第166話 鬼人 VS 悪魔
「なら……教えてもらおうじゃねぇか!」
シンラが一気に距離を詰める。
拳に闘気を纏わせ、渾身の一撃をグリモールの顔面へ叩き込んだ。
——バチイィィィィィン!
大砲のような衝撃音が、遺跡の静寂を切り裂く。
だが次の瞬間、シンラの目が見開かれる。
「なるほど。素晴らしいパンチです」
グリモールは、片手で拳を受け止めていた。
その手は微動だにせず、まるで岩壁のよう。
「うそでしょ!?シンラのパンチを……受け止めた!?」
「そんなこと……可能なのか!?」
ナズナとシェリーの声が震える。
これまで、シンラの拳に耐えられる魔物など見たことがなかった。
ましてや、受け止めるなど——想像すらしたことがない。
「てめぇ……その見た目で、力あるじゃねぇか……」
シンラとグリモールは交わった拳で力比べをする。
ギリギリと、肉が軋む音がする。
「力がある……?いいえ、私は非力ですよ。肉弾戦は苦手なんです」
次の瞬間、グリモールの拳がシンラの腹部にめり込む。
「ぐはっ……!」
シンラの身体が数メートル吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ふむ……耐久力も素晴らしい」
「やろ……うっ!?」
シンラが前を向いた瞬間、グリモールの蹴りが迫っていた。
防御が間に合わず、顔面に直撃。
シンラは宙を舞い、壁へと激突する。
「シンラっ!!」
ナズナの悲痛な叫びが響く。
「嘘でしょ……シンラが肉弾戦で圧倒されるなんて……」
シンラは口から血を流しながら立ち上がった。
(野郎……力だけじゃなく、スピードもとんでもねぇ……)
「あの悪魔、何かスキルを使っているんじゃ……」
「スキル?この程度の肉弾戦、スキルを使うまでもありません。単純にレベルの差ですよ」
ナズナの考察に、グリモールは失笑する。
「あなた方は亜人種ですか?ならば、レベル上限は200といったところですか。しかし、私は純粋な悪魔種。レベル上限はありません。参考までに、私のレベルは630です」
雷に打たれたような衝撃が、三人の表情を凍らせた。
「3倍のレベル差がありながら、力で私と張り合えるのは賞賛に値します。恐らく、鬼人の種族値やスキルが関係しているのでしょう。しかしそれ以外は、私の足元にも及びません」
シンラの髪がワラワラと逆立った。
「そうかよ……なら、力で押し切ってやろうじゃねぇか!」
シンラが殴りかかる。
「"炎の壁"」
巨大な炎の壁が生成される。
(なっ……!?こいつ……なんて魔力してやがる……!)
シンラは防御態勢を取る。
炎の壁はそのままシンラを包み込み、焼き尽くす。
「ぐあああぁぁぁぁっ!!」
シンラは耐え抜いたが、片膝をついた。
対するグリモールは、余裕の表情を浮かべている。
「私は、魔法戦が得意なのです。あんたはもう、私に近付くことすらできませんよ?」
「ふざけんじゃ……」
再び殴り掛かろうとするシンラに対し、グリモールは呪文を唱える。
「"悪魔の鞭"」
グリモールの指先から魔力で形成された鞭が現れ、5メートル先のシンラを強襲する。
バチィッ!
「ぐっ……!」
シンラは腕でガードしたが、ノックバックした。
再び距離を詰めるが、また鞭の一撃でノックバックさせられる。
何度試みても、結果は同じだった。
(くそっ!近付けねぇ……!)
「無駄です。あなたのスピードでは、この鞭は躱せません」
何度も鞭で打たれ、ダメージが蓄積されていく。
「この野郎!」
シンラは拳に闘気を集めて放つが、片手で軽く弾かれる。
「くそっ……!」
「"悪魔の鞭"」
2本目の鞭がシンラの足に巻き付く。
転がされ、宙吊りになる。
「うおおおおお!?」
ドゴォッ!
そのまま壁にぶつけられる。
空中で身動きが取れないシンラは、何度も何度も壁に叩きつけられ、壁に投げ飛ばされた。
「これで終わりです。極大呪文——"終焉の業火"!」
瓦礫に埋もれたシンラに対し、炎系最強の呪文が解き放たれた。
——カッ!
遺跡内部に一瞬眩い閃光が走り、巨大な火柱が上がった。
「シンラァーーー!!」
爆風で飛んでくる瓦礫から身を守りながら、ナズナが叫んだ。
業火で壁ごと焼き尽くされる音と、グリモールの高笑いだけがしばらく遺跡内に響き続けた。
シュゥゥゥ——……。
火柱が消えた後は、炭化した瓦礫のみが残っていた。
そのあまりの熱に、壁や床の一部がドロドロと溶けていた。
「さて、一人片付きましたかね。残るは、あなたたちです」
グリモールがナズナとシェリーに向かう。
ナズナは大きな瞳を見開き——額に汗を浮かべ、叫んだ。
「シンラァー!そろそろ本気出さないと、やばいぞー!」
「……なに?」
ガラガラ……
瓦礫の中から、シンラが立ち上がった。
「あぁー、あちぃー……」
ドクン……ドクン……
遺跡内に、音が響き渡る。
「な……何だ、この音は……?」
グリモールが後ずさる。
「へへ……シンラの鼓動の音だよ」
シンラの体から、赤いオーラが溢れ出す。
体が赤黒い色に染まっていく。
「こ……これは……!?」
「鬼化だよ。シンラは鬼のハーフだが、ブチ切れると完全に鬼化しちまうのさ。そうなると、亜人のレベル上限が取っ払われる。こうなったら、相手が死ぬまで止まらねぇぜ?」
シンラの殺意に満ちた眼光がグリモールを貫く。
グリモールはぞくっと身震いした。
「ふ……ふははは!なるほど、完全なる鬼ですか!いいでしょう!上位種の力、見せていただきます!"悪魔の鞭"!」
グリモールの両手から魔力の鞭が伸びる。
が、シンラはたやすく躱す。
(なっ……!?スピードが上がっている——!?)
グリモールは鞭を振り回すが、シンラは鞭を躱しながらどんどん接近する。
「——おのれぇッ!"悪魔の鞭"!」
10本の指全てから、魔力の鞭が振るわれる。
それでもシンラは止まらない。
鞭を弾き、躱しながら近付いてくる。
(くっ……!ノックバックすらしないとは……!)
シンラの足の指が地面にめり込む。
地面が抉れるほど蹴り上げ、ミサイルのような勢いで突っ込んできた。
ドゴオォォッ!!
「ぐはぁっ!!」
腹部に剛拳を叩きこまれ、グリモールは壁まで吹き飛んだ。
瓦礫の中から、ヨロヨロと立ち上がる。
(い……一撃でアバラがイカれた……。なんという力……)
シンラの顔が見える。
鬼の形相——視線だけで、相手を射殺すような……。
「はは……どちらが悪魔か、分かりませんね……。いいでしょう、私の全力の魔法で終わりにします!」
ボウッ!
グリモールの両手に炎が灯る。
シェリーは目を見開いた。
「あれは……二重詠唱!?極大呪文でやってのけるとは……」
「"炎の壁"に"終焉の業火"。……まだ、これで終わりではありません。"合体魔法"!」
二つの魔法が融合し、一つになった。
「バカなっ!あんな魔法、解き放てば……!」
「ははは!後ろの二人もまとめて灰になるでしょうね!言ったでしょう?全力の魔法で終わりにすると!」
勝利を確信した表情のグリモール。
膨大な魔力の奔流が吹き荒れる中、シンラは仁王立ちした。
「おい……シンラの構え……」
"虎秘式"。
身体に眠る、原初の力を呼び覚ます構え。
ナズナは喉を鳴らした。
「出るぞ……シンラの奥義……」
グリモールは魔力の奔流を、完全に両手に包み込んだ。
「これで終わりだっ!死ねぇっーーーーー!!」
グリモールの放った炎は、フロアを覆いつくしながら、大津波のように迫る。
灼熱の大津波が目前に迫る中、シンラの両手が、炎の奔流に向かって突き出された。
「——"螺旋竜煌砲"!!」
その瞬間、シンラから放たれた気の塊が、螺旋を描きながら疾走する。
赤黒い光が渦を巻き、灼熱の大津波を真っ二つに裂いた。
「なっ……なにいぃぃぃぃぃーーー!!?」
グリモールの絶叫が遺跡に響き渡る。
ドゴオオオォォォォォン———!!!
「うわああぁぁぁっ!」
衝撃波がフロア全体を揺らし、瓦礫が宙を舞う。
ナズナとシェリーは身を伏せ、爆風に耐える。
パラパラ……と瓦礫が落ちる音。
土煙が晴れると——グリモールの腹部に、巨大な穴が穿たれていた。
「バ……バカな……私の魔法が……」
グリモールは膝をつき、崩れ落ちた。
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