第153話 惨劇の朝
「早く救護班を!」
転移会場は、夥しい遺体と重傷者、泣き崩れる者たちで埋め尽くされていた。
王都中から集められた医療班と情報収集スタッフが加わり、早朝の会場はまるで野戦病院のような混乱に包まれていた。
その光景を前に、運営責任者ベックは頭を抱えていた。
(まずい……非常にまずいぞ。死傷者が出ることは想定していたが、これは……あまりにも多すぎる。責任を問われかねん……)
そのとき、扉が開いた。
ざわめきが広がる。
レオニス王とリリス王女が姿を現したのだ。
(なっ……王自ら!?)
二人は迷いなくベックのもとへ向かってくる。
(まずい……こっちに来る……!)
「ベックよ、どうなっておるのじゃ!」
震える声で、ベックは頭を垂れた。
「こ、これは王……。早朝よりご足労いただき、誠に申し訳ございません。夜間に、大規模なモンスター災害が発生したようで……」
「死者の数は?」
「はっ……現時点で判明しているだけでも、500名の冒険者が死亡しております」
「そうか……あい分かった。気に病むことはないぞ、ベック。事後処理は大変であろうが、引き続き頼むぞ」
「はっ……ははぁっ!有難きお言葉……!」
ベックは、咎められなかったことに安堵した。
王はそのまま、冒険者たちに声をかけて回る。
その姿に、涙を流す者もいた。
リリスはその様子を見て、静かに溜息をついた。
(会場の選定、ルール、運営方法、あらゆる面で杜撰過ぎる……。私腹を肥やすことばかり考えて、どうせ森の事前調査もほとんど行わなかったのでしょう。上位冒険者500名の死亡は、明らかに国家レベルの損失……私が王ならクビですね)
リリスも王に続き、冒険者たちに声をかけて回った。
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朝9時。
S級選抜大会2日目の放送が始まった。
「さぁ、始まりました!S級選抜大会2日目!なんと、一夜にして、2000人を超える冒険者が脱落してしまいました!情報によると、夜間、大規模なモンスター災害が発生したそうです!エルバニアの森の全域で大量のAランクモンスターが現れ、多くの死傷者が出ました!セキさん、驚きましたね!」
「私も朝起きて、衝撃を受けました。Aランクモンスターのモンスター災害など、聞いたことがありません。国家戦力を投入するレベルだと思います」
「現地の冒険者たちの情報によると、魔物は朝になったら忽然と姿を消したそうです。影のような姿をしているため、夜行性のアンデッド系モンスターではないかと推測されています」
「アンデッド系は強力な上、数が増えやすいから厄介ですね。どれくらいの冒険者が生き残っているんですか?」
「手元の情報によると、朝の時点で425人の冒険者が生き残っているようです!運よく魔物と遭遇しなかった『ドラゴンテール』、『ライオンハート』、『エヴァンジェリン』。一方、『白銀の獅子』や『ミラと愉快な仲間たち』は被災したものの、無事のようです!」
「逆に、そのレベルの冒険者たちでなければ厳しいということでしょうな」
「初日から波乱続きのS級選抜大会!果たして、二日目はどうなるのでしょうか!?」
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生き残っていた冒険者たちは、朝から転移石のメッセージを読んで、状況を把握していた。
シノと『ドラゴンテール』も、転移石を見て驚愕していた。
「昨夜、そんなことが起きていたなんて……」
「Aランクの群衆ですか……。探知に反応しないのは厄介ですね」
「運営は予選を続行するつもりらしいわ。また夜が来たら厄介ね……。どうする、マルス?」
マルスは少し思案して、静かに口を開いた。
「とりあえず、今夜もここで過ごそう。昨夜この場所で魔物と遭遇しなかったのは、何か理由があるかもしれない。探知に反応しない相手なら、日中は周辺に罠を張り巡らせて、魔物が接近したら分かるようにしておこう」
「そうね、そうしましょう」
シノと『ドラゴンテール』は朝食を取り、罠の設置に取り掛かった。
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ユリは木のうろで転移石を見つめていた。
(一晩で8割の冒険者が敗退した……。下手に外をうろつくと危険だ。今日もここで、一日隠れていよう。冒険者の探知魔法が怖いけど、多分、この辺り一帯の冒険者たちは皆敗退したはず。夜に備えて、今のうちに寝ておこう)
一晩中緊張状態に晒されていたユリは、保存袋の朝食を食べると、剣を抱き締めながら眠った。
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『ミラと愉快な仲間たち』は、全員昼過ぎまで寝ていた。
アラームが鳴り、目を覚ます。
「ふわぁ~、良く寝たわぁ~」
「さぁて、今日はどうするミラ?また宴会でもするか?」
シンラが軽口を叩く。
「うーん、確かに放っておけば明日には予選が終わりそうな気がするが、死人が出るのもなぁ。夜のモンスター災害の件は、解決してやった方がいいじゃろうなぁ」
「そうかい。で、どうするんだ?夜になったら、根絶やしにするまで戦うか?」
「森全土に及ぶなら、流石にワシらだけでは対応できん。それよりも、一つ気になることがあってのう。朝日を浴びた魔物は、死んだと思うか?」
シンラは少し考える。
「分からん」
「私は、そうは思わないわね。流石に、あっけなく自殺するわけなくない?」
シェリーが口を開く。
「なら、昨日の魔物らは、今晩どのように現れると思う?昨日消えた場所から、いきなり現れると思うか?」
「通常のアンデッドなら、そうなるはずだけど……」
肩をすくめるシェリーにミラは続ける。
「なら、昨晩も夜になった途端、そこら中に現れないとおかしくないか?ワシの探知によると、奴らは北の方角から現れ、森全土に広がっていったんじゃ。朝消えた場所にそのまま現れるタイプなら、この動きは少々違和感がある。北の方角に、何かあるのではないか?」
「つまり、今晩も北の方角から現れるのではないか……ってこと?」
ミラの推察を聞き、シェリーは思案する。
「うーん。ミラの説が正しいとすると、あいつらは無生物の可能性があるわね」
シェリーの言葉に、シンラが疑問を口にする。
「無生物?アンデッド系なんだから当然だろう?」
「魔術的には、無生物とアンデッドは別なのよ。主に儀式召喚された、命を持たない魔物のことね」
「儀式召喚だと?Aランクの魔物を森で埋め尽くす程の儀式ってことか?そんなもんありえねーだろ」
「そうなのよね。ただ、時間もあるし、探索してみるのも悪くないと思うわ」
「ここは森の南部だから、中央、もしくは森の北部が怪しいってことか」
「ワシはそう思う。とりあえず、今夜は森の中央あたりで待機し、探知魔法で魔物の出方を見てみたいと思う。どうじゃろうか?」
「面白そうね。なら、今晩の作戦はそれで行きましょう」
『ミラと愉快な仲間たち』は、森の中央部へ向かった。
「……ん?」
「どうしたんだよ、ナズナ?」
「なんか、ものすごい数の魔物がいる……」
「ほんとじゃな、ワシも感じるぞ」
「へへっ。ほんとにきな臭くなってきやがったな」
一行はさらに進むと、見晴らしの良い崖の上に出た。
「こ……これは……!?」
眼下に広がっていた光景は、万を超える夥しい数の魔物の死骸。
そして、一人の少年に群がる数千を超える魔物。
「なんだありゃ?誰か戦ってんのか……?」
頭をかくシンラの横を、ミラが走って通り過ぎた。
「ミラ……?」
崖の上で立ち止まったミラは息を呑み、目を見開いていた。
(あれは……まさか、ムビ……!?)




