第156話 ミラのスキル
「ワシのスキルは《豊穣なる貢》じゃ。かけられたバフの効果を、なんと5倍にするんじゃ♪どうじゃ、すごいじゃろう?」
ミラは胸を張り、次に来るはずの賞賛を待った。
「……なんか微妙」
「なっ、何じゃと!?」
「いや、もっとこう……ド派手なのを期待してたからさ」
バフ魔法は、一定時間ステータスを上昇させる魔法。
重ね掛けはできない。
Aランク冒険者が好んで使うのは"全能力上昇"。
3分間、全ステータスが20~30%上昇する。
1ステータスに限定すれば、50%~100%上昇する魔法もあるが、持続時間は1分~10秒になるため、あまり使用されない。
("全能力上昇"を使って、15分間全ステータスが100~150%上昇か……確かに強い。でも、ミラの強さって、そんなもんじゃない気が……)
「ははは。おいミラ、それじゃ説明不足だろ。ちゃんと教えてやれよ」
「……やれやれ、しょうがないのう♪」
ミラの手が淡く光り始める。
「ワシはオリジナルの魔法を開発してのう。全ステータスが2倍になる魔法じゃ」
「全ステータス2倍!?……それじゃあ、ミラ自身にかけたら……10倍ってこと!!?」
「そうじゃ。ただ、この魔法はまだ開発途中でな。ワシ自身にしかかけることができん」
ムビは言葉を失った。
想像以上に、規格外の強さだ。
「でも、そんな強力なバフなら、持続時間が短いんじゃ……?」
「そう、そこが弱点じゃ。じゃから、こうして——」
ミラは両手を広げた。
すべての指に、指輪が嵌められている。
「全部、バフの持続時間を延ばす装備じゃ♪これ以外にも、全身に装備しておるぞ♪全部合わせると、バフの持続時間は、なんと24時間じゃ!」
「24時間!!?」
「うむ!一日一回、自分にバフをかけるのが日課じゃ♪」
ミラの強さは、単なる天才肌ではなかった。
明るく無邪気な性格の裏に、徹底した準備と戦略があった。
「……それ、本気で戦ったらどうなっちゃうの?」
「んー、それが分からんのじゃ。本気を出したこともないし、苦戦したこともない。ワシ自身、どうなるか分からん♪」
(……デスストーカーのときも、冒険者を呼ぶ必要なかったんじゃ……?)
「ほ~。聞き捨てならねぇなミラ。なんなら、一発やるか?」
「もーストップストップ!予選が終わってからにして!」
髪が逆立ち始めたシンラを、ナズナが止める。
「ちっ。まぁいいか。それじゃあ、次はお前さんの番だぜ、ムビ」
「分かりました。俺のスキルは―――」
ムビは自身のスキル《エンパワーメント》について説明した。
「なんだそりゃ?ややこしいスキルだな」
「でも、認知度が上がる程強くなるなんて、面白いスキルだね。『Mtuber』は天職なんじゃない?」
「私、スピードはあるけどパワー不足なんだよね。ムビのスキルで補強して欲しいなぁ」
亜人たちがムビのスキルの話で盛り上がる中、ミラは黙って俯いていた。
「どうしたんだよ、ミラ?お前の大好きな、ムビのスキルの話だぞ?」
ミラは目を開き、ぽつりと呟いた。
「ムビ……お主にバフかけてもらったら、ワシ、最強じゃね?」
「あっ……」
その場にいる全員が固まった。
「例えば、お主の全ステータスをワシに割り振るとするじゃろ?それが5倍に増強されるんじゃが……」
「ムビの5倍だと……」
「いくらなんでも……化物過ぎない?」
凄すぎて、全員酔いが醒めた。
「……なぁムビ。今、ワシにそのバフをかけてくれんか?」
「えっ……」
「お願い!1回だけでいいから!な?な?」
亜人たちは息を呑んだ。
ムビの背中には冷や汗が流れていた。
(一体、どうなっちゃうんだろう……。でも、確かに……すごく、見てみたい……)
「分かった。ちょっとだけだよ?」
「うむ!頼む!」
ムビは、ミラに向けて掌を掲げた。
《エンパワーメント》!
ミラの体が光に包まれる。
「う……、おおおおおおおお……!?」
ポフッ
光が消えた。
「……?何も変わってないぞ……?」
全員、首を傾げる。
「……あっ。バフの重ね掛けってできないんじゃ……」
「あっ」
ムビの一言に、全員が声を揃えた。
「し……しまったあぁぁぁっ!!さっきかけたんじゃ!明日の昼まで解けんぞこれ!」
ミラは頭を抱えて絶叫し、亜人たちは笑い転げた。
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時刻は夕暮れ。
夜の気配が迫る。
「なんか、冒険者の数がいきなり減ってるね。どこかに、魔物が出現してるのかな?」
1時間前は"409"を示していた転移石の数字が、"314"にまで減っていた。
「いや。多分、夜になる前に、リタイアする冒険者が続出してるんでしょ。Aランクダンジョンの何倍も危険なわけだし」
「なるほど、それは納得だわ。ところでシェリー。森の中心部って、このあたりでいいんだっけ?」
エルフは森の微精霊の声を聞くことができる。
シェリーは何もない空間をしばらく見つめた。
「微精霊はそう言ってるわね。それから道中、微精霊たちに聞いて回ってたんだけど、黒い魔物は昨日初めて現れたみたいね」
「まじかよ。ミラとシェリーの推察通り、普通の魔物じゃねぇってことか」
「あの……推察とは?」
「ああ。黒い魔物は、儀式で召喚された無生物の可能性が高いって話だ」
「ミラの探知によると、昨日は北の方角から魔物の群れが現れたって話でね。森の南にいた私たちは、今日は中央部で探知して、魔物の出所を特定しようと思っているんだ」
「なるほど……そういうことですか」
「儀式魔法で召喚された魔物なら、魔法陣や祭壇があるはずだわ。それを壊してしまえば、魔物は消えると思う」
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日が落ちて、夜になった。
ムビは腹を満たして休息し、ある程度MPと闘気が回復していた。
「さて。どこからお出ましになるやら」
シンラが、首をポキポキと鳴らす。
怪物のような5人が、夜の闇を睨みつけていた。




