第125話 パーティを抜け出して
「先ほどから、遠巻きにムビ様を拝見しておりましたが……ずっとお一人なのですか?」
「はい。なかなか声を掛けられなくて……ははは……」
会場に集う貴族たちの多くは、レオニス王のようにテレビの報道を鵜呑みにしているのだろう。
肩書きと建前を重んじる彼らにとって、「ムビと親しく話している」と見られるだけでも、十分なリスクだ。
『栄誉騎士』は他にも十二人いる。わざわざ火中の栗を拾う必要など、誰も感じていない。
「ふふ……。退屈なパーティでしょう?」
「えっ、そんなことは……」
「顔に書いてありますよ。私も、ちょうど退屈していたところです」
少女がふわりと笑う。
その仕草も、表情も———どこか艶やかで、愛嬌がある。
ただ会話を交わすだけで、勘違いしてしまう男は少なくないだろう。
「建前と上辺だけの会話。純粋な友好関係に見せかけて、腹の中は欲でいっぱい。こうも見え透いていると、退屈で欠伸が出そうです」
若いのに、随分と達観している。
だが、ムビは少しだけ共感してしまった。
「ははは……。俺も、こういうのはちょっと苦手で……」
「ふふ。気が合いますね」
またしても、男心を惑わせるような笑み。
「ねぇ———一緒に、パーティを抜け出しませんか?」
「えっ……」
ムビは戸惑った。
「でも、王様が『栄誉騎士』のために開いてくださった場だし……」
「大丈夫です。少し抜けるくらいなら誰も気付きません。パーティはまだまだ長いですよ?気分転換に、外の空気でも吸いに行きませんか?」
ムビは反射的に断ろうとしたが、ふと冷静になり周囲を見渡す。
誰もムビに話そうとする者はいない。
このままここにいようが外に行こうが、何も変わらないだろう。
「そうですね。少し、外に行きましょうか」
少女は、満足げに微笑んだ。
---
二人はグラスを手に、バルコニーへと向かった。
夜風が心地よく、煌びやかな光が背後のガラス越しに二人を照らす。
手すりに寄りかかり、少女はグラスを一口飲む。
「ムビ様は、おいくつなんですか?」
「俺は18です」
「あら、そうなんですね。私は16です。私の方が年下ですし、敬語は外してくださって構いませんよ?」
「えっ……そう、かな……?」
少女がニコリと笑う。
「そうですよムビ様。気軽にお話いただける方が、私も嬉しいです」
少女が上目遣いでムビを見つめる。
年下のいとこがいたらこんな感じだろうか、とムビは思った。
まぁ……年下だし、別にいいよな?
「分かったよ、アメリア。普通に喋るね」
「ふふっ。ムビ様は、どんな功績で『栄誉騎士』に選ばれたんですか?」
「臨界者になったから、みたい。他には特に理由はないよ」
「そんなことありませんよ。私、知ってるんですよ?ムビ様、色々と世間で噂されることが多いじゃないですか」
うっ……。
今日一日で蓄積されたトラウマが……。
「私、ムビ様にずっと聞いてみたかったんです。実際のところ、あれらの噂はどうなんですか?」
「あはは……。まぁ、俺もあちこちで言われてるのは知ってるから、とても信じてもらえないと思うけど……」
卑屈に笑うムビの手を、少女はそっと握った。
「信じますわ。ムビ様がお話してくださるなら、全て信じます。だから、私にムビ様のことを、話して聞かせてください」
柔らかな指の感触。
誘うような瞳。
……この子は本当に、将来魔性の女になるな。
「分かった。その代わり、ちゃんと信じてくれよ?」
---
それからムビは、これまでのことを話した。
『白銀の獅子』時代のこと。
『四星の絆』のこと。
『幽影鉱道』のこと。
『両面宿儺』のこと。
記者会見や『エヴァンジェリン』、ライブでの出来事。
そして、今日の控室や玉座の間での出来事。
少女はとても聞き上手で、ムビも自然と話すことができた。
話に熱中し続け、気付けば1時間が経過していた。
「ごめんね、俺ばっかり喋っちゃって」
「いえいえ。とても興味深い話でした。私、人との会話がこんなに楽しいのは久しぶりです」
少女はグラスの最後の一口を飲み干し、空になった器をそっと手すりに置いた。
「ムビさんは、素敵な人ですね」
少女のつぶやきに、ムビは心臓が跳ねた。
「えっ!?……いやいや、全然そんなことないよ!?」
「そんなことありますよ。『四星の絆』の皆さんが、どれだけ大切に想われているか分かります。後ろにいる、他の騎士様が声高におっしゃる『命を賭ける』という言葉の、どれだけ薄っぺらいことか」
風が少女の髪を柔らかく揺らし、甘い香りがムビの鼻腔をくすぐる。
少女は手すりに寄りかかり、王城の庭園を物憂げに見つめる。
「人間、どれだけ口では言っても、本当の本当は、その場を迎えなければ分かりません。命を賭けたこともない人間が命を賭ける大切さを説く———所詮、騎士道はプロパガンダに過ぎません。命を惜しむ人間が、他者の命を捨てさせるための、ね」
ムビは静かに感心した。
(若いのに、難しいことを考えるんだな……)
だが、今の彼には、その言葉が痛いほど響いた。
「ははは。せめて大事な人のために戦いたいものだね」
「そうですね。大切でないもののために力を尽くす———これ以上の不幸はありませんから」
アメリアはひらりと身を翻し、手すりに腰かけた。
その姿は、夜の風景に溶け込むように儚く、美しかった。
「ムビ様。よろしければ、庭園をお散歩しませんか?」
「庭園ですか?でも、流石に表に出るときバレる気が———」
ムビが言い終わらないうちに、少女は手すりの向こうへ落ちた。
「危ないっ!」
ムビは手を伸ばすが、間に合わなかった。
しかし、少女はクルクルと宙返りをしながら、綺麗に地面に着地した。
「ほら。ムビ様も早く」
ムビはあっけにとられていた。
(この子……一体何者なんだ?)




