第151話 闇に蠢く者
エルバニアの森は、S級冒険者選抜大会の初夜を迎えていた。
数千人の冒険者が集うこの広大な森は、モンスター災害の影響で魔物が溢れ返っている。
どのパーティも明かりを避け、茂みや洞穴に身を潜めていた。
———にもかかわらず。
盛大なキャンプファイヤーを囲み、どんちゃん騒ぎを繰り広げるパーティが一つ。
パーティ名、『ミラと愉快な仲間たち』。
「飲め飲めー!!」
「だーっはっはっは!!」
ミラの他には、鬼人、獣人、エルフの姿がある。
全員女性のようだ。
このパーティは予選がサバイバル形式と知るや否や、真っ先に酒とつまみを買い込んだ。
初日の活動は、川遊びとバードウォッチング、あとは狩猟用の魔物討伐。
静まり返る森の不気味さなど意に介さず、のんべぇたちの笑い声は夜の静寂を切り裂いていた。
当然、冒険者たちが気付かないわけがない。
だが、ミラの姿を確認した途端、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
魔物であれば、酒の肴にされるのがオチだ。
「はー食った食った!いやー、今日は楽しかったけど、冒険者と全然戦えなかったのはつまらなかったなー」
「ほんとそれだよ。S級選抜戦って聞いて、ワクワクしてたのに」
「まぁまぁ、良いではないか♪わしは久々にピクニックができて満足じゃ♪」
「お前がいるせいで戦えないんだよ、ミラ!」
「知らん!わしゃ知らん!わしが興味があるのは、ムビだけじゃ♪」
ミラはスマホを取り出し、ムビの写真を見せびらかす。
「ほらほら見てみ??超カッコよくない!?この寝顔なんかホラ!!宇宙一可愛い!!」
「まーーた始まったよ、ミラのノロケwww」
「そんなに好きなら、さっさと結婚しちまえバカヤロー!!」
「できるもんならとっくにしてるのじゃ!全然ふり向いてくれないんじゃ~!!」
「知るかよ、お前が距離感間違えたんだろwww」
「うぅ~、失敗したぁ~~~」
ミラはおいおいと泣き出した。
「ぎゃはは、泣け泣け!!ww泣いてすっきりしちまえww」
鬼人が笑いながら酒を注ぐ。
「よーし、明日はムビとやらを探して告りに行くぞー♪」
「やめるんじゃ!それこそ距離感、間違うとる!」
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静まり返る森の中。
ふと、地面が盛り上がる。
地中から4人の黒ずくめの男が現れた。
手の甲には爪のような武器を装備している。
「そろそろ狩りの頃合いだな」
「へへへ。腕がなるぜ」
Aランクパーティ『螺旋風魔』。
闇ギルドに所属しており、暗殺をメインに活動している。
「冒険者どもは休息している頃合いだろう。夜襲にはもってこいだ」
「闇の中なら、夜目が効く我らが有利。日が昇るまで狩りまくるぞ」
『螺旋風魔』は音もなく森の中を疾走した。
「探知に反応アリ。冒険者を発見した」
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Bランクパーティ『風雅連盟』は1人見張りで起きていた。
この見張りは、探知魔法を発動し、周囲を警戒していた。
(今日はなんとか生き残れた。このまま、明日も乗り切るぞ)
ズシャッ!
見張りは後ろから首を切り裂かれた。
「———ガハッ……!?」
何が起きたか分からない。
振り返ると、黒ずくめの男が4人立っていた。
(こ……こいつら一体どこから!?探知魔法には反応がなかったぞ!?)
「……なんだ、どうし……ぐあぁっ!!」
眠っていた冒険者たちも、一瞬で首を切られる。
(な……なんで……)
『風雅連盟』の冒険者たちはそのまま息絶えた。
「転移が始まるぞ。身ぐるみを剥いでおけ」
「くくく……できれば断末魔の声を聞きたかったがな」
『螺旋風魔』が荷物を剥ぎ取ると、遺体は全て転移した。
「おっ、なかなかいいアイテムを持ってるじゃねぇか」
「食料もあるな。これで持久戦になっても有利だ」
「この調子で装備品やアイテムを集めれば、敗退したとしても大儲けだ。今夜はあと5つは狩るぞ」
「くくく。夜に俺達にかなう奴なんていねぇよ。例え、ミラ・ファンタジアだろうとな……」
———ザリッ
そのとき、足音がした。
見ると、全身真っ黒な人型の魔物が立っていた。
「……なんだあいつは?なぜ接近を許した?」
「分からん……。探知に反応しないようだ」
「ならば、Aランクの魔物ということか。さっさと狩るぞ」
『螺旋風魔』は4人がかりで魔物に襲い掛かった。
びゅるんっ
魔物の両腕が伸び、2人の首を掴んだ。
「ぐおっ……!」
凄まじい力で首を締め上げられる。
「"裂空斬"!」
「"虎殺剣"!」
残った2人が魔物の腕を斬りつける。
魔物は手を離し、びゅるんと音を立てて腕を縮めた。
「強いぞ……油断するな!」
『螺旋風魔』は体勢を立て直す。
そのとき。
———ザリッ
———ザリッ
———ザリッ
周囲から、無数の足音が聞こえた。
「ちょ……ちょっと待て……」
無数の人型の魔物に、周囲をぐるりと囲まれていた。
「ま……まずい……!転移石を……早くッ!!」
魔物の群れが、一斉に襲い掛かってきた。
「ダメだ……間に合わ……ぐあああああああああッ!!!」
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S級冒険者選抜大会の運営委員長を務めるベックは、寝室で横になっていた。
(いやー、初日は大成功だった。美味い酒が飲めたわい)
ぐふふ、と笑みを浮かべる。
(我ながら予選の発案は完璧じゃった。ダンジョンを試験会場とすることで、会場費・人件費を削減。さらに、沈静化には莫大な金がかかるモンスター災害を、参加者たちに無償でやらせ、一石二鳥。中抜きした金がたっぷり懐に入ってくるわい……くくく……)
そのとき、電話が鳴った。
部下からだ。
(まったく……こんな時間に何の電話だ……?)
ベックは電話に出た。
「もしもし。なんじゃ、こんな時間に!?」
「委員長、大変です!冒険者たちが次々に死亡しています!」
「……何じゃと!?何があった!?」
いかにモンスター災害の渦中とはいえ、上位の冒険者たちが簡単に命を落とすとは思えない。
「とにかく、会場に来てください!」
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ベックは大慌てで会場入りした。
「どうした!?何が起こっておる!?」
「とにかく、こちらへ!」
扉を開けると、凄惨な光景が広がっていた。
「こ……これは……」
数百にも上る冒険者の亡骸。
泣き崩れる仲間たち。
「おい!一体、何があったんだ!?」
ベックは生存者に声をかけた。
「く……黒い人型の魔物の群れに襲われました!探知魔法に反応が無くて、接近を許して……!」
「お……俺達も、そいつらにやられました!」
「うちもだ!」
「俺達も!」
生存者たちは、口々に同じことを証言した。
ベックはゴクリと喉を鳴らす。
(一体、エルバニアの森で……何が起きているんだ……?)




