第106話 四天王
『エヴァンジェリン』No.4のミナセ。
ムビは、顔を見て思い出した。
確かに、ステージ上にいた人物である。
薄い緑色の髪を高めの位置でツインテールに結んでいる。
「ふふっ……そんなに見つめられると、照れちゃうじゃない……♪」
ムビと目が合ったミナセはいたずらっぽく笑いかけた。
妖艶で挑発的な雰囲気。
そして圧倒的なオーラ。
美人はいつも『四星の絆』で見慣れている筈なのに、ムビは気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「なぁに、あなたたち?こんなところにいるってことは、ライブ見に来たんでしょ?『エヴァンジェリン』のファンにでもなったのかしら?」
『四星の絆』に視線を戻したミナセは、見下すような冷たい目をする。
「違うわ。私達、二ヶ月後にここでライブするの。今日はその下見」
「へぇ。それは驚いたわね。あなたたち、アリーナ公演するようになったんだぁ。そういえば、アイドル続けてたんだっけ?名前はなんていったかな……星屑の……なんだっけ?」
「『四星の絆』!」
シノの声には怒りの感情が含まれていた。
「あぁ、そうだった!そんな名前だったかしら。随分炎上しているイメージだけはあったのだけど」
ムビは『四星の絆』の全員がいら立っているのを感じ取った。
元々『四星の絆』は『エヴァンジェリングループ』に所属していた。
当時の知り合いなのだろうが、恐らく仲が悪かったのだろう。
と、そのとき、馬車から女性の声が聞こえた。
「ああーっ!ほんとにいるじゃん!」
少女が一人、またこちらに向かってくる。
整い過ぎてる外見、抜群のスタイル———間違いなく、この人も『エヴァンジェリン』のメンバーだろう。
「ユリ!シノ!ルリ!サヨ!皆久しぶり♪ライブ見に来てくれたの?」
少女は親し気に『四星の絆』に話しかける。
「あーっ!カエデじゃーん♪久しぶりー!今日のライブカッコよかったよー♪」
「ほんとー!?ユリに言われたらめっちゃ嬉しいよ♪」
カエデ———この人の名前は聞いたことがある。
確か、『エヴァンジェリン』のNo.3の人だ。
ゆるく巻かれた肩にかかるほどの栗色の髪に、大きな瞳。
この人は、『四星の絆』のメンバーとは仲が良かったのだろう。
「あなたは、噂のムビさん?」
「えっ……僕のこと知ってるんですか?」
「もちろんです♪『幽影鉱道』の配信も、記者会見も見ました♪臨界者なんてすごいですね!『幽影鉱道』では、皆を助けてくださってありがとうございます」
柔らかな人当たり。
そして星のように輝く笑顔。
間違いなく「いい子」なのだろう。
雰囲気といい、スタイルといい、なんとなくユリに似ている気がする。
「ねぇ———、いつまで待たせる気?」
氷のような声———。
カエデの登場により柔らかくなった空気が、一瞬で凍てついた。
馬車からまた、女性が一人降りてくる。
遠目からでも分かる、圧倒的な美人オーラ。
「セツナ———」
ルリが息を呑む。
芸能に疎いムビも、知っている名前だった。
セツナ。
確か、『エヴァンジェリン』のNo.2。
ライブでもひときわ存在感があったから、顔も覚えている。
淡い紫色の、肩のあたりでまとめたお下げ髪。
完璧に整った顔立ち、見惚れる程のスタイル———なのに、なぜだろう———支配者のような威厳を感じてしまう。
「あら。誰かと思えば『四星の絆』の皆さんじゃない。『エヴァンジェリン』に未練でもあったのかしら?」
「———そんなわけないでしょう?あなたのいる『エヴァンジェリン』なんて、クソくらえですわ」
サヨの髪が逆立っている。
ムビは、こんなに敵意をむき出しにするサヨを始めて見た。
「クス……。身の程も弁えない跳ね返りが、今ではすっかり落ちぶれて。大人しくしていた方が、少しはマシなアイドル生活送れたんじゃない?」
見下すようなセツナの態度に、サヨが危険な笑みを浮かべている。
瞳孔が開いている———。
「そんな言い方、ないんじゃないですか?」
ムビは反射的に仲裁に入った。
間に入らなければ、戦争でも起きてしまいそうな雰囲気だ。
「あら?あなた、確か『四星の絆』の———?」
「ムビと言います」
「ふーん。あなたも大変ね、こんな落ちこぼれ達のマネジメントなんて」
セツナは冷たい目をしながら、『四星の絆』を一瞥する。
「そんなことありません。俺は『四星の絆』が『エヴァンジェリン』を超えると信じています」
不意に出た言葉。
言ったムビ自身も、少々焦った。
『四星の絆』を励ましたい一心だったが、この相手には、攻撃的過ぎたかもしれない。
怒らせて、場の空気が更に冷えるのではないかと、ムビは内心後悔した。
しかし。
「あははっ♪面白い人ね、あなた」
以外にも、セツナは笑った。
———あれ?なんか大丈夫そう?
「ムビくん———だっけ?相当優秀なんだってね。どうかしら?『四星の絆』なんかやめて、私のマネージャーにならない?」
……えっ?
何を言って———。
「私、人を見る目はあるのよね。今よりも、何倍もやりがいがあるわよ?———断言するわ。私のマネージャーは、人生を捧げる価値があるわよ?」
じぃっと、セツナはムビを見つめる。
何だこの目は———。
引き込まれるような……全てを見透かされそうな———。
妖艶なセツナの眼差しから、ムビは目を逸らすことができなかった。
「ムビさん」
ポン、とサヨがムビの肩に手を置いた。
ムビはハッとし、我に返った。
「この色狂いの言葉に惑わされてはいけませんよ。担当マネージャーは皆、三ヶ月以内にやめてますわ」
そのままサヨはムビを後方に引き戻し、自ら前に進み出る。
「あら。色に狂えないアイドルなんて三流以下じゃない」
だからお前は三流なんだ……という、セツナの声が聞こえた気がした。
「それに勘違いしないで欲しいわ?やめたんじゃなくて、私がクビにしたの」
余裕たっぷりなセツナの態度に、サヨは笑みを浮かべる。
「あら、そうでしたの。ではさしずめ、首切り役人といったところでしょうか」
「———は?」
煽るような笑い方をするサヨに、セツナの声や表情にもついに怒気が混じり始めた。
二人とも一歩も退かず睨み合う。
空気がどんどん殺伐としていく———。
「ふわぁ~」
馬車から聞こえた眠そうな声が、その空気を和らげた。
少女がまた一人、馬車から降りてこちらに向かっていた。
「あら。起きちゃったの、イヅナ」
「だって、皆遅いんだもん」
ムビは、イヅナと呼ばれた少女の顔を見て驚いた。
この人、知ってる———。
『エヴァンジェリン』のNo.1———絶対エースの———。




