第134話 契約と条件
(え……?なんでそのことを知っているんだ?)
リリスは窓の外を見ていて、表情が見えない。
「ちょっと待って……。どうしてそれを知ってるの?」
ムビは、嘘探知魔法を発動した。
———が、ノイズが走る。
(……何だこれ!?)
「ムビ様。申し訳ありませんが、私に探知魔法は効きません」
リリスは窓の外を見ながらムビに話しかけた。
(これは……探知妨害!?高度な魔法も使えるのか……!?)
「ご……ごめん……」
「いえ。驚かれるのも無理はありません。実は、ムビ様のことを少し調べさせていただきました。———3000億円の借金があるんですね」
どうやら、全て知られているようだ。
「ははは……。ほんと、この歳で借金まみれで……」
「先日建てられたセレスティア競技場の建設費用ですか。『四星の絆』のアイドル活動のためですね。とても素敵な理由です」
……なんでそこまで分かるんだ?
「利子を返すのも大変なのではありませんか?正直、資金繰りにお困りでしょう?」
———トントン
そのとき、窓の外から鳥がガラスをつついた。
「あら、ちょうどいいところに」
鳥は紙を2枚くわえており、リリスはそれを受け取った。
(あれは……伝言用の鳥……?)
リリスは紙を確認すると、満面の笑みで振り返った。
「ムビ様、少しお茶しませんか?」
リリスはセバスチャンを呼び、テーブルには紅茶とお菓子が並んだ。
「ふふ。私、お酒よりもお茶の方が好みで」
リリスが紅茶を飲みながらしみじみと語る。
ムビもお菓子とお茶を口に運んだ。
……めちゃくちゃ美味い。
口の中で紅茶の香りが広がり、焼き菓子の甘さが心をほどいていく。
「さてムビ様。少し、ビジネスの話をしましょう」
なんだか、やけに上機嫌だ。
リリスは一枚目の紙をテーブルに置いた。
「これは……?」
「借用書です♪」
「借用書!?」
「はい。ムビさんの借金3000億を、すべて立て替えました」
「ええーーーーーーっ!!?」
ムビは紙を取り上げて目を通した。
ムビが借りた金融機関や業者の名前がズラッと並んでいた。
計算したが、1円の漏れもない。
「つまり私は、ムビ様の貸主ということですね」
「い……一体どうやって?」
「ふふ。秘密です♪」
リリスは楽しそうに笑った。
「さて、ここからが本題なのですが……」
リリスはムビから紙を取り上げ、顔の横でヒラヒラと振りながら言った。
「この借金の金利を、0%にしてあげても構いません」
「えっ!本当に!?」
「ただし、条件があります。ムビ様のパーティが、S級選抜大会で優勝することです」
「……優勝……」
ムビは悩んだ。
金利が0%なら、一生かければ借金を返済できるかもしれない。
「それからもう一つ。ムビ様が選抜大会に出場するならば、選手でいる間は徴兵を免れるようにします。ただし、敗退してしまった場合は、私の庇護下からは外れてしまいます。恐らくすぐに、最前線へ徴兵されるでしょう。不参加の場合も同様です。———しかし、優勝すれば……ずっと私の庇護下です」
つまり、リリスの専属パーティになれば徴兵は免れるということだ。
「最後に、もしも『四星の絆』が私の専属パーティになった場合の話です。アイドル活動を優先していただいてかまいません。支障のない範囲で依頼を出すことを約束します」
言い終わると、リリスは2枚目の紙をテーブルに置いた。
これは……ギアススクロールだ。
「今言ったことは、必ず守ります。このギアススクロールにかけて」
契約を交わせば、必ず約束は守られる。
億単位の売買の契約では、ギアススクロールが用いられると聞いたことがある。
「さぁ、どうされますか?ムビ様?」
正直、かなり美味しい話だ。
このままでは借金も返せず、徴兵されるだけ。
それならば、このチャンスに賭けるのは悪くない。
「……仲間と相談してもいいかな?」
「はい。もちろんです」
ムビはスマホで『四星の絆』にメッセージを送った。
すぐに既読が付く。
「皆さんの返事が届くまで、ゆっくりお茶でもしましょう。お菓子も食べてくださいね」
リリスがにっこりと笑う。
「優勝すれば、良いんだよね?」
「はい。もちろんです。ただし……ムビ様といえど、そう簡単には優勝できないと思います」
リリスは紅茶を一口飲んで、カップを置いた。
「既に多数の参加申込が届いていますが……今回は、ミラが出ます」
ムビは雷に打たれたような顔をした。
「ミラって……あの、ミラ?」
「そうです。ミラ・ファンタジアです」
「どうして?彼女はソロだから、大会に出られない筈じゃ……」
「この大会のためだけに、パーティを編成したようです。他の3人も、とてつもない強者です。ダントツで優勝候補筆頭に挙げられるでしょう」
ムビの背中に汗が流れた。
(ミラと戦うことになるのか……厄介だ。正直、ミラの実力の底はまるで分からない……)
「他にも、とんでもない実力者達が次々に参加表明をしています。間違いなく、歴史上最難関の選抜試験となるでしょう」
ムビは体が震えた。
怖い……でも、少しワクワクしている。
ムビの様子を見て、リリスはクスリと笑った。
「さて、仲間内のお話はそろそろ終わりそうですか?」
「ああ。答えが出たよ」
スマホを閉じ、ムビはリリスを見つめる。
「『四星の絆』は———S級選抜大会に出場する」




