第167話 深夜の緊急会議
シンラはゆっくりとナズナとシェリーに歩み寄る。
鬼の形相は徐々に薄れ、赤黒いオーラも収束していく。
「シンラ、大丈夫!?」
「ああ、なんとかな。あークソ、全身いてぇ」
「反動半端ないんだから。無理しないでね」
ザリッ……
そのとき、死んだはずのグリモールが立ち上がった。
「……!?な、なに!?」
グリモールの胸には大穴が空き、そこから血が滴っている。
「かはっ……!はぁ……はぁ……。まさか私がやられるとは……驚きました」
「しぶてぇ野郎だな。だが、長く持たねぇんじゃねぇか?」
肩で息をするグリモールは、ニヤリと笑う。
「あなたの言う通りです。私はもう、長くない。……ですが、まだやるべきことがあります」
——カッ!
眩い光が発せられる。
亜人の3人は、思わず目を瞑る。
「なんだこりゃ?目くらましのつもりか?」
目を開けると、グリモールが8層に向かって逃げていくところだった。
「ちっ!追うぞ!」
亜人の3人はグリモールを追って、最終第8層に突入した。
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「ベックよ!どうなっておる!魔王軍じゃと!?」
緊急の知らせを受けたレオニス王が、大会運営事務局に乗り込んできた。
運営委員長のベックは慌てて頭を下げる。
「こんなお時間に申し訳ありません、王よ……。あくまで、可能性の話です。リリス様がそうおっしゃいますので……」
「で、そのリリスはどこにおるのじゃ!?」
「皆で映像を見ていたのですが、気になることがあると言って資料室に……」
「案内せい!」
王とベックは資料室に向かった。
王が勢いよく扉を開ける。
「リリスよ!魔王軍とはどういうことじゃ!?説明せい!」
リリスは机に座り、パラパラと本をめくっていた。
周りには数百冊の本がうず高く積まれている。
「リリスよ!聞いておるのか!?」
反応のないリリスに、王は怒鳴った。
ベックがビクリと体を震わせる。
リリスは無表情でパラパラと本をめくり、パタンと本を閉じた。
「お待たせしました。ちょうど調べ物が終わったので、今からご説明します」
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会議室に王、リリス、ベック、委員会の幹部が集まり、緊急会議が開かれた。
「皆さん、本日は深夜にお集まりいただき、申し訳ありません。昨夜から発生しているAランクの魔物の大量発生について、魔王軍の疑いがあるとリリス様からご提言いただきました。私も、まだ詳細を把握しておらず、これからリリス様にご説明いただこうと思っています」
ベックはチラリと王を一瞥する。
「リリスよ、説明するのじゃ。正直余は、驚いておるぞ。千年前の魔王軍が復活した、などというホラ話を本気で信じているお前にな。深夜にこれだけのメンバーを集めるからには、それ相応の根拠があるのじゃろうな?」
「そうです、リリス様。仮にもし本当だとしたら、そんな土地を予選会場に選定した、我々の責任も問われます。この会議の意味は、非常に重いですぞ?皆にも分かるよう、明瞭な説明をお願いします」
リリスに厳しい視線が注がれる。
(まったく。保身には随分熱心なこと)
リリスは目を細め、静かに口を開いた。
「承知しました。では、私から説明します。現在、エルバニアの森で起きている夜間の魔物の襲撃について調査し、古い書物に、このような記述を見つけました。『エルバニアの森は千年前、魔王軍の拠点であり、難攻不落だった』。『8000人の討伐体が壊滅し、生き残りの一人が、夜間に黒い魔物の群れに襲われ、森の中心部に魔王軍の遺跡があったと証言した』……と」
幹部たちがにわかにざわつく。
「確かに今回の事件に似ていますな……。だが、黒い魔物などいくらでもいるでしょう。それで魔王軍というのは、いささか早計過ぎるのではありませんか?」
幹部の一人が、髭を摘まみながら椅子にもたれ掛かり、余裕たっぷりに発言する。
「確かに、それだけでは断定できません。次に、こちらの映像をご覧ください」
会議室に映像が流れる。
「これは?」
「先ほどまで、ミラ・ファンタジアのパーティを追っていた浮遊カメラです。日が沈み、放送が終了した後の映像です」
映像には、遺跡の入口で戦闘を行う様子が映されていた。
「これは……黒い魔物!」
「それに、後ろにあるのは遺跡じゃないか……!?」
会議室がざわめく。
「なお、この黒い魔物についてですが、調査の過程で正体を掴むことに成功しました」
「何っ!?本当か……!?」
「俺たちやギルド職員が総出で調べても特定できなかったのに……」
驚く幹部に、リリスは薄く微笑む。
「それは仕方ありません。何せ、この魔物は自然界に存在しませんからね」
「なに……!?どういうことだ!?」
「魔物の名前は《シャドウサーヴァント》。外典の悪魔です」
「外典の悪魔だと!?」
「悪魔召喚の儀によって降臨するという……」
そのとき、幹部の一人が口を開いた。
「その悪魔が、映像の魔物と同じという証拠は!?」
「この本に挿絵が載っていますわ。よく似ていると……」
しかし、幹部たちの口調は厳しさを増す。
「そんな絵で断定するのは浅はかでは!?」
「その通り!似ている魔物などいくらでもいる!もっと確かな証拠を持ってきていただきたい!」
幹部たちは、口々にリリスに異を唱えた。
非難されながら、リリスは小さく溜息をつく。
要は、事実の究明や冒険者の命は二の次で、自分たちの責任問題にだけは、何が何でも発展させたくないのだろう。
「分かりました。お望み通り、確かな証拠をお見せします」
「ほう……どうやって?」
幹部たちは意地の悪い笑みを浮かべた。
何を提示されても、難癖をつけて認めない腹積もりだ。
(くくく……王女とはいえ、小娘だ。政治力というものをここで教えてやろう)
リリスはおもむろに手を掲げる。
「おいで。《シャドウサーヴァント》」
リリスがつぶやくと、床に魔法陣が展開された。
——ズズズズ……
魔法陣から、《シャドウサーヴァント》が現れた。
その瞬間、会議室は阿鼻叫喚に包まれた。
「ひっ!ひいいぃぃぃぃぃぃッ!!」
その場にいた全員が恐れおののき、先程まで余裕たっぷりに非難していた幹部たちは、椅子から転げ落ちていた。
「たっ……助けてッ!」
涙や鼻水を流して出口を目指す者や、失禁する者までいた。
リリスはくすりと笑う。
「ふふ。この悪魔は私の支配下にあります。何もいたしませんよ?」
全員が固まった。
空気が凍るのではなく、むしろ安堵感が広がっていく。
「ほ……本当に……?」
「本当です。もしも私の支配下にないなら、皆さん、とっくに死んでいるじゃないですか?」
軽いジョークのような口調だったが、誰も笑えなかった。
全員の額に脂汗が浮かんでいた。
「ほら、よく見てください。映像の魔物と一緒でしょう?」
幹部たちは、震えながら映像と実物を交互に見比べる。
「た、確かに……」
「ふふ。疑いが晴れたようでなによりです」
リリスがにこりと笑った。
「し……しかしリリス様、どうやって召喚を……?」
「ああ。本来は本物の外典が必要ですが、悪魔の理を理解すれば、自前の魔力で召喚できるようです。書物に書いてありました」
その場にいる全員が、言葉を失った。
この娘は化物だ——誰もがそう思った。
「わ……分かったから、早くその悪魔を引っ込めてください……!」
「んー?私も初めて召喚したので、戻し方が定かではなくて困っていますの」
当然戻し方は知っているが、リリスは口元に手を当ててとぼけた。
「それから、一応コントロール下にはありますが……何分初めてなもので。私に敵意があると判断すると、この子が攻撃するかもしれません。まぁ、そのようなことはないと思いますが、念のためお気を付けください」
幹部たちは震え上がった。
「さて……何か、ご意見のある方はいますか?」
会議室は水を打ったように静まり返っていた。
誰一人、声を上げる者はいない。
「では、続きを話しますね」
リリスはとびっきりの笑顔で微笑んだ。




