第116話 舞台裏の真実
ミラはムビの隣に腰かけた。
「素晴らしい公演じゃの♪正直、ここまでとは思わんかったわい。演出は、お主が考えたのか?」
ムビはステージを見つめたまま答えない。
だが、ミラは構わずムビに話しかけ続ける。
「どうしたムビ、元気が無いな?すごいクマができておるぞ?大丈夫か?」
ムビは一つ溜息をついて、ようやく口を開いた。
「どうしてここに俺がいると分かったんですか?」
「そりゃー、あれだけ魔法をぶっ放したらのう♪探知した先にお主がいたから、お喋りに来たんじゃ♪」
この様子だと、ミラは何もバレていないと思っているらしい。
「この二ヶ月、大変でした。『エヴァンジェリン』の圧力で『四星の絆』が潰されかけて」
「そうじゃったのか、大変じゃったのう」
「おかげでここ二ヶ月近く、一睡もしていません」
「なんと!?それでそんなにクマができておるのか!?お主、無理するなよ?」
「それを依頼したのはミラ、あなたですよね?」
ムビは、ステージを見つめたまま、ミラを一瞥もすることなく言った。
ライブの熱狂で周囲は騒がしかったが、二人の間にはしばし沈黙が流れた。
「……なんでそのことを知っておる?」
ミラの声色が少し低くなっていた。
「ジニーさんから直接聞きました。『四星の絆』存続をお願いしたら、土下座させられて、親切に頭を踏みつけながら教えてくれました」
ステージを見つめるムビには、ミラがどんな顔をしているのか見えなかった。
「俺の動画編集能力が欲しかったんですよね?ミラさんになら、いくらだって協力したのに。———なんでこんなことしたんですか?」
ムビの声色は会場の熱気に反して、恐ろしく冷たいものだった。
「……わはは♪勘違いしてもらっては困るぞ、ムビ。ワシが欲しいのはお主の編集能力だけではない。お主そのものじゃ」
視界の端でミラが笑っているのが見えるが、ムビは一瞥もしない。
「ワシは、欲しいものは絶対に手に入れなきゃ気が済まないタイプでな。お主を怒らせてしまったのは申し訳ない。じゃが、お主のことが気に入らないからこんなことを頼んだわけじゃない。むしろ逆じゃ。それだけは、神に誓って本当なんじゃ」
「随分自分勝手ですね。俺の大切なものはどうだっていいと?」
ミラは苦笑する。
「それさえなくなれば、ワシの元に来てくれると思ったんじゃがのう……。『四星の絆』は本当に運がいい。こんな会場がちょうどオープンするなんて」
「……運なんかじゃ、ありませんよ」
ムビがポツリと呟く。
「いやいや。流石に強運過ぎるじゃろ?この会場が無ければ、間違いなく公演は中止じゃったろ?」
「確かに、この会場が無ければ公演は中止でした。それどころか、『四星の絆』は解散していたでしょうね。でも、運なんかじゃありません」
ステージが眩く光り、ムビの顔が照らされる。
「だってこの会場、俺が作ったんですから」
ミラは数秒間を置いて、驚愕の表情をムビに向けた。
「お主が……作ったじゃと!?」
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一ヶ月前。
ムビはセレスティア競技場の現場監督をしていた。
「すみません、入口の作りはこの図面の通りお願いします!」
業者に設計図を渡し、指示を出す。
「こりゃあまた、随分と作りこまれた設計図ですねー!」
「ああ、しかも相当に分かりやすい!」
ムビの設計図と指示は、業者から相当に評判が良かった。
「何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いてくださいね!」
「おーいムビさん!天井の開閉装置はどう作るんだ?」
「あぁ、そこは難しいですね!俺が行くので大丈夫です!行ってあげて!」
ムビは、近くで作業をしていたムビに指示を出す。
「ムビさん、そろそろうちは引きあげますんで!」
「分かりました、ありがとうございました!次の業者さんに後は引き継いでもらいますね!」
ムビは帰っていく業者に手を振って見送った。
「ムビさん」
ムビの背後から声がした。
振り返ると、そこにはサヨが立っていた。
ムビはバツの悪い顔をする。
「サヨさん……!?どうしてここに!?」
「住所を調べたら空き地と表示されるから、心配になって見にきたんですの。その質問、そっくりそのままお返ししますわ」
サヨがムビに一歩詰め寄る。
「これは……どういうことですの?なぜムビさんが、ここで工事をされているんですか?ムビさんは今、ルミノールで私たちといる筈では?……それに、ここに来るまでに、何人かムビさんにそっくりな方を見かけました……。説明していただけませんか?」
ムビは、観念したように肩を落とす。
「分かりました。サヨさんにだけお話します。皆には内緒ですよ?———実は、ここ2週間程、"分身魔法"を使用していました」
サヨは驚愕した。
「分身魔法……!?禁忌の魔法ではありませんか!?あれは確か、器に記憶の一部を埋め込むことで、スペックを等分に分ける魔法では……」
「流石サヨさん、よくご存じですね。今のところ、なんとか10人に分身しています」
頭をかきながら笑うムビに、サヨが詰め寄る。
「サ……サヨさん……?」
そのまま壁際に追い込まれ、壁ドンされる。
「今すぐ解除してください!分身魔法の器は、本物の人格を持っているんですよ!?本体との合流を拒否して逃亡し、永遠に帰ってこないケースが殆どなんです!そうなったら、ムビさんの記憶とパラメータの一部が、永遠に失われるんですよ!?」
サヨの言うとおりだ。
分身魔法は世間一般では便利な魔法と思われているが、とんでもない。
記憶やステータスを完全に等分し、元に戻るためには本体と直接触れ合うしかない。
分身体が逃亡したり死亡したら、分身は永遠に解けないのである。
リスクが大きすぎるため、禁忌の魔法と言われているのだ。
「ははは……。そんなこと言ったら、俺だって分身体ですよ」
「……なら、ルミノールの本体の元へ、力づくでも連れて行きます……!」
「ルミノールの俺も、分身体です」
サヨは驚いた顔をした。
「ね?逃げそうな気配なんてないでしょ?本体は、ここの現場で総指揮を取っています。ルミノールの俺にはプロデューサーとしての仕事を任せ、3人はリーダーとして業者との連携を図っています。残り5人は、現場で建築魔法を使いながらバリバリ働いています」




