第107話 絶対エース
寝起きなのか、イヅナの目はトロンとしていた。
芸能に疎いムビも、イヅナのことだけは知っていた。
『エヴァンジェリン』の絶対エース。
『四星の絆』のみならず、ルナプロのアイドル達は、皆口々に『イヅナは化物』と言っていた。
先程会場で見たイヅナのパフォーマンスは、噂に違わず圧巻だった。
48人もいるのに、殆どイヅナにしか目がいかなかった。
セツナ、カエデ、ミナセだけが唯一存在感を出していたが、残りのメンバーはイヅナに完全に喰われていた。
肩までの黒髪はまっすぐで艶があり、その下から覗く切れ長の灰色の瞳。
間違いなく美少女ではあるが、ステージ上のイヅナから感じられた存在感———オーラを全く感じない。
それが逆に、不気味でしょうがなかった。
「イヅナ……久しぶり」
シノがイヅナに声をかける。
元仲間とはいえ、アイドルの頂点に立つ存在。
シノも流石に引け目を感じているのか、少し声が震えていた。
「えっと……誰だっけ?」
イヅナは首を傾げる。
雰囲気から察するに、煽りではなく、本当に覚えていないようだ。
「あははは!ほら、いたじゃない?途中で抜けていった中途半端なアイドルが」
ミナセが大笑いしながらイヅナの肩を叩く。
「そうだっけ……全然覚えてないや」
イヅナの声には、まるで感情がこもっていなかった。
それどころか、目の前にいる『四星の絆』に興味を持っていないようだった。
「久しぶり……なのかな?折角会えたけど、私すっごく眠いんだ。お腹も減ってるし……。また今度ゆっくり話そうね。皆、行こう」
イヅナは消えかけの浮遊霊のように、フラフラしながら馬車へ戻る。
セツナとミナセは見下すような笑みを『四星の絆』に向け、イヅナの後に付いて行く。
カエデも苦笑しながら3人に続いた。
「イヅナ」
シノに呼ばれ、イヅナはピタッと立ち止まった。
「私達、ここで公演することが決まったよ。必ず、『エヴァンジェリン』に追いつくからね」
数秒間、イヅナは立ち止まり———。
———直後、大きな欠伸。
「そ?頑張ってね」
そのまま『エヴァンジェリン』の四人は馬車に乗り込み、夜闇の中へ消えて行った。
「完っ全に見下されてたね」
喫茶店にて、『四星の絆』は憤慨していた。
「イヅナってば覚えてないですって!?同期なのに!ひどい!」
「ミナセは相変わらず嫌な感じでしたね」
「セツナの憎たらしさは総選挙1位ですわ」
各々が口々に愚痴をこぼす。
「皆分かってない。一番ヤバいのはカエデだよ……」
ルリが、ポツリと呟いた。
「カエデが?むしろ、一番いい子じゃない?」
「カエデの悪い噂は聞いたことありませんね……」
「そりゃそうだよ、あいつ徹底してるもん」
ルリがゴクリと喉を鳴らす。
「実は私ね、カエデにいじめられてたんだよね……」
「えっ、そうだったの!?」
3人は本気で驚いているようだった。
「レッスンの帰り、あいつが公園の猫に当たり散らしてるのをたまたま見かけて。止めに入ったら、絶対バラすなって脅されたんだよね。普段絶対に見せない、ゾッとするような顔してて。いつの間にか私の悪い噂も流されて、仲間やスタッフさんからも冷たくされるようになって……」
「それホントなの……?信じられない……」
「カエデといえば、『エヴァンジェリンの天使』って言われてるのに……」
ユリとシノは本気で引いている様子だった。
余程、カエデへの信頼が厚かったのだろう。
「ホントだよ。ていうかカエデは、ユリにコンプレックス持ってたんだよ。髪型やキャラ作りも、ユリの真似してたんだよ?」
「えぇっ!?嘘でしょう!?」
ユリが悲鳴を上げる。
「ホントだってば。ユリの名前叫びながら、子猫蹴ってたもん」
「こ……怖すぎる……」
「ホントのあいつは、マジでやばいよ。表向きのあいつは、完全にユリをトレースしてるだけ。私が『エヴァンジェリン』を辞めたのも、半分以上はあいつが原因なんだよね……」
ルリが苦笑する。
「『エヴァンジェリン』怖すぎますね。俺、『四星の絆』で本当に良かったです」
喫茶店に着いてから、ようやく発したムビの第一声だった。
「ほんとにねぇ。ムビ君、私達で良かったね?」
「ほんとにそうですよ。だから、あんなに馬鹿にされたのが悔しくてなりません!絶対に見返してやります!」
ムビはいい音を立てながら勢いよくコップをテーブルに置く。
その様子に、『四星の絆』は笑う。
「そうだね。まずは二ヶ月後のライブを成功させないとだね」
「今日のライブ見ながら、色々演出を考えました。演出は任せてください。絶対に『エヴァンジェリン』より盛り上げて見せます!」
「お?ムビ君、頼りになりますな~♪」
「ムビさんがそこまで言うなら、本当に楽しみですね!」
「何々?どんな風にするの?」
『四星の絆』が眼を輝かせてムビを見つめる。
「はい!まずですね……」
そのとき、ムビのスマホに着信があった。
エヴリンからだ。
「ちょっと待ってくださいね」
ムビは電話に出た。
「はい、もしもし」
「ムビ君!?大変よ!!」
エヴリンの声が狼狽している。
こんなに焦っているエヴリンは初めてだ。
「ど……どうしました……?」
「ルミノールアリーナから連絡があって……。二ヶ月後のライブ、『四星の絆』への貸出を中止するって!」




