第二章最終話 ミラ視点 <前編>
ミラ・エヴァンジェリン。
『Mtube』の登録者数1000万人を超える化物Mtuber。
Aランク冒険者であり、これまで苦戦という苦戦を経験したことがない戦闘の天才である。
国内外に多くのファンを抱え、あらゆる業界の有名人たちが仲良くなろうと、毎日DMやコラボの誘いがあとを絶たない。
天性の明るさで愛想よく笑顔を振りまいてはいるが、ミラはそのどれにも興味が湧かなかった。
どいつもこいつも弱い。
大した取り柄もない。
誰と会っても、ピンとくるものがない。
故に、順風満帆に見えるミラの人生は、その実退屈な時間が多かった。
好きなものと言えば、『Mtube』。
それから戦闘。
ゲームや漫画。
大体それくらい。
好きな作家やゲーム、推しを見つけては狂ったように課金する。
それがミラの日常。
そんなミラに、新たにハマるものができた。
『白銀の獅子』チャンネルだ。
毎回、信じられないような神動画を投稿してくる。
強さはそうでもないが、編集の上手さが桁違い。
『Mtube』で、初めて自分より凄いと思えるものに出会えた。
同じ『Mtuber』として、自然とリスペクトできた。
半年ほど別垢から狂ったようにスパチャを投げていたが、ある日ついに接点を持つことに成功した。
王都のコラボ企画で『白銀の獅子』のリーダーゼルに会える。
一体どんな風に編集をしているのか、興味が尽きなかった。
だが、それは肩透かしに終わった。
『動画編集者』はパーティをクビにされていたのだ。
しかし、たった一人で編集していた事実を知り、がぜん興味が湧いた。
その人物は、『四星の絆』というパーティに加入したらしい。
ある日、配信で『四星の絆』がダンジョンから助けを求めていた。
その配信に、例の『動画編集者』が映っていた。
自分と変わらない年齢。
冷静な振る舞い、優しい声色。
外見も割と好みの部類だ。
名はムビというらしい。
偏屈な人物か、ベテランのおじさんだと思っていたミラは、全ての予想を裏切られた。
そして初めて、人に興味が湧いた。
このムビという少年を、もっと知りたいと思った。
だから、何のためらいもなく助けに行った。
普段面倒で絶対にやらないコラボを条件に、何人もの冒険者を引き連れて。
だが、少年は自力で生き残った。
人類では決して勝つことはできないと言われる、Sランクの魔物、デスストーカーを倒して。
動画編集だけではなく、強さも併せ持つのかと驚いた。
実際に会ってみると、礼儀正しくて優しい少年だった。
柔らかい空気の中に、不思議な力を感じた。
ますます興味が湧いた。
面倒なコラボにしばらく忙殺される羽目になったが、その間も考えるのは少年のことばかりだった。
ようやく片付けて、その少年に会いに行った。
久しぶりに会った少年は、少したくましくなったように感じた。
柔らかい物腰ながら自信が垣間見え、ますます優しくなっていた。
あっという間に打ち解けることができた。
この少年と一緒にいると楽しいし、安心する。
持って帰りたいなと思った。
その場で仲間に勧誘するが、断られた。
どうやら先客がいたみたいだ。
欲しいものが手に入らない……。
そんな経験は、ミラの人生で初めてだった。
これを我慢というのかと、ミラはこの時初めて知った。
せめてもと思い少年と写真を撮ったが、気持ちが収まりそうにない。
だから、少年を手に入れようと思った。
まずは、別れ際に少年に魔法をかけた。
位置情報探知の魔法だ。
これで、少年の居場所はいつでも分かる。
次に、『エヴァンジェリン』代表のジニーに電話をした。
少年の拠り所である『四星の絆』を潰すように頼んだ。
ジニーは二つ返事で快諾してくれた。
色々と見返りを求められるだろうが、少年が手に入るなら安いものだ。
それから毎日が楽しみだった。
いつ少年が手に入るだろうとワクワクしながら、少年の写真を見るのが日課になった。
ある日、少年の気配が王都から感じられた。
それほど遠くはない場所だ。
嬉しくてワクワクした。
気になって見に行くと、何やら巨大な施設が建てられようとしていた。
中で何かしているのだろうか。
宿の場所が分かったら、遊びに誘ってみようか。
しかし、待てど暮らせど少年の気配はその場から動かない。
一週間、二週間……。
一体中で何をしているのだろうか。
そうこうしているうちに、『四星の絆』のライブが王都で行われることを知った。
気になったので、チケットを買って見に行くことにした。
どこから聞きつけたのか、当日になってジニーから電話があり、ライブの後に食事でもどうかと誘われた。
正直少年に会いたかったが、頼みを聞いてもらっている手前断りづらく、承諾した。
ライブにはたくさんの人が来ていて、熱気が凄かった。
まるでトップアイドルのようだと思った。
演出も歌もパフォーマンスも想像を超えていて、ミラは素直に感心した。
そして、位置探知魔法で少年が観客席の後方にいることに気付いた。
胸がキュッとなった。
ミラはすぐに少年の方へ向かった。
また写真を撮ってもらおうか。
そろそろ、新しい写真も欲しくなってきたところだ。
少年の姿が見え、ミラは柄にもなくドキドキした。
久しぶりに、少年に会える―――。
軽やかな足取りで近付き、少年に話しかけた。
しかし、少年の反応は冷たかった。
ミラが何を話しても、こっちを向いてくれない。
そして少年が、全てを知ってしまったことを聞かされた。
一度だけ、少年がこっちを見た。
その眼は、恐ろしく冷え切っていた。
あんなに優しかった少年の眼差しが、どこにもなかった。
毎日写真で見ているあの優しい微笑みは、跡形もなく消え失せていた。
少年にそんな眼で見られたことが悲しくて、ミラは頭がおかしくなりそうだった。
表情には出さないように努めたが、これ以上冷たくされたら泣いてしまいそうだった。
少年に別れを告げ、速足にトイレに駆け込んだ。




