第126話 花と剣
二人は城内の庭園を歩いた。
夜風に揺れる草花が、甘く静かな香りを漂わせている。
「昼間も綺麗だったけど、夜の庭園はまた格別だね」
「ええ。私も、夜の庭園の方が好きなんです」
「へえ。王宮には、前にも来たことがあるの?」
「はい。何度か、以前に」
やがて二人は庭の中央に設置されたガゼボへと足を運び、テーブルに向かい合って腰を下ろした。
月光が庭園を青白く染め、幻想的な輝きを放っている。
「ふふ。パーティを抜け出すのってなかなか楽しいですね」
「あはは。俺はまだ怒られないかドキドキしてるけど」
「私は、お茶とお菓子でも持って来ればよかったと後悔しています」
満天の星空の下、二人は談笑を続けた。
月光に照らされた少女の横顔は満足げだった。
パーティ会場で唯一ムビに好意的な人物が笑っている。
それだけで、ムビは少し救われた気がした。
「ところでムビ様、剣の流派を伺っても?」
ムビは一瞬、言葉に詰まった。
「えっと……実は『栄誉騎士』に選ばれておいてなんなんだけど……。俺、剣が使えなくて」
「あら、それは意外ですね」
「はは。魔法以外はからっきしで。ナイフぐらいは装備してるけど、適当に振り回しているだけで」
ムビは苦笑しながら頭をかく。
「でも、戦場に行くなら、剣術を学ばないとって思ってるんだ。魔力依存の戦闘スタイルじゃ、MP切れたら終わりだからね……。徴兵されるまでの間、どこかで剣術を学ぼうと思ってるんだ」
「そうなんですか。では、私が剣をお教えしましょうか?」
「えっ……?」
ムビは冗談かと思ったが、少女は特に冗談を言っている雰囲気ではなかった。
「私、少しは剣の心得があるんです。ムビ様が先ほどおっしゃっていた“モノマネ魔法”を使えば、ある程度習得は可能だと思いますよ。ちょうどそこに、剣が置いてありますし」
少女が指さす先には、ガゼボの外に剣が二本立てかけられていた。
「あはは。でもあれ真剣みたいだし、危ないよ」
「大丈夫です。少し型をお見せするだけですから」
少女は立ち上がり、一本の剣を手に取ると、石畳の上に降り立った。
「いいですかムビ様?私の剣術はアークス流。王家にも伝わる、実戦的で、格式高い剣術です。これが基本の技です」
少女はしなやかに剣を振った。
まるで蝶が舞うように美しかった。
(すごく洗練された動きだ。この子、やっぱり只者じゃないよな)
「さぁ、ムビ様も剣をお持ちください」
ムビも剣を持ち、石畳の上に降り立つ。
「それじゃあお言葉に甘えて、剣を教えてもらおうかな。もう一回、見せてもらってもいい?」
「わかりました」
ムビはモノマネ魔法を発動し、少女がもう一度同じ技を披露する。
「こんな感じかな?」
ムビは少女の動きを完璧に模倣した。
「あら、完璧です。本当に動きを完全に模倣できるんですね」
「へへへ、それほどでも」
「これは教え甲斐がありますね。では、次の技をお見せしますね」
少女は次々と技を披露し、ムビはすべてを一目で再現していく。
(すごいな……模倣してみたら分かるけど、ただ剣を振ってるんじゃなくて、全身の筋肉や骨が連動している。これはモノマネ魔法が無ければ、一朝一夕で身に着くものじゃないな)
単純に剣を振る———それだけのことが、恐らく少女の領域に達するのに、通常は何年もかかるだろう。
ムビは少女の体の動きに感動しながら、次々に技をコピーしていった。
「ふふ、完璧です。通常の技は、これでおおよそマスターしましたね。では、次は型稽古です」
少女は型を見せる。
数十秒にも及ぶ、敵の攻撃を想定した動き。
当然、ムビは完璧に模倣する。
(これすごい……。さっきまでのは単発の動きだったけど、連続する動きだとまた感覚が違う……。技のつなぎ方の勉強になる……!)
「ふふ。同じ感覚で動けるムビ様なら分かるでしょう?型稽古は意味が無いという意見もありますが、正しく動けば技の連動性を高める訓練になるんです」
少女は、技や型の意味を丁寧に解説しながら、ムビに模倣させてくれた。
これ以上ない理想の講師だ。
気付けば、少女の指導が始まり30分が経過していた。
「これで、基本の剣術はおおよそお伝えできたと思います」
「本当にありがとう!すごく勉強になったよ!」
ムビは心の底から少女に感謝した。
「いえいえ、私も、ムビ様がすごい速度で剣を習得されるので楽しかったです。ただ、そうですね……。今のムビ様は知識だけがある状態。やはり実戦経験がないと、技はなかなか出せないものです」
少女はムビから少し距離を取るように歩いた。
「だから、ひとつ手合わせしてみましょうか」
「えっ……手合わせ?」
少女はくるりと振り返り、剣を構える。
「はい。もちろん本気は出しません。ちょっとした余興です」
余興か……。
真剣は危ないと思うけど……。
まぁ、大丈夫か。
こちらが攻撃をしなければ、少女が怪我をすることはないだろう。
それに、少女が只者ではないことはこの30分で十分に理解できたが、ムビのステータスは人の域を超えている。
少女がどれ程の達人だとしても、容易に捌くことができるだろう。
「分かりました。それでは……師匠、よろしくお願いします」
ムビはぺこりと頭を下げた。
「クスッ。礼儀は教えてないのに、初めから完璧ですね。はい、お願いします」
少女も一礼して、剣を構える。
ムビは剣士同士の立ち合いは初めてだが、少女の構えに全く隙がないことを肌で感じた。
(すごいなぁ。こんな歳の子が、一体何をしたら———)
瞬間、少女の姿が消えた。
!?
———ギィンッ!!
静寂に包まれた庭園に、突如空気を裂くような金属音が響いた。
一瞬で距離を詰めた少女の剣を、ムビはかろうじて受け止めていた。
「———あはぁ♪さすが臨界者!これくらいは反応してきますね」
次の瞬間、目の前の少女の姿が消えた。
———下だ!
足元に切り込んでくる少女の剣を、ムビは後方に飛んで躱した。
「あら、これも当たりませんか?さすがムビ様、初めて剣を握ったとは思えない身のこなしです♪」
ムビの全身が総毛立っていた。
(———何だ今の攻撃!?)
早すぎる。並の冒険者なら、首が落ちていた。
手には痺れが残り、足元への一撃も完全に切るつもりだった。
「ちょ……ちょっと待って!」
「待ちませんよ?立ち合い中なのですから」
少女は先ほどと変わらぬ笑顔を浮かべながら、ムビに剣を振るった。




