第11話 脂肪吸引魔法
翌日、『四星の絆』は影縫いの森に向かい、再びダンゴールの討伐を行った。
昨日の場所から僅か1キロ程離れた渓谷に数百匹のダンゴールが生息しており、一日中狩りを行った。
レベルが上がり、ダンゴール討伐への慣れも手伝い、今日は200体以上のダンゴールを討伐することに成功した。
『四星の絆』は日が暮れる前に素材を全て回収し、ギルドに持ち帰った。
「・・・お待たせしました。ダンゴール212体の討伐証明部位と、素材の確認が終了しました。合計で318万円の報酬になります」
ギルドで報酬を受け取った『四星の絆』は、一旦近くの大衆浴場で汗を洗い流し、酒場『箒星』にて打ち上げを行った。
「いやー!何という報酬額!本業の何倍も稼げちゃうね!」
「レベルも15に上がりましたし、やはり休日返上してでも来て正解でしたね」
パーティランクがDランクに上がったことで、次なる目標はDランクの魔物討伐になる。
Dランクの魔物は討伐推奨レベルが10〜20になるので、今のレベルなら依頼達成も十分可能だろう。
「昨日出した動画も、再生回数10万回を超えました」
「10万回!?たった1日で!?凄ーい!」
『四星の絆』の動画の再生数は、数万回がアベレージなので、大反響と言えるだろう。高評価とコメントの数も平常時の数倍はあるので、最終的にはもっと伸びる筈だ。
「チャンネル登録者数も1000人増えてますね!」
「コメント欄見ると、編集が神過ぎるっていっぱい書いてあるねー」
「やっぱりムビ君のおかげだね♪」
「いえいえ、皆さんが動画映えしてくださるおかげです」
このクオリティの動画を出し続けていれば、視聴者の信頼を得てますます登録者は増えるだろう。
手応え的には、チャンネル登録者数10万人を超える日もそう遠くはない筈だ。
メンバーそれぞれの個人チャンネルの動画も、冒険の移動時間に全て編集・アップロードまで完了していた。
「うちのチャンネルもめっちゃ反響来てるよ!」
「編集の時間が無くなるの本当に助かるわ!」
「いえいえ。でも申し訳ありません、バフの効きが悪くなってしまって…」
ムビが申し訳無さそうに謝る。
昨日、ダンゴールを討伐する直前までは、ムビのスキルで最大2倍に上がっていたパラメータは、レベル15になった現在は最大3割増しがせいぜいだった。
『四星の絆』とのパラメータ差が広がってしまったためだ。
皆、多くのステータスがムビの3倍以上になっている。
「何言ってるんですか。3割も上がるならとても有難いです。それに、ここまでレベルが上がったのはムビさんのおかげですよ」
シノが励ましてくれるので、ムビは笑顔を返したが、内心はやはり不安だった。
このまま『四星の絆』がレベルを上げ、パラメータ差が開けば、バフによる上昇率は更に減少していくだろう。
昨日の『白銀の獅子』の言葉がどうしても頭を過る。
「大丈夫ですわ。MP消費の肩代わりは、この先私達のレベルが上がっても、とても大きな戦力になりますわ」
サヨが笑顔でムビを励ます。
昨日サヨと話して、不安な気持ちはかなり軽くなった。
だからこそ、サヨの気持ちに甘えず、少しでも『四星の絆』の助けになれるよう自分にできることを模索していきたい。
「あ~~しかし、こんなにいい日なんだから思いっきり飲み食いしてぇ~~~!」
ルリが頭に手を当てながら天を仰ぐ。
ルリの様子を見て、シノがキリっとした顔で話しかける。
「駄目だよルリ。打ち上げとはいえ、私たちはアイドルなんだから。食べるものはしっかり考えないと」
「でも、昨日といい今日といい、ダンゴール討伐していっぱい汗流したし、ちょっとくらい食べても太らないんじゃ・・・」
「だーめ!一回食べたら、また食べたくなっちゃうよ。最近それで太っちゃったでしょ?」
「・・・じゃ・・・じゃあ、せめてこの高級肉を・・・」
「それもだーめ、値段高過ぎ!元々私達の活動費カツカツだったんだから、何かあった時のために貯めておかないと」
ルリがちぇー、と拗ねた顔をする。
ムビは会話の内容がよく分からなかったので質問する。
「あのー、食事制限をされているんですか?」
「そうです。糖質を体に入れると太っちゃうので、炭水化物やお菓子は食べないようにしているんです」
「・・・ということは、白ご飯やパスタもNGなんですか?」
「そうなりますね。まぁ、アイドルなのでこれくらいは当たり前です。あっ、ムビさんは私達に遠慮せず食べて大丈夫ですよ!」
なるほど、どおりで定番と気を利かせて注文したポテトフライやピザが余っているわけだ。
思い返してみればムビしか食べていない。
むしろ、我慢の対象物を目の前に出され、美味しそうに食べるムビは『四星の絆』にとって目に毒だっただろう。
ルリが発狂したのもそのせいかもしれない。
「あの、俺『脂肪吸引魔法』っていうのを使えるんですけど、もし良かったら使ってみましょうか?」
『四星の絆』は数秒間静まり返った。
「・・・『脂肪吸引魔法』?」
「はい。文字通り脂肪を吸収して体重が軽くなるんですけど・・・」
「・・・それ、他の人に使ったことある・・・?」
「はい。『白銀の獅子』のメンバーにはよく使っていました。『Mtuber』も体型には気を遣うので」
「・・・吸引した箇所が変な風になったりしない・・・?」
「脂肪を付着させる場合は、少し手で解して形を整える必要がありますけど、吸引だけなら特に問題ありませんよ」
なんだろう、皆の声のトーンが低くなった。
獲物を前にした狼みたいな目をしている。
「・・・ムビ君!それ、私に使ってもらえないかな!?」
ルリが勢いよく手を挙げた。
「もちろん良いですよ。ただ、反動で吸引した箇所が3日くらい敏感になりますけど、それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫!やっちゃって頂戴!」
ルリが服を捲ってお腹を見せる。
「えっ!?お腹ですか・・・!?」
「そう!最近お腹に脂肪がついちゃったの!」
ムビは腕や足だと思っていた。
色白で肌が滑らかで、とても綺麗なお腹だ。
スラッとしていて全然太っているようには見えない。
「・・・全然太っていないと思うんですけど・・・」
「太ったの!ほら、こんな風に摘まめちゃうし!」
ルリは自分のお腹を摘まんで引っ張る。
確かに摘まめば分かるけど・・・それくらい良くないかな?
アイドルって厳しいんだなぁ・・・。
「では、いきますよ・・・?」
「いいよ!やっちゃって!」
ルリがお腹を突き出す。
ムビはお腹の前に手を翳す。
「”脂肪吸引”」
ムビの手とルリのお腹が光に包まれる。
数秒後光は消え、ムビの掌の上に小さな脂肪のお団子があった。
「取れましたよ」
ルリはお腹を摘まんでみる。
「・・・嘘ぉ!?摘まめなくなってるぅーーー!!・・・んっ!」
より強く摘まもうとして、ルリはビクッと体を震わせる
「魔法を使った後なので、3日ぐらい敏感になります。すみません・・・」
「ちょっと待って・・・”体重測定”」
ルリは自身に体重測定の魔法を唱える。
「・・・1キロ減ってるぅぅぅーーーーーー!!!」
「「「すごぉぉぉーーーーーーーーーーーい!!!」」」
『四星の絆』は拍手喝采した。
「ムビ君、本当にありがとう!・・・すみません、店員さんっ!」
「ちょっ、ルリ!?何する気!?」
「いいじゃないシノ!この魔法さえあれば何でも食べれるんだから!そうよね、ムビ君!?」
「ま・・・まぁ、太ることはなくなると思いますが・・・」
「ほらね!はいっ、プロデューサーのお墨付きいただきましたーっ!・・・店員さんっ!ポテトフライと唐揚げとマルゲリータとペペロンチーノ追加で!あとメロンソーダ!」
「そんな極大呪文ばかり!?」
「わ・・・私もメロンソーダ!あとハンバーガーも!」
「ユリまで!?」
「あら・・・では私もメロンソーダを」
「・・・えーい、私も同じものお願いしますっ!」
こうしてテーブルの上には、欲望の限りが並んだ。
「うめぇぇぇーーーーっ!脳みそがヨロコンデルーーーーー!!」
「こんなの食べるなんて何年振りだろう・・・!」
「久しぶりの糖質、最高に美味しいですわね」
『四星の絆』はアイドルとは思えないほど、テーブルの上の食料に夢中になった。
抑圧された欲望は解放されたら手に負えないというが、ムビはあまりの勢いに気圧されていた。
「あはは・・・喜んでいただけたみたいで良かったです・・・」
「ムビくんっ!スキルがなくなって動画編集できなくなったとしても、絶対に私達の傍から離れないでね!絶対だよ!?」
ルリがポテトフライを口に頬張りながらムビに言った。
「ふいー、食った食った最高ー♪あっ、店員さん、イチゴパフェお願いしますっ」
「「「あっ、私達も追加で」」」
炭水化物を散々食べた『四星の絆』はデザートタイムに突入した。
今は皆、3杯目のメロンソーダを飲みながら上機嫌に談笑している。
ふと、ルリはテーブルの上に置かれた自分の脂肪が気になる。
「ねぇムビ君、その脂肪ってどうするの?」
「あぁ、これは後で捨てようと思いますよ」
「ふーん」
突如、大量の糖分摂取で回り始めたルリの脳に電光が走った。
「・・・ムビ君。さっき、吸着もできるって言ってなかったっけ?」
「はい。できることにはできますが」
なんだろう。ルリの雰囲気がまた肉食獣のようになっている。
ルリは長く息を吐き、内に秘めた気配を押し殺すようにして言った。
「・・・じゃあさ。その脂肪、胸につけることはできる?」
シノがメロンソーダを噴き出した。
「ちょっ・・・ルリ!!!何言って・・・」
ルリがすっと手を挙げ、シノを制する。
「どうなんだい。ムビ君」
ムビは赤面しながら答える。
「・・・えっと、それは・・・。可能ではありますが・・・その・・・吸引と違って、吸着は直接触る必要があるんです・・・それに、さっきも説明しましたが、ただ吸着させると形が歪になってしまうので、手で解したりして整える必要があるんです・・・なので、まぁ実質無理というか。僕の魔法技術が足りなくてすみません・・・」
ルリが両肘をドンっとテーブルに打ち付け、顔の前で手を組んだ。
「構わん。やりたまえ」
シノの顔が真っ赤になる。
「何言ってるのルリ!アイドルなんだからそんなこと・・・」
「何を寝ぼけているんだね、トリプルAカップ!」
ルリの目がカッと開かれた。
「ト・・・大声で何バラしてんだお前ー!」
「何がバラすだ、一目瞭然だろうが!張れる乳も無いくせに見栄を張るな!足の掛場も無い断崖絶壁だろうがお前は!これ以上騒ぎ立てるならスリーサイズを暴露するぞ!」
シノは怒りと恥ずかしさのあまり、頭から煙を出して口をパクパクさせるしかなかった。
「シノさんの言う通りですよ!こんなことしない方が・・・」
「ムビ君、アイドルだからこそだよ」
ルリの瞳には一点の曇りも無かった。
こんなに清々しい顔のルリは見たことがない。
「君も男の子・・・いや、プロデューサーなんだから分かるだろう?持つ者と持たざる者の人気の差を。実力はあるのに乳が無いばかりに泣き寝入りした者が何人いると思う?努力が実るとは限らないが、君は乳を実らせることができる。私の望みを叶えることは、プロデューサーとして当然の責務だと思わんかね?」
「いやいや、普通に範疇外ですって!」
「君は、ユリの胸が当たったとき喜んだね?」
突然の指摘にムビは顔から火が出るかと思った。
「な・・・ななな、何を言って・・・・・・」
「とぼけても無駄だよ。私はシコい気配には敏感なんだ、以後気を付けたまえ。私も一つ告白をしよう。
私は君に胸を当てに行ったことがあるんだ、新任のプロデューサーへの挨拶代わりにね。君は、そのときの記憶があるかね?」
ムビは驚愕した。
「記憶に無いだろう?そりゃそうだ、記憶どころか胸が無いんだから。好き嫌いどころか記憶に残らない、それが私達貧乳の悲しい運命だ」
「達って・・・私も入れるな!」
シノが憤慨した。
「シノ・・・お前は私以上に背に腹が変えられない筈だ・・・。私はBカップ寄りだが、お前はトリプルA。私達は持たざる者なんだ。見ろ、あいつらを!」
ルリがユリとサヨを指差す。
「ルリはEカップ、サヨはDカップ。あいつらはな、今食べてる糖質がぜ〜んぶ乳に行くんだ。それに比べて私達はどうだ?何を食べたって腹や二の腕にしか行かねぇだろうが!お前にはこの苦しみが分かるだろう!?」
シノは雷に打たれたような顔をした。
ルリは聖母のような顔でシノを諭す。
「共に抜け出そう・・・。この何もない苦しみから。・・・さぁ、ムビ君!やっちゃって!」
「えぇっ!?・・・で、でも・・・・・・他のお客さんも居ますし・・・」
「大丈夫。皆こっち見てないし、君が焦って騒いだりしなければバレないだろう。君は恥ずかしがらず、仕事だと思って淡々と進めてくれたまえ」
「ムビ君お願い。救ってやってください、その悲しいバケモノを」
「シノさんまで!?」
・・・えぇい、こうなりゃヤケクソだ!
ムビは脂肪の球を手に取り、均等な大きさに分け両手で持った。
「・・・い・・・いきますよ・・・?」
「おう!ドンとこい!」
ルリが胸を突き出す。
ムビはルリの後ろに回り、ルリの服の中に手を入れる。
後ろから抱きしめるような形になり、ムビもルリも赤面する。
めっちゃいい匂いする・・・あれ・・・これなんかダメな奴なんじゃ・・・
ムビは脂肪の球を胸に当てようとして、邪魔な存在に気付く。
「・・・あの・・・すみません、これ取ってもらっても良いですか・・・?」
「えっ、・・・ブラ外すの!?」
「・・・す・・・すみません、直接触る必要があって・・・」
「・・・そ・・・そうだよね・・・。あはは・・・」
ルリは自分の背中に手を伸ばし、ブラを外す。
「・・・こ・・・これで良いかな?」
「はい・・・。じゃあ、いきます」
ルリの先程までの勢いは完全に鳴りを潜め、兎の様に縮こまっている。
服の中を弄られ、震えながらルリは思う。
・・・あれ・・・?
おかしいなぁ・・・、なんか思ってたのと違う・・・。
「”脂肪吸着”」
ムビの呪文が発動する。
「んんっ!?」
ルリが大きな声を出す。
「ちょっ、ルリ、声っ!」
ムビは、形を整えるため脂肪を捏ね回す。
「ああああああっ//」
ルリが腹から思いっきり声を出す。
口に手を当てようとする素振りを見せているが、力が入らないらしい。
「ルリっ、声ヤバイって!」
シノが自分の手でルリの口を塞ぐ。
ユリは顔を赤くし、サヨは面白そうに笑っている。
「ダメこれ!全然我慢できな・・・ふああああああっ!」
周りの客がジロジロこちらを見ている。
「すみません、何でもありませんからっ!あはは・・・」
シノが苦笑いして必死で誤魔化そうとするが、男が少女の服の中に手を突っ込んで、その少女の口をもう一人の少女が塞いでいる状態だ。
客観的に見て何でもないと言うのは無理があった。
・・・くそうっ、目視できないから形を整えるのが難しい・・・!
こうか!?こうか!?
「はああああああああああっ!!」
結局、"脂肪吸着”が終わるまで1分程掛かった。
ルリは肩で息をしていた。
「ど・・・どうですかね、上手くいきましたか・・・?」
ルリは自分の胸を触る。
「・・・あるーーーーーーーーっ!!私は貧乳をやめるぞシノォォォーーーーー!!」
「これ以上目立つなっ!・・・すみませんっ、お会計で!」
シノが流れるように会計を済ませ、『四星の絆』は素早く店を後にした。




