第135話 修行
「ふふ。では、ギアススクロールで契約を交わしましょう」
リリスの声には、どこか儀式めいた響きがあった。
ムビとリリスは、テーブルに広げられた紙に手を添える。
瞬間、眩い光が二人を包み込み、空気が震えた。
契約は成立した。
「これで、あとはムビ様が優勝するだけです。さて、そこで提案なのですが———大会までの一ヶ月間、私の元で修行しませんか?」
「修行?」
「はい。剣と体術の修行です。先日お教えしたのは、あくまで基礎に過ぎません。優勝を狙うならば、さらなる高みが必要です。とはいえ、本当に優勝して欲しいので、かなり厳しい修行になりますが」
「修行かぁ……」
ムビは迷った。
修行自体は嫌ではない。
むしろ、鍛えてくれるなら願ってもない話だ。
だが、『四星の絆』の仲間たちのことが頭をよぎる。
彼女達の支援に徹した方が、一ヶ月後の大会で勝率が上がるのではないか。
「ムビ様。あなたはもう十分、彼女たちを支えてきました。たまには、彼女達に任せても良いのではありませんか?それに、私が直々に鍛えるなんて、この機会を逃したら他にありませんよ?」
確かに、その通りだ。
リリスの強さは本物だった。
リリス以上の剣士は、ムビが知る限り存在しない。
強さへの欲求が、ムビの背中を後押しする。
「……分かった。皆には、一ヶ月間修行するって伝える」
「ふふ。それでいいのです。では、今日より一ヶ月間、ムビ様は私の弟子になります。弟子は、師匠の言うことをなんでも聞かなければなりません。わかりましたか?」
「うん。分かった」
リリスはにっこりと笑った。
「よろしい。では、このお茶を飲み終わったら、早速修行を始めましょう」
「はい!よろしくお願いします!」
---
セレスティア競技場の一室で、『四星の絆』はムビからのメッセージを読んでいた。
「ムビ君、修行するんだってね」
「てっきり、私たちに修行をつけてくれるものだと思っていたけど」
ルリは少し困惑した様子だった。
「リリス様の元で剣の修行をするんだって」
「リリス様……。才女とは聞いていましたけど、あのムビさんに修行をつけるなんて、とてつもなく強いんですね」
「いいではありませんか。ムビさんに修行をつけられる人物なんて、滅多に現れません。それに、ムビさんに甘えてばかりいられませんわ。私たちも、ムビさんに頼られるくらいにならないと」
「そうだね♪よーし、一ヶ月後にはムビ君がびっくりするくらい強くなってやるんだから!」
「一ヶ月間は、アイドル活動は休止して、修行に集中しましょう」
こうして、『四星の絆』もまた、それぞれの修行を開始した。
---
城内の訓練場にて、ムビとリリスは剣を持って構えていた。
「では、先日の続きです。先日お教えしたのは、あくまで魔力の消費を伴わない、純粋な剣の術理でした。本日は、魔力消費を伴う技をお教えします」
「はい、お願いします」
リリスの剣に、炎が宿る。
「これが、いわゆる魔法剣というものです。真似てみてください」
ムビはコピー魔法を発動し、自身にトレースする。
ムビの剣に、炎が宿った。
「ふふ。ほんと、憎たらしいほどの天才ですね。では、魔力で身体能力を強化しながら剣を振ってみましょう」
リリスが剣を振ると、剣の軌道に沿って火柱が発生した。
凄まじい一撃だ。
ムビもすかさず剣を振り、剣から火柱が発生した。
「素晴らしいです。さてムビ様。このように魔力を使って戦う方法もありますが、あまり一般的ではありません。激しい身体の動きを伴う魔法の行使は、膨大なMPを消耗するからです。ゆえに、魔法剣士はコスパが悪く、数もあまりいません」
確かに、実際に剣を振ってみて分かった。
魔法自体は普通なのに、呪文として発動するより何倍も魔力を消耗していた。
「では、強い剣士はどのようにして戦うのか?答えは、"闘気"を使用します」
"闘気"か。
聞いたことがある。
上位の剣士や武道家が使用する、MPのようなものとムビは認識していた。
「"闘気"は身体の運動に対して効率の良いエネルギーを供給します。MPは一切消耗しないので、"闘気"が使えるようになれば、ムビ様の戦略の幅は大きく広がります」
リリスは軽く剣を振った。
ガガガガッ———!
剣から衝撃波が発生し、地面を裂いた。
「どうです?先程の魔法剣と同じくらいの力を込めて振りましたが、威力は全然違うでしょう?」
(ほんとだ!これはすごい……!)
ムビはリリスの動きをトレースし、剣を構える。
すると、お腹の下あたりが熱くなるのを感じた。
そこからエネルギーが腕に向かい、放出するように剣を振る。
ガガガガッ———!
リリスと同じように、地面が割れた。
(これが"闘気"!初めての感覚だ!)
「どうですか?お腹の下あたりが熱くなる感覚があるでしょう?"闘気"は丹田から発生するのです」
「ものすごい力が湧いてきた!これが"闘気"なんだね!?」
「ふふ。初見で"闘気"を扱えたのは、私が知る限りムビ様一人です。ですが、まだまだ基本的な内容です。ビシバシ行きますよ?」
それからムビは、日が暮れるまでリリスと修行を行った。
モノマネ魔法での習得を1時間。
その後、リリスとの実戦を2時間。
ボロボロに打ち負かされた後、基礎的な修行を3時間。
「———くぅっ……!」
ムビは剣を地面に突き立て、そのまま逆立ちしていた。
「ほらほら、集中集中」
隣でリリスは、読書をしている。
(これ、きつっ……!この剣、やたら"闘気"を消耗する!もう1時間は逆立ちしてるのに、一体いつまで……)
ポタポタと汗が地面に落ちる。
ムビは手が震えだした。
「ほら、頑張って。限界を迎えてからが、本当の修行ですよ?」
ムビはこらえきれなくなり、数分後に倒れ込んだ。
全身汗だくで、息も絶え絶えだ。
「ふむ。初めてにしては上出来ですね。身体操作と"闘気"の操作、それに集中力を養えば、もっと長い時間続けられますよ」
「ゼェ……ゼェ……。これ、どれくらい続けられたら合格なの?」
「そうですね。合格ラインは、24時間というところでしょうか」
「24時間!?無理だよそんなの!」
「無理じゃありません♪今日は初日なのでこれくらいで終わりましょうか。明日からは、倍の量に増やします」
リリスの笑顔に、ムビは愕然とした。




