第114話 公演当日
ライブ当日。
ジニーは、静かにほくそ笑みながらライブ会場へと車を走らせていた。
(会場が無いんだ。今頃、空き地を見て客たちが大騒ぎしているはずだ)
ジニーは昨夜、『四星の絆』の公演は、野外ライブ、もしくはそれに近い形になるのではないか、と予想した。
(流石に会場が無いことに気付いていないとは思えん。恐らく、現地で異変に気づき、慌てて野外ライブへと舵を切ったのだろう。浅はかだ……)
だが、この国では法律で野外公演は禁止されている。
音につられて、魔物を呼び寄せてしまう可能性があるためだ。
実際、野外で音を奏でてしまったがために、音に引き寄せられた魔物に襲撃され、逮捕されたミュージシャンは後を絶たない。
(ルナプロに所属していれば未然に防げただろう。脱退したがゆえのミスか)
当然、ジニーは見逃すつもりはない。
(くくく……。直前で中止にするか、それとも演奏させて罪人にするか……迷うねぇ~)
ジニーはニタリといやらしい笑みを浮かべた。
「……ジニーさん」
運転手がジニーに話しかけた。
「ん?どうした?」
「あれ……何でしょうか?」
運転手が指差す方向を見ると———巨大な建物があった。
ちょうど、今向かっている会場の辺りだ。
ジニーは目を見開いた。
(……バカな!?あんなところに、建物なんか無かったぞ!?)
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会場に着き、車を降りたジニーの目に飛び込んできたのは、長蛇の列だった。
(なっ……なんという客の数だ……!少なくとも、3万人はいるぞ……!)
これだけの数の観客を動員できるのは、『エヴァンジェリングループ』の中でも限られてくる。
どこの事務所にも所属していない個人勢が、こんなに動員するなんて考えられない。
客の列に沿って歩んでいくと、目の前に巨大な施設が現れた。
(どうなっている……!?二ヶ月前は、ここは確実に空き地だった筈だ……!)
ジニーの見立てでは、国内最大級の国立競技場に匹敵する……いや、それ以上の大きさだ。
こんなものを着工しようものなら、完成までに数年は要する筈だ。
(二ヶ月足らずで、こんなものを建てたというのか!?信じられん……魔法を使ったとしか……!)
「まもなく開演です♪どうぞ会場内にお入りください♪」
アナウンスが響き、列が移動を開始する。
(くっ……!念のためチケットを買っておいて正解だった)
ジニーは列に並び、会場の中へ入っていった。
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会場内。
ムビはどんどん埋まっていく客席を見ていた。
(大丈夫……きっとうまく行くはずだ……)
会場の中央には円形のステージがあり、360度観客席が見渡せる作りになっている。
ムビは一番後方の席に座っていた。
(お客さんの数は5万人。会場のキャパが10万人だから、ちょっとまばらに見えるけど……本当に、よくこれだけ集まってくれた……)
ムビはこの一ヶ月半の間、鬼のように動画を制作する一方で、『エヴァンジェリン』の業者とも戦っていた。
(あいつら、数万件投稿してトレンド上位を掻っ攫っていくからな。こっちも負けないようにするのは大変だった……)
ムビは大量のアカウントを用意し、毎日数万件の投稿を続け、業者とトレンド上位争いをしていた(たまに業者とレスバを行っていたが……)
もちろん、『四星の絆』のレッスンや演出打合せ、音楽制作やグッズの準備も並行して行っていた。
結果、ムビはこの一月半の間、一睡もしていない。
目の下には大きなクマができていた。
(準備はしてきた。あとは、皆を信じるだけ……)
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会場に入ったジニーは驚きを隠せなかった。
(な……なんて広い会場だ!?国立競技場より広い……!それに、この集客数。いかに王都開催とはいえ、よくもこれだけの観客を……)
ジニーはくまなく会場を見渡した。
5万人の観客の熱気はすさまじく、グッズも飛ぶように売れていた。
(天井は開いているようだが、開閉式か……?)
見上げれば、雲一つない美しい夜空が広がっていた。
(だが、問題はパフォーマンスだ。初の大規模公演にしては広すぎだ。これだけ広い会場を使いこなせるのか?これだけの観客を満足させることができるのか?経験の浅い『四星の絆』では不可能だろう。フン。背伸びしすぎたな……。どれ、超一流のワシが、どの程度のレベルのパフォーマンスか見定めてやろうではないか)
その時、会場が暗転した。
ガヤガヤとしていた会場がシンと静まり返る。
ムビは、息を大きく吐いた。
(いよいよ始まる……。見てくれ皆。これが『四星の絆』だ)




