第110話 夢の終点で
ムビが『エヴァンジェリン』を訪れてから、1週間が経った。
その間も必死で会場を探し続けたが、一向に見つからない。
(どうしよう……もう2ヶ月を切ってるのに……)
この国では野外フェスは法律で禁止。
港やテーマパークでの開催も提案したが、実績不足で断られた。
——本当に、もう手は尽くした。
メディアの報道も一時落ち着いていたはずが、最近またムビや『四星の絆』へのバッシングが強まっていた。
……これが、ジニーの言っていた“さらに強い圧力”なのか。
「ムビ君」
俯いていたムビの耳に、エヴリンの低い声が届く。
「はい……なんでしょう」
「悪いけど、会議室に来てもらえる?」
口調は静かだが、重みがあった。
「……分かりました」
ムビは立ち上がり、エヴリンの背中を追った。
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会議室には、社長と『四星の絆』の4人が並んで座っていた。
いつも朗らかでユーモラスな社長の顔には、見たことのない険しさが浮かんでいた。
「ムビ君。忙しいところ、すまないね」
「いえ……会場が見つけられず、本当に申し訳ありません」
「今日はね……僕自身、本当に苦しくて、辛い提案をしなければならない。 どうか、その前提だけは理解してほしい」
社長の口調が、重く、ゆっくりと沈み込んでいく。
「実は今、ルナプロダクションの全タレントが、メディアやイベントから軒並み出演を断られている」
「えっ……!?」
「気を悪くせず、冷静に聞いてほしい。 “『四星の絆』が所属している事務所は遠慮したい”——そういう理由らしい」
『四星の絆』が顔を見合わせ、困惑と動揺が広がる。
「どうして……?私たち、何か……」
「建前上は“印象の悪化”とのことだが、 実際は——『エヴァンジェリン』の圧力が原因だと見ている」
ムビは息を呑んだ。
——あいつらは、俺たちだけじゃなく、事務所ごと潰しにかかってるのか……。
「正直、このままでは、ルナプロは存続できない。 だから……一人の経営者として、皆にお願いしなければならない」
社長は深く頭を下げた。
「……『四星の絆』を、解散してもらえないだろうか」
空気が止まった。
重たい沈黙が、壁にも天井にも染みつく。
最初に声を発したのは、震えるようなシノの言葉だった。
「それで……私たちは、どうなるんですか?」
「もちろん、君たちは大切な仲間だ。 裏方や育成を担当してもらう予定もあるし、将来的には管理職への道もある。 僕としては、本当に残念だが……」
「……私たちの夢を、諦めろということですか」
「———その通りだ。どうかルナプロを救うために、呑んではくれないだろうか」
社長は再び、深く頭を下げた。
『四星の絆』の4人は、肩を震わせながら目を赤くしていた。
「……少しだけ、考える時間をいただけますか」
「もちろん。明日、結論を教えてくれればいい」
社長とエヴリンは、無言で部屋を後にした。
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「あーあ……ライブどころじゃなくなっちゃったね……」
ユリが笑ってみせる。でもその声には、元気の欠片もなかった。
「まさか、『エヴァンジェリン』がここまで手を伸ばしてくるなんて……」
「……どうするの?」
「——解散するしか、選択肢が残されていませんわね……」
サヨの声も沈んでいた。
「私は嫌だよ」
ルリの目からは大粒の涙が溢れていた。
「今まで、皆で頑張ってきたんだよ!?もうちょっとで夢が叶うのに……こんなのって———あんまりだよ……!」
ルリが息を詰まらせながら、気持ちの全てを吐き出す。
ルリの言っていることは、皆痛い程分かっていた。
「その通りです。私も悔しいです。でも、このままでは私たちだけでなく、ルナプロも共倒れしてしまいます。現実的に、解散するしか道がありませんわ」
「解散して、どうするの?冒険者活動に専念するってこと?」
「それも難しそうですわね……。『四星の絆』で活動する以上、ルナプロへの圧力は止まらないでしょう。改名したところで、そんなことで世間が許すとは思えません」
「じゃあ……私たちの活動は……ここで終わり、ってこと……?」
"終わり"———その言葉の響きに、ユリは泣き出した。
「私も……サヨの意見に、賛成……」
「……ユリッ……!」
「悔しいけど……他の人を巻き込んで、自分の夢を追いかけることはできない……」
シノも目に涙を溜めながら声を震わせる。
「私も……。私たちだけなら、どれだけでも抵抗してみせますが……。お世話になっているルナプロの皆さんまで、巻き込むわけにはいきません……」
ルリは頬を涙で濡らしながら肩を落とした。
目線だけを動かし、ポツリと呟く。
「ムビ君は……どう思う……?」
ムビに『四星の絆』の視線が集まる。
「……本当に、すみません。俺が、いらないことをしたばかりに……」
「……ムビ君のせいじゃないよぉ。だってムビ君、すごく頑張ってたもん……」
ユリの嗚咽が響き、シノとルリも顔を手で覆った。
サヨの頬にも、静かな涙が流れていた。
ムビも涙で視界が滲んでいた。
「明日……社長に伝えましょう。『四星の絆』は、ここで解散しますと」
「……シノぉ……」
「今まで……本当にありがとう。 みんなと過ごした日々は、楽しかったよ……!」
その瞬間、シノは堰を切ったように号泣した。
涙は、部屋の中にいた全員へ伝播した。




