第138話 疲労困憊
午前中は体術の修行が続いた。
9時までは当て身・蹴り・投げ・歩法・呼吸法などを一通り、解説付きでトレース。
その後、感覚を掴むために約1時間の反復練習が行われた。
10時からはリリスとの組手。
容赦なく叩きのめされた。
「つ……強い……」
「いざ戦闘になると、なかなか技は出ませんし、どうしても力むものです。経験を積み、日常から最適な動きを意識すれば、上達は早くなりますよ」
「うん。頑張ってみる」
11時からは基礎鍛錬。
片腕で大岩を持ちながら、指一本で腕立て伏せを行う。
「全ての指で指立て伏せをしましょう。初日なので、とりあえず一本あたり100回ですかね」
ムビは1時間ほどかけて、息も絶え絶えにノルマを達成した。
手は震え、力が入らなくなっていた。
「これ……きついね……」
「この岩は重く頑丈で、闘気を乱す特別性ですからね。筋力だけでなく、闘気の総量も増えますよ。合格ラインは、指一本あたり2000回ですかね」
「2000……!?む、無理だよそんなの……!」
「大丈夫です。ムビさんは闘気を習得したばかりで総量がまだ少ないですが、地道に鍛えれば増えます。筋力がついて体の使い方も覚えれば、回数は自然と増えていきますよ」
リリスは微笑んだ。
休む間もなく、次の鍛錬へ。
仰向けに寝て、大岩を数メートル放り投げ、そのまま体に落下させる。
ズシィン!
「ぐはっ……!」
「もっと高く上げてください」
「は……はい……」
さらに高く放り投げる。
当然、衝撃はさらに重くなる。
大岩が落下する度に地面が揺れる。
「耐久力を上げるトレーニングです。これがノーダメージで済むよう、何千回、何万回と繰り返しましょう」
12時半になり、ムビとリリスは庭園で昼食を食べた。
「いかがでしたか、体術の修行は?」
「もう、ボロボロです……」
「ふふ。それは良いことです。午後からの剣術の修行もこの調子で頑張りましょう」
テーブルに並ぶ料理はどれも美味しく、疲れた体に染み渡った。
「味だけでなく、成長促進や疲労回復にも効果的なメニューです。いっぱい食べてくださいね」
13時からは剣術の修行が始まり、昨日習った内容をなぞった。
「ほら、剣筋が乱れていますよ」
午前の疲労が響き、体が思うように動かない。
「トレースしないと動けなければ意味がありません。きちんと技を自分のものとして消化しないと」
14時からはリリスとの立ち合い稽古。
「ほらほら、もっと攻めないと強くなれませんよ?」
リリスは蝶のように舞いながら、一方的にムビを追い詰める。
(攻めたいけど……圧がすごすぎて、全然打ち込めない……!)
まるで勝負にならず、一方的にボコボコにされた。
15時からは基礎鍛錬。
闘気が尽きるまで剣を振り、最後は剣を地面に突き立てて逆立ち。
(も……もう限界っ……!)
ムビは倒れこんだ。
「あら。昨日より20分短いですね?」
昨日と比べ、疲労の溜まり方が尋常ではなく、闘気もほとんど底をついている。
ムビは泥と汗にまみれたまま、荒く呼吸をした。
「もう一度やりましょう」
ムビはヨロヨロと立ち上がり、地面に剣を突き立てる。
今度は30分で倒れこんだ。
「ふむ。限界のようですね。日も暮れましたし、本日の修行はここまでとしましょう」
「あり……がとう……ございました……」
ムビは大の字になりながら、小さく声を漏らした。
「そうだ、ムビ様。回復魔法の使用は駄目ですよ?自然回復しないと、体や闘気が育まれないので」
「ふぁい……」
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王宮の浴槽でムビは枯葉のように浮いていた。
(最……高……)
もはや思考をする体力も残っていない。
癒し以外、何も求めていなかった。
擦り傷と痣だらけの体に、熱い湯が沁みる。
「ムビ様、お召し物をどうぞ」
「うん……ありがとう……」
リンが浴室で待っていて、裸のムビの体を拭いて服を着せた。
ムビにはもう羞恥心が湧く余裕すらない。
服を着る動作ですら体が痛み、むしろリンの存在がありがたかった。
(この男……もう限界だな)
リンはムビの様子を見て思った。
恐らく、明日には根を上げるだろう。
「本日はリリス様がご予定のため、夕食はムビ様お一人となります。お疲れでしょうから、離れで準備いたします」
「ん……ありがとう……」
離れで夕食を済ませたムビは、そのままベッドに倒れ込んだ。
(くそう……体が限界だ。これじゃ、とても明日は持たない。回復魔法は使えないし……それなら……)
ムビは、自然回復力促進の魔法を使用した。
回復魔法の方が遥かに効率が良いため、滅多に使用されることはない魔法だ。
(念のため、覚えておいて良かった……)
さらに風魔法で酸素を大量に発生させる。
(確か、酸素濃度が高いと体の治癒力が高まるって聞いたことが……)
20時。
部屋の酸素濃度を高めたところで限界を迎え、ムビは眠りに落ちた。




