第133話 第六王女の招待状
まさかリリス王女から王宮に招かれるなんて……。
一体何の用だろう?
文面はすごく友好的な雰囲気だけど……。
もしかして、数々の非礼の償いで、その場で処刑……なんてことはないよね……?
ていうかこれ、すぐに返さなきゃまた不敬罪だよね……?
断っても、たぶん不敬罪……。
うわぁ、怖すぎる……。
王族には『Yes』しか選択肢がないことを前回思い知ったムビは、震える手で『3日後に伺います』と返事を書き、ポストに投函した。
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3日後、ムビは王宮の前に立っていた。
「ムビ殿ですね。話は聞いております。どうぞ、お入りください」
衛兵に城門を通され、庭を抜けると、執事らしき人物が待っていた。
「ムビ様ですね。私はリリス様の執事、セバスチャンと申します。先日はリリス様がお世話になりました。リリス様のお部屋までご案内いたします」
ムビはセバスチャンの後をついて行った。
前回の訪問時には通らなかった、城の奥の方へ案内される。
「リリス様は幼い頃からご友人がいらっしゃらなかったのです。ムビ様のように遊びに来てくださる方は初めてで、私、感動しております」
「はぁ……」
友人って、今言ったよね?
なら、不敬罪はなんとか免れる……かも?
「こちらが、リリス様のお部屋です」
装飾の美しい立派な扉だ。
いかにも、王女の部屋という風格が漂っていた。
セバスチャンがノックする。
「リリス様、お友達のムビ様がお見えです」
「どうぞ」
中からリリスの声が響き、セバスチャンは扉を開けた。
豪華な調度品に彩られた部屋の奥、テーブルに座るリリスの姿があった。
数日ぶりの再会だが、やはり宝石のような美しさだ。
「何かございましたら、いつでもお申し付けください」
セバスチャンは一礼し、部屋を後にした。
ムビが緊張で立ち尽くしていると、リリスが微笑む。
「数日ぶりですね、ムビ様。お加減はいかがですか?」
「ああ……はい、その……。おかげさまで、元気です」
「ふふ。どうぞ、こちらへお座りください」
促されるまま、ムビはリリスの対面に腰を下ろす。
近くで見ると、その美しさに思わず目を逸らしてしまう。
「あの……本当に、王女様だったんですね……」
「はい。その節は、ムビ様を騙してしまって申し訳ありません。声をかけたときの反応から、私のことをご存じないようだったので、ついからかってしまいました」
「ど、どうしてそのようなことを……?」
「だって、王族だと知っていたら、あんなふうに我儘を聞いてくれないでしょう?」
リリスはくすりと笑う。
確かに、第六王女と知っていれば、敬語を外すことも、パーティを抜け出すこともなかっただろう。
「あ、あの……本当に、数々の無礼を……。申し訳ありませんでした……」
ムビが深々と頭を下げると、リリスが吹き出した。
「やめてくださいよ。騙したのは私の方です。それよりもムビ様、私のことは“アメリア”だと思って、敬語も外してください」
「い、いえ、そんな恐れ多いことは……」
「私からのお願いです。そんなにかしこまられると、寂しいです」
リリスが小悪魔のような瞳で見つめてくる。
どんな男でも『Yes』以外の返答ができないのではないだろうか。
「わ、わかりまし……わ、わかった。敬語は外すよ。不敬罪なんて言わないでよ?」
「もちろんです」
リリスが満足そうに笑った。
「それで、アメリ……リリス様」
「リリスでいいですよ」
「……えっと、リリス。俺を呼んだのは、何の用?」
リリスはにっこりと微笑む。
「それはもちろん、ムビ様とお喋りしたいからです♪」
……可愛い。
「……というのが半分。もう半分は、ムビ様にお聞きしたいことがありまして」
リリスの声が少し真剣になる。
「ムビ様は、S級選抜戦に出場されますか?」
(……なんだ、そんなことか。友人って言ってたし、“危険だからやめて”って言いたいのかな?)
「選抜戦?いやいや、俺なんかじゃとても勝ち抜けそうにないし、普通に観客として楽しもうと思ってるよ!ははは」
ムビは笑ってみせたが、リリスの瞳は真剣なままだった。
「……やっぱり、そうなんですね。そうだろうと思いました」
リリスは椅子に深く腰掛ける。
「単刀直入に言います。ムビ様、選抜戦に出場していただけません?」
「えっ……俺が?」
ムビは笑いながら手を振った。
「ムリムリ。さっきも言ったように、俺なんかじゃとても……」
「私は、ムビ様にぜひ出場していただきたいんです」
リリスがムビの手を取る。
ムビはドキッとする。
「私、ムビ様以外の方が、専属パーティになるなんて嫌です。お願いです。どうか、専属パーティの座を勝ち取ってください」
リリスは囚われの姫のように、潤んだ瞳で上目遣いにムビを見つめる。
嗜虐心をくすぐるような、小悪魔的な雰囲気も絶妙に織り交ぜられている。
「ど……どうして、俺なんです……?」
「ムビ様が気に入ったからです。他に理由なんて、必要ですか?」
小さな手が、きゅっとムビの手を包み込む。
こんなもの、男なら絶対に断れない———はず、だが。
「……ごめん。皆と話し合って、もう決めたんだ」
リリスは驚いたように目を見開いた。
まるで、生まれて初めてお願いを断られたかのような反応だった。
「とても過酷な内容なんでしょう?死傷者も出るって。仲間を危険に晒すわけにはいかない……。それに、『四星の絆』にはアイドル活動があるから、専属パーティとしての役目に支障が出ると思う。きっと、リリスにも迷惑をかけてしまう。だから、申し訳ないけど、出場は見送ろうと思う」
リリスはムビの手をそっと離し、窓辺へと歩き出す。
「そうですか……。決意は固いようですね」
窓際までゆっくりと歩み……ピタリ、と立ち止まった。
「ムビ様……。確か、借金がおありでしたよね?」
ムビは、固まった。




