第162話 白と黒のエレノア
「あの……大丈夫ですか?」
少女の声が、静寂を破った。
白と黒が鮮やかに分かれたツートンカラーの長髪。透き通るような白い肌。
その姿は、まるで幻想から抜け出してきたかのようだった。
少女の姿を見るや否や、ムビは宙返りして起き上がり、戦闘態勢に入った。
見た目は完全に人間の少女。
だが、こんなところに普通の人間がいるはずがない。
十中八九、魔物と見て間違いないだろう。
「あっ……違います!私、敵じゃありません」
少女は慌てて両手を振り、ムビの剣を止めようとする。
「……あなた、何者ですか?」
ムビは嘘探知魔法を発動する。
会話をすれば、少女の正体が分かるだろう。
「私、エレノアといいます。魔物に攫われて、ここに連れてこられたんです」
「攫われた……?」
魔物が人間を攫う?
しかも生かしたまま?
理解できない。
だが、嘘探知魔法は反応しない。
どうやら、彼女の言葉は真実らしい。
「ちなみに、あなたは人間ですか?」
「はい。もちろんです」
再び、魔法は沈黙を保つ。
ムビは、剣を鞘に納めた。
「そうですか……それは災難でしたね。攫われて、どれくらい経つんですか?」
「つい数日前に。あの……あなたのお名前を、伺ってもよろしいですか?」
エレノアは上目遣いでムビを見つめる。
「俺、ムビといいます。ちょうど今S級冒険者大会が開催されていて、その参加者です」
「S級冒険者大会?なんですか、それ?」
世情に疎いのだろうか。
連日ニュースで取り上げられているはずなのに。
ムビは大会の概要や、エルバニアの森、そしてこの遺跡での出来事を簡潔に説明した。
「まぁ、そうだったんですね。ということは、ムビさんはとてもお強いんですね」
「いや、ついさっき転移の罠にかかって仲間とはぐれちゃって。全然大したことないです、ははは……」
「でも、私はムビさんが来てくれてとても嬉しいです。一人は心細かったので……」
エレノアの瞳は、縋るようにムビを見つめる。
戦闘続きで気を張っていたが、よく見るとアイドル顔負けの美少女だ。
張り詰めていた心が、ふと緩む。
「エレノアさんは、攫われた理由に心当たりはありますか?」
「それが……自分の名前以外、何も思い出せないんです。ごめんなさい……」
一時的な記憶喪失だろうか?
だが、嘘探知に反応がない。
信じてよさそうだ。
「数日もこんな場所で……怖かったですね。俺は仲間と合流しようと思ってます。エレノアさんも、一緒に行きますか?」
「えっ……良いんですか?」
「はい。もちろんです」
こんな場所に人間の少女を放置するわけにはいかないだろう。
「ただ、この遺跡は強力な魔物がたくさんいて、とても危険です。戦闘になったら、絶対に後ろに下がってくださいね?」
「ありがとうございますっ……」
エレノアは堰を切ったように泣き出した。
「あ……えっと……」
ムビはどうすればいいのか分からず、戸惑った。
「ごめんなさい……すごく怖かったんです……。安心したら急に涙が……」
「そ、そうですよね。怖いですよね、こんなところで。あの……良かったら、これ使ってください」
ムビはエレノアに近付き、ハンカチを差し出した。
すると、エレノアはムビに抱きついた。
「えぇっ……!?ちょっ……」
「ごめんなさい、少しこのままで……」
エレノアはムビの肩に頬を寄せ、泣いているようだった。
ムビは半ばパニックを起こしたが、とりあえず背中をさすることにした。
「だ、大丈夫ですよ。俺、少しは戦えるので……。きっと、無事に外に出られますよ」
その言葉に、エレノアはさらにきつくムビを抱きしめる。
体のラインが分かる程、色々な所が当たりまくる。
(……し、しばらく落ち着くまで、好きにさせておこう……)
---
しばらくして、二人は部屋の外に出た。
ムビは物理探知魔法を使い、現在地を確認する。
(階段らしきものは、現在地からじゃ見つからないな。もう少し進んでみないと)
「ムビさん、あの……」
歩きながら、エレノアが声をかける。
「どうしました?」
「もし良かったら、手を繋いでいただけませんか……?」
「えぇっ!?手……ですか……?」
「はい……どうしても不安で……」
潤んだ瞳が、ムビを見つめる。
「え……と……。じゃあ、魔物が出るまでの間だけ……」
「本当ですか!?ありがとうございます♪」
エレノアは天使のような笑みを浮かべ、ムビの手を握る。
「あはぁ。ムビさんの手、温かいですね♪」
細く滑らかな指を絡めてくる。
(こ……これ、恋人繋ぎというやつでは……!?)
「さっ、ムビさん?行きましょっ♪」
エレノアは満面の笑顔を浮かべ、歩き出した。
(ダ、ダンジョンでこんな……。この子、怖がりなのか、度胸があるのか、どっちなんだろう……?)
しばらく歩くと、数十メートル先に動くものの気配を感じた。
恐らく、魔物だろう。
「エレノアさん、魔物が近くにいるみたいです。後ろに下がっていてください」
ムビはエレノアの手を放し、剣を構える。
直後、魔物が3体現れた。
「はぁっ!」
ムビは接近し、魔物に剣を振る。
すると、魔物は一撃で3体とも両断された。
(あれ……弱い……?)
豆腐のような手応え。
もちろん、今のムビが強くなり過ぎたせいでもあるが。
ムビは微かに息のある魔物に探知魔法をかける。
(魔物探知に反応がある……。俺の探知に反応するということは、Bランク以下の魔物か。今までAランク以上の魔物しか出現しなかったのに……ここにきて、なんでこんなに弱い魔物が?)
「まぁ、ムビさん!やっぱりとってもお強いんですね♪」
エレノアがムビに駆け寄り、首に手を回して抱きついた。
甘い香りがふわりと漂う。
「わわっ、ちょっ……!」
「素敵ですっ。……カッコ良かったですよ?」
耳元で吐息交じりに囁かれ、耳がゾクゾクする。
体が密着し、豊満な胸が当たる。
「あっ……、あ、ありがとうございます!さっ、行きましょう!」
ムビはエレノアを振り解き、手を繋いで先へ進んだ。
「あら?ムビさんの方から手を繋いでくださるなんて♪」
「えっ?あっ……ご、ごめんなさい」
「いーえ。嬉しいんです。でも、やっぱりこっちの方がいいです」
エレノアは指を絡め、ムビの手をギュッと握る。
「ね?」
エレノアの微笑みに、ムビは顔を赤くする。
「い、行きましょう……」
「あれ?照れてるんですか?可愛いですね」
ムビはエレノアの顔を見られず、前を向いて無言で歩き出す。
その背中を見つめながら、エレノアの口元がニヤリと歪んだ。




