第150話 ドラゴンテールの夜
夜の帳が森を包み込み、焚火の灯りだけが静かに揺れていた。
シノは『ドラゴンテール』の仲間たちとキャンプを囲み、温かな鍋を前にしていた。
「さっ、シノさん。食べて食べて」
「すみません、ご飯までいただいてしまって……」
「いいのいいの、気にしないで」
「そうですよ。『四星の絆』と合流するまでは、仲間なんですから」
「ありがとうございます。いただきます」
シノは料理を口に運んだ瞬間、思わず目を見開いた。
「美味しい……!」
「ははは、料理には自信があるんですよ」
「いや、私が仕留めた豚が最高なのよ」
試験中であることを忘れるほど、穏やかな時間が流れていた。
シノは、温かく迎えてくれた『ドラゴンテール』に心から感謝していた。
「ドラゴンテールの皆さんは、名前の通り、装備品がドラゴン製なんですね」
「そうなんだ。俺たちは竜討伐を志すメンバーで構成されているんだ」
戦士ユーゼンが誇らしげに胸を張る。
「そういえば、マルスも小さい頃からドラゴンの話ばかりしていたわね」
「ははは。そりゃそうさ。ドラゴンは最強の魔物。全冒険者の憧れだからね」
「ねぇ、ドラゴンって、やっぱり強いの?」
「それはもちろん。いつだって命がけさ。でも、おかげで強くなれた」
「そうね。他の魔物や冒険者なんて、ドラゴンに比べたら全然怖くないもの」
「おかげでレベルも上限に達したし、"決闘"のチャンピオンになれたってわけです」
神父ロイターがウィンクする。
「すごいなぁ。私もいつか、ドラゴンと戦ってみたい」
「ははは。予選が終わったら、連れて行ってあげようか?」
マルスの提案に、シノは目を輝かせる。
「ほんとに!?いいの!?」
「ああ。ただし、『ドラゴンテール』に加入したらの話さ」
「なんだよ、もぅ」
シノは頬を膨らませる。
「こらこらマルス。シノさんには所属パーティがあるんだから」
「それよりもさ、私、シノさんの話聞いてみたいな。『四星の絆』のこと、教えてよ」
ジュリが興味津々に話しかける。
「はい。私の話で良ければ」
シノが語り始めると、ジュリは何度も驚きの声を上げた。
「ええーっ!?そんなことがあったの!?」
「これは興味深い話ですね。シノさんの話は、朝まで飲みながら聞きたいくらいです」
「あんた神父なんだから、飲んでんじゃないわよ」
話は尽きず、『ドラゴンテール』のメンバーたちの興味を引き続けた。
「それにしても、そのムビ君って、ほんとに凄いんだね。ぜひ会ってみたいな」
「うん。きっとマルスとも仲良くなれると思う」
シノが微笑んだその時、空気が一変する。
「しっ。静かに」
ジュリが声を潜めた。
「私の探知に反応があったわ。右から魔物が10体。左から魔物が3体。全部、Bランクだと思う」
「そうか。キャンプ地を荒らされるのも困る。こちらから迎え撃とう」
マルスは立ち上がった。
「右は皆に任せた。俺とシノで、左の3体を倒すよ」
「分かった、お願い」
ジュリ、ユーゼン、ロイターは、武器を持って右の方へ向かった。
「よし、じゃあシノ、俺たちも行こうか」
「いいけど……私たちだけで大丈夫?」
「大丈夫。頼りにしてるよ」
マルスが悪戯っぽく笑い、二人は闇の中へ踏み出した。
100メートル程進んだところで、キングトロール3体と遭遇した。
(またキングトロール……!『黒鉄の蠍』が4人がかりで倒した魔物だ。2人でいけるだろうか……)
「シノ、下がってて」
「えっ?」
マルスが一歩踏み出す。
———シュンッ
一閃。
シノは、風が吹いたようにしか感じなかった。
キングトロール三体は、胴を真っ二つにされ息絶えた。
「すごっ……!マルス、こんなに強くなったんだ!」
「まぁね。これくらいなら朝飯前だよ」
マルスはドヤ顔で決めポーズを取った。
「すごいんだけど、イマイチ決まらないのがマルスらしいな」
「あれ?おかしいな?」
シノとマルスはふふっと笑い合った。
「さて、魔物も倒したし、帰ろうか」
「シノ、ちょっと待って」
「なに?」
シノが振り返ると、マルスはシノの手を取り、跪いた。
「えっ、どうしたの?」
「シノ……小さい頃の約束、覚えてる?」
「約束……?」
月明かりに照らされたマルスの顔は、穏やかだった。
「俺が強くなったら、迎えに行くって話」
マルスは、指輪を取り出した。
「お前のことが、ずっと好きだった。結婚してくれ、シノ」
「えっ……えぇーーーっ!!?」
シノは顔を真っ赤に染めた。
「もちろん、すぐにとは言わない。アイドルを続けたい気持ちも分かってる。だから、引退してからでいい。何年でも待つ」
言いながら、マルスは指輪をシノの薬指に優しく嵌めた。
「きれい……」
月明かりに照らされた指輪は、見たことがないほど美しかった。
「もし良かったら、今の気持ちだけ教えてくれないか?」
マルスが穏やかな顔でシノを見上げる。
シノは戸惑いながらも、言葉を紡ぐ。
「あ……あの……とても嬉しい……。だけど、私……、マルスのこと、そういう風に見たことがなくて……」
「ははは。わかってる。これから頑張って、好きになってもらうさ」
マルスは笑顔を浮かべる。
「ちなみにシノ、今好きな人はいる?」
「好きな人……」
マルスはじっと見つめる。
「ふぅん……いるんだね」
「わ……私、何も言ってな……」
「シノの考えていることはすぐ分かるよ。……そうか、その人は幸せ者だね。シノが好きになるくらいだ、とても素敵な人なんだろう」
マルスは立ち上がった。
「必ず振り向かせるから、待ってろよシノ?」
シノは頭から煙を出していた。
「ははは。困らせてごめんね。さ、行こうか」
「わわっ……//」
マルスはシノの手を引き、キャンプへと戻っていった。




