第165話 黒曜の結界
「だいぶボロボロになったね。そろそろ、終わりかな?」
ムビの身体は傷だらけだった。
回復魔法を使う暇もなく、接近戦の嵐に晒され続けている。
(もう余力がない……勝負に出なきゃ、殺される。一か八か、やるしかない)
ムビは魔法防御に振っていた闘気をすべて解除した。
「あれっ、いいの?私のこと、見えなくなっちゃうんじゃない?」
エレノアの挑発にも耳を貸さず、ムビは呪文の詠唱を始める。
我が意、界を裂き、理を断つ。
黒き礫よ、空を穿ち、虚を貫け。
侵す者よ、その魔を返せ。
「今更魔法?使わせないよ?」
エレノアが距離を詰め、大鎌を振りかざす。
ムビの視界には、分身が四体迫ってくるように見える。
だが本体は、すでに背後へと回り込んでいた。
ムビは正面を向いたまま呪文を詠唱している。
背後のエレノアにはまったく気付いていないようだ。
(やっぱり見えてないね。名残惜しいけど、これで終わり——)
ドスッ!!
大鎌がムビの胴体を貫いた。
「ぐあぁぁぁッ!!!」
心臓を穿つ一撃。
間違いなく致命傷。
——ガシッ
ムビは、エレノアの手を掴んだ。
「——《断界術式・黒曜の楔》!!」
ムビの魔法が発動する。
エレノアの身体は、黒い立方体に包まれた。
(これは……結界魔法!?)
エレノアは大鎌で結界の破壊を試みるも、弾かれる。
(……なんて強力な結界……)
ムビは地面に倒れ込み、意識が遠のく。
(し……死ぬ……!)
朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞り、自身に回復魔法を施した。
呼吸を荒げながら30秒程傷口に手を当て、傷口を塞いだ。
「はぁっ!はぁっ!・・・死ぬかと思った!」
ムビはそのまま、体全体に回復魔法をかけ、ダメージを回復する。
「とんでもないことするね、ムビ君。相打ち覚悟で私を閉じ込めるって……」
「はは。おかげで、死にかけたよ。首を狙われたら終わってたね」
エレノアは結界の中で大鎌を振るい続けるが、破れる気配はない。
「無駄だよ。全闘気を、結界の強度を上げるために注ぎ込んだ。そう簡単には破れないよ」
「確かに、そうみたいね。でも、ムビ君からも攻撃できないでしょ?ダメージは回復したみたいだけど……。また振り出しから始める?」
「いや、終わりだよ。俺はこのまま先に進むから」
ムビは剣を納め、歩き出した。
「えぇっ!?ちょっと、どういうこと!?」
「ギアスで勝手に体が動くんでしょう?なら、エレノアはそこにいてくれ。その間に、俺がギアスを解除しに行くから」
「あ……」
エレノアは胸が高鳴った。
この結界は、そうそう破れそうにない。
自分がムビの邪魔をすることは、もうできないだろう。
(本当に、ギアスから解放される——?)
「ムビ君っ!祭壇を破壊して!それさえ壊せば、私のギアスは消えるわ!お願い、どうか——!」
ムビはひらひらと手を振って、遺跡の奥へと消えて行った。
エレノアは体が勝手に動く。
大鎌を振るい、結界を何度も攻撃する。
(お願いっ!どうか間に合って!私が、この結界を破壊する前に——!)
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7層、最深部。
亜人たち3人と、グリモールが対峙していた。
「なんだ、てめぇ?邪魔だ、そこどきな」
「シンラ、気を付けて。こいつ、かなりヤバいよ……」
グリモールは優雅な動作で一礼した。
「こんなところまで来られるとは。皆様の活躍は、モニター越しに拝見しておりました。素晴らしいの一言です。ここまで到達した人類は、皆様が初めてです」
礼節を尽くすグリモールに対し、シンラは荒々しく前に出る。
「御託はいい。なんなんだ、てめぇは?」
「これはこれは。自己紹介が遅れました。私、この遺跡の守護者統括のグリモールと申します。以後、お見知りおきを」
「守護者統括だぁ?やっぱり、この遺跡は魔王軍の拠点なのかよ?」
「その通り。千年以上前から難攻不落を誇っていたのですが、ここまで侵入されては形無しですね」
「ほう、そうだったのか。なかなか楽しいダンジョンだった。褒めてやるぜ?」
「ありがとうございます。私も、あなた方のような強い人類種に出会えて光栄です」
「で?祭壇はどこにあるんだ?」
「教えるわけがない——と言いたいところですが、ここまで侵攻されては、隠す意味もありませんね。この遺跡の最下層、あの階段を下った先にございます」
グリモールの言葉に、シンラの瞳が獰猛さを帯びる。
「そうかい。挨拶ご苦労、守護者統括さんよ。じゃ、そこどきな」
「そうは参りません。私は、あなた方を止めに来たのですから」
「ほう……この私を、止められるとでも?」
「もちろん。そのために、私は千年間、ここにいるのですから」
グリモールの手から、鋭い爪が伸びる。
「そうかい。やるってのかい。じゃあ、私が相手だ。ナズナ、シェリー、手ぇ出すんじゃねぇぞ?」
シンラは拳を鳴らしながら前に出る。
「また始まったよ、シンラのタイマン癖」
「こうなったら聞きませんからね」
ナズナとシェリーは呆れた顔で後方に下がった。
「シンラー、絶対勝てよー?」
「おうよ、任せときな」
シンラとグリモールが向かい合う。
「よろしいのですか?私は三対一でも構いませんが」
「お前こそ、部下を百人は用意した方がいいんじゃねぇか?」
シンラの目が赤く迸り、殺気を飛ばす。
「なるほど、大した自信をお持ちだ。ならば、知ると良いでしょう。世界の広さを。魔王軍の恐ろしさを」




