第105話 エヴァンジェリン
アリーナ公演までちょうど残り二ヶ月。
ムビと『四星の絆』は、会場の下見を兼ね、ルミノールアリーナのライブに来ていた。
「すごい行列……!」
「二ヶ月後には、私達のライブも、こんな風になるんだね……!」
ムビは今までライブに参加したことがない。
ゆえに、ライブの雰囲気を知るために、同じ会場でライブをするアイドルグループのチケットを購入した。
少しでもノウハウを吸収しようと、ライブのグッズ販売場所、お客さんの誘導経路、音響の位置などを細かくチェックする。
「ムビさん、ライブは人生初なんですよね」
「そうなんですよ。お客さんもすごい熱気ですね。なんだかワクワクします」
「そうですね。私達も久しぶりのライブ楽しみです……このグループでなければ、ですが」
シノの手には、『エヴァンジェリン』と書かれたチケットが握られていた。
「ごめんなさい……。ルミノールアリーナでこの時期に行われるアイドルのライブがこれしかなくて……」
「いえ、良いんです。気持ちは複雑ですが、『エヴァンジェリン』以上の見本は存在しません」
『エヴァンジェリン』。
世界最大のアイドルグループにして、芸能界における最大派閥。
CDの売り上げは50枚連続でダブルミリオンを突破し、『Mtube』の登録者数は1500万人。
世界ツアーも全て大成功で、国内外に多くのファンを抱えている。
「ムビさんは、『エヴァンジェリン』について、どれくらいご存知ですか?」
「実は、元々芸能に全然興味が無かったので、あまり詳しくなくて……」
「このご時世に『エヴァンジェリン』を知らない若者がいるとは!?」
ルリが驚愕した。
シノはニコッと笑って補足してくれた。
「私が説明します。『エヴァンジェリン』はメンバー48人で構成されており、言うまでもなく、現在国内音楽市場でNo.1の存在です。『エヴァンジェリングループ』内にも48人で構成されるアイドルグループがいくつも存在します。毎年総選挙で激しい人気争いが行われて、その順位次第で別グループに飛ばされたり、逆に『エヴァンジェリン』に昇格することもあるんです」
「要は、完全に人気と実力主義ってことね。初期メンバーが抜けて一時期勢いが衰えたこともあったんだけど、それを立て直したのが今の世代。今の勢いは、間違いなく初期メンバーの全盛期を超えているわね」
芸能に疎いムビでも、総選挙は知っている。
順位が発表される度に、アイドルが喜んだり泣いたりするあれだ。
「その人気を支えているのが、四天王と呼ばれる、総選挙1位から4位の存在です。毎年順位変動の激しい総選挙ですが、この4人の順位は指定席って言われています」
「まっ、私達が残っていれば、四天王なんて呼ばせなかったけどね」
ユリが軽口を叩いたところで、会場が暗転する。
まもなく、ライブが始まるようだ。
ステージ上で大きな爆発が発生し、煙に覆われる。
(これは……魔法?光属性に、炎属性……雷属性も?演出に魔法が使われているのか……)
会場のファンが大歓声を上げ、もう会話どころではなくなる。
風が吹き荒れ、煙が一気に晴れ、ライトが当たる。
ステージの上には、48人のアイドルが立っていた。
「皆さーん!今日は『エヴァンジェリン』のライブに来てくれて、ありがとうございますっ!」
一気に会場中がライトアップされ、曲が流れた。
歌声が会場内に響く。
あまりの美声に、一瞬でムビは虜になった。
そして、ステージ上で繰り広げられる圧倒的なパフォーマンス。
(なんだあれ!?人間の動きなのか!?)
会場中から上がる大歓声に、ムビは会場が割れるのではないかと思った。
(これが『エヴァンジェリン』……。ライブ初心者の俺でも分かる。これを超えるライブは、ひょっとしたら存在しないんじゃ……)
周囲の観客達が熱狂する中、ムビは『四星の絆』をチラリと見る。
四人とも、悔しそうな表情でステージを見つめていた。
ライブが終わり、ムビと『四星の絆』は会場付近のベンチに座り込んでいた。
周囲にはもう観客の姿は無く、5人だけがポツンと座っていた。
「ムビさん、初ライブはどうでしたか?」
「正直……めちゃくちゃ勉強になりましたし、めちゃくちゃ楽しかったです……」
「ですよね。私も、正直圧倒されました」
シノは唇をキュッと噛む。
「『エヴァンジェリングループ』は正直、他のアイドル達からは嫌われています。圧力でメディアへの出演は制限されるし、SNSでも業者を使って活動を妨害されるからです」
「それに私達は、昔色々あったから、特に、ね……」
「でも、あのステージは圧巻でした。歌もパフォーマンスも、実力は本物でした。だから、気持ちがすごく複雑で……」
「『エヴァンジェリン』なんかには絶対負けないって思ってたけど、あんなの見せられたらね……」
『四星の絆』は、全員表情が暗かった。
「大丈夫です。皆さんも、全然『エヴァンジェリン』に負けてませんよ」
「そうかなぁ……」
「そうです。俺は最近、皆さんの歌とダンスを間近で見てきたから、断言できます。皆さんならきっと、『エヴァンジェリン』を超えるアイドルグループになれると信じてます。まずは、二ヶ月後のライブを、『エヴァンジェリン』にも負けないライブに仕上げましょう!」
ムビの言葉に、『四星の絆』の表情も次第に穏やかになる。
「そうだね。私達、まだまだこれからだもんね」
「よしっ!明日からまた、一段と気合入れて頑張りますか♪」
そのとき、一台の馬車が通りかかった。
(こんな時間に馬車?)
馬車はムビ達の目の前で止まり、中から若い女性が降りてきた。
「あらぁ?シケた面したファンがいるなーと思ったら、あなたたちかぁ」
声をかけられた『四星の絆』の顔が、みるみる強張る。
「ミナセ……!」
ムビは、両者のただならぬ雰囲気を察する。
「あの……お知合いですか?」
シノが唇を噛む。
「ミナセ。さっきまでステージにいた―――『エヴァンジェリン』のNo.4。四天王の一人です」




