第145話 転移の罠
場内にアナウンスが響き渡ると、空気が一変した。
ゼルはフン、と鼻を鳴らし、『白銀の獅子』を引き連れて去っていった。
「いよいよだね……」
会場全体が、まるで息を潜めるような緊張感に包まれる。
「皆さん、転移されたらまずは一塊に。孤立したら最悪です。俺から離れないでください」
「うん。格上の冒険者ばかりだし、魔物もたくさんいるしね。無理せず、ムビ君についていく」
『四星の絆』は最終確認を行い、転移に備えた。
「私が5つ数えますので、0になった瞬間に各々一斉に赤い転移石を割ってください!」
ムビは周囲を見渡す。
先程『四星の絆』に声をかけてきたスネルの周辺には、50人を超える冒険者たちが集まっていた。
(あれが『銀の羅針盤』とその協力者たちか。判別できるように、顔を覚えておこう)
と、その先に、とある人物を見つけた。
ミラ・ファンタジアだ。
(あれが……ミラのパーティか?獣人族に、エルフ……。亜人で構成されているのか?)
ふと、ミラと目が合った。
ムビはふい、と顔を背けた。
「それではいきますよ?5、4、3、2、1……転移してください!」
会場の冒険者たちが、一斉に赤い転移石を割った。
ムビも転移石を地面に叩きつける。
体が光に包まれた。
「それでは予選……開始ですっ!」
冒険者たちは一斉に転移した。
---
次の瞬間、ムビの体は空中に放り出された。
(えっ!?空中!?嘘でしょ……!?)
眼下には、百を超える魔物の群れが蠢いていた。
(何てところに!皆は……!?)
ムビは周囲を見渡すが、『四星の絆』の姿が見当たらない。
探知魔法を使うが、周囲に人の気配がない。
(待って……もしかして、俺一人!?)
---
王宮にて。
王は映像で、エルバニアの森に転移した冒険者たちを見ていた。
有力な冒険者には浮遊カメラが付き、イナヅマとセキの実況解説付きで放映される。
どの冒険者もパーティーは全員同じ地点に転移されていた。
「無事転移したようだな。手筈通りに進んだか?」
「はい。『四星の絆』は全員バラバラの地点に転移させました」
「そうか、ご苦労。うはは、格上の冒険者パーティが森中に散らばっている。しかも、モンスター災害で討伐推奨レベル40~80のBランクモンスターがウヨウヨしているのだ。とても生き残れまいて」
「特に、あのムビという男は、モンスター災害の発生源と思われる、森の中心部に転移させました」
モンスター災害は数が異常発生するだけでなく、通常は存在しえない強力な魔物が発生する。
エルバニアの森はBランクダンジョン。
通常はBランクモンスターが最強個体だが、今はAランクモンスターも確認されている。
Aランクモンスターの討伐推奨レベルは80~160。
100レベルが限界の人間は、決して一人で戦ってはいけないとされている。
まして、震源地ともなれば、Aランクモンスターの群れと遭遇する可能性が極めて高い。
そんな場所に一人で転移させるなど、死刑執行に等しい仕打ちだった。
「しまった、カメラが付いていない!有力冒険者に指定するべきだったなぁー!残念だ、ワハハ!」
---
(くそっ……!何でこんなことに……!)
地上の魔物達は口を開けて、落下してくるムビを待つ。
———やるしかない。
ムビは剣を抜いた。
「Grrrrrr!」
魔物の牙がムビを襲う。
ムビは身をひるがえして牙を躱し、回転しながら魔物の群れを斬り付けた。
「GYAAAAAAA!」
ムビは着地に成功する。
(よし!今ので3体倒した!)
間髪を置かず、100体の魔物が全方位からムビを襲う。
ムビは闘気を剣に集中させた。
剣から闘気がほとばしる。
———"闘気剣"!
一閃。
ムビの斬撃は半径数十メートル以内の全てを切り裂いた。
結果、100体の魔物は一撃のもと全滅した。
(やったぁ!実戦で"闘気剣"成功したぞ!)
ムビは周囲を見渡す。
生き残っている魔物はいないようだ。
(これ、全部Bランク以上の魔物じゃない?うわぁ、Aランクも混じってる……)
こんなところに落ちたら、大概のパーティは全滅だ。
一人ならなおさらだ。
転移場所は、もっと考えてほしいものだとムビは頬を膨らませた。
(それにしても、パーティは同じ地点に転移されるって話だった気がするんだけど……)
何かの手違いだろうか。
いずれにしても、パーティがバラバラなのか非常にまずい。
一刻も早く合流したいところだが……この広大な森の中、見つけることができるだろうか?
そのとき。
———ズシィン
———ズシィン
大地を揺るがす足音が響き渡った。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
(な……何だ!?)
ムビが振り返ると———目の前に、山がそびえ立っていた。
いや、山ではなく、それは木だった。
(木が……移動してる!?)
数百メートルはあろうかという巨大な木。
幹の中央に悪魔のような顔がある。
ボトッ ボトッ
歩くたびに、樹上から魔物が地面に落下してくる。
まるで果実を落とすように。
(これは———エンシェント・ユグドラシル!?)
エンシェント・ユグドラシル。
Aランク~Bランクの魔物を生成し続ける禁忌指定の魔物だ。
数十年に一度の災害と呼ばれ、討伐の際は国中の冒険者が召集される。
討伐推奨レベルは不明とされている。
(もしかして、こいつがモンスター災害の原因!?)
エンシェント・ユグドラシルはムビを発見すると、大地がうねりを上げた。
地面から大量の太い根が現れる。
「わわっ!」
ムビは木の根を蹴り上げながらジャンプする。
大地は嵐の大海原のように隆起を繰り返していた。
(これは接近が難しそうだ。久々に、魔法を使うか)
ムビは空中で詠唱を始める。
我が魂よ、紅蓮に染まりて滅びを謳え
千の怒りを束ね、万の絶望を焚べよ
天を裂き、地を焦がし、時の理を焼却せよ
———"終焉の業火"!
ムビの詠唱が終わると同時に、空が赤く染まり、天より一筋の光が降り注いだ。
それは炎の神が怒りを顕現させたかのような、巨大な火柱となってエンシェント・ユグドラシルを包み込む。
「GYAAAAAAAAAAA!!!!!」
雷鳴のごとく響き渡る巨木の悲鳴。
枝も葉も根も、全身隅々まで煌々とした炎が広がり、火の粉の舞い散る終末のような光景が広がる。
数十秒間、地獄の炎に焼き尽くされ———エンシェント・ユグドラシルは、ついに倒れた。
ズシィィィィィン……!
山崩れのような衝撃が周囲に響き渡り、地面が揺れる。
ムビは空中で体勢を整え、黒ずんだ巨木の前に着地した。
(……よしっ!これでモンスター災害の元凶は絶ったぞ!)
幹の中央には、巨大な魔石が埋め込まれていた。
それは家屋ほどの大きさで、赤黒く脈動している。
(な……なんてデカい魔石!家より大きいじゃん……!こんなの売ったら、いくらになるんだ!?)
借金王ムビは、なんとか持って帰れないかと保存袋を確認する。
(駄目だ、こんな小さな保存袋じゃとても……!くそっ、流石にこれは想定していなかった!利子の足しになるかもしれないのに……!)
そのとき、探知魔法に異常な反応が現れた。
数多の魔物の気配が、森の四方から迫ってくる。
(なんだこれ……?集まってきてる?)
360度全方位から、数千の魔物の気配。
目視できる範囲まで接近すると、全ての魔物がムビを見て怒り狂い始めた。
(そうか、母親を殺されて怒っているんだ……)
怒りの咆哮が森を震わせる。
魔物たちは一斉にムビへ向かって突進を始めた。
(……くそっ!まずはこれを片づけないと!……皆、どうか無事でいてくれ!)
ムビは剣を握り直し、再び闘気を集中させた。




