち上がったモリーに集まる。
「な、何を言う!私は何も知らん!そもそも、私がエルバニアの森を推した理由は……!」
「弁明は良いです。めんどくさい。私が尋問にかければ詳らかになることです」
モリ—の表情が曇った。
「尋問ですと!?私は公爵家の人間ですぞ!?」
「心配ありません。私の尋問の成功率は100%です。あなたが白なら、決して痛めつけないと約束しましょう。ただし、万が一黒なら——地獄を見ていただきます」
リリスの全てを見透かすような、冷たい眼差しがモリーを射抜く。
会議室は、シン、と静まり返った。
「よろしい……ならば、これが私の答えです」
シュンッ!
モリ—は剣を抜き、斬撃を放った。
斬撃は宙を裂き、一撃でシャドウサーヴァントの首を落とす。
「ひ、ひいぃぃぃッ!!」
突然の出来事に、王と幹部たちは縮み上がった。
さらに二名の幹部が剣を抜き、リリスに向けて構える。
「あらあら。三人も紛れ込んでいましたか……」




