第101話 癒しの香り
ムビは紹介されたBLの本を読んでいた。
正直、一切興味がない。
男子学生同士の恋愛がテーマの本だった。
現実の男性心情とのギャップに、ムビは読めば読むほど引いてしまう。
うわぁ・・・なんでこんな展開に・・・。
「・・・どうですか?」
シノがおずおずと感想を尋ねる。
「・・・いや、面白いですね!この・・・なんていうか・・・一生懸命なところが良いですよね!」
シノの表情がぱぁっと明るくなる。
「本当ですか!?そうですよね!ムビさんなら分かってくれると思いました!」
「いやぁ・・・まぁ・・・ははは」
「ムビさんに布教できて良かったです」
シノは機嫌を取り戻したようで、ムビも安心した。
「良かったら、何冊かお貸ししましょうか?」
「・・・そ・・・そうですね、今度、また時間があるときに・・・」
その後、ムビとシノはモーニングルーティーン動画の打ち合わせに入った。
「目覚めの瞬間は大体ヤラセなので、一回起きてからカメラを設置して、起床シーンを撮影すればOKです」
「えっ、あれってヤラセなんですか?」
「まぁ、殆どはそうですね」
シノは少し考える。
「私、できればヤラセなしで撮影したいです」
「それなら、一晩カメラを回しておきましょうか。ちょっとベッドに寝ていただいてもいいですか」
シノはベッドで横になる。
ムビはカメラを設置し、ベストな画角を探す。
「この画角でカメラを設置しておきますね。寝る前に、電源を入れておいてください。あとは、歯磨きや洗顔、朝食のシーンですね。お化粧のシーンもあれば、女性ファンが喜んでくれると思います」
シノに実際の動きを想定してもらいながら、ベストな画角にカメラを数台設置する。
「これでよし。あとは、全部電源を入れて、今想定した動きをしていただければOKです」
「ありがとうございます、ムビさん」
シノがぺこりと頭を下げる。
時刻は21時を過ぎていた。
「それじゃあ明日もあるので、僕はそろそろ帰りますね。遅くまで、ありがとうございました」
「あの、ムビさん」
シノがムビを呼び止める。
「やっぱりちょっと不安というか。私、血圧が低くて、朝が弱くて。寝ぼけてミスをしそうな気がして。もしよろしければ、撮影の現場に居ていただけないでしょうか」
「あぁ、確かに・・・。分かりました。それでは、明日の朝にまたお伺いしますね」
「いえ、朝わざわざ来ていただくのも申し訳ないので・・・。良かったら、泊っていきませんか?」
「えっ」
ムビはドキッとした。
女子の家に上がるのも初めてなのに、お泊りなんてそんな・・・。
「お願いします。これからただでさえ時間がないのに、撮り直しになったら申し訳なくて・・・。ムビさんがいてくださったら心強いです」
そう言われたら、なんとか力になりたくなる。
「分かりました。すみません、ご迷惑をおかけしますが・・・」
「いえいえ。私から言い出したことですから」
シノはお風呂にお湯を溜め始めた。
その間、ムビとシノはココアを飲んでまったり雑談をした。
穏やかな時間が過ぎていく。
「そろそろお風呂が溜まる頃ですね。ムビさん、お入りください」
「いえいえ!シノさんから入っていいですよ」
「いえ、私長いので。私が先だとお風呂が冷めちゃいますから。ムビさんお先にどうぞ」
しばらく押し問答が続いたが、結局ムビからお風呂に入ることになった。
ムビは服を脱いで浴室に入る。
うわぁ、なんだかいい匂いがする。
お湯に何か入れてあるみたい。
浴室は水垢一つなく、ピカピカだった。
きっと日頃から、シノが掃除をしているのだろう。
シャンプーもボディソープも、凄くいい香りがする。
なんだかとても癒される。
湯船に入ると、湯加減も丁度良く、極楽そのものだった。
はぁ~~~気持ちいい。
シノさんにも温かいままお風呂に入って欲しいな。
100数えたら上がろう。
ムビは15分程で浴室から出た。
「すみません、上がりました~」
「あれっ、もうですか。ムビさん、早いですね」
「いえいえ、いつもこんなもんです」
風呂から出るとき、魔法で少しお湯を加熱しておいた。
一番風呂並みのあったかいお風呂になっているだろう。
「私、お風呂長いので、もし眠くなったら先に寝ててくださいね」
そう言って、シノは浴室へ向かった。
ムビはドライヤーで髪を乾かし、日課の『Mtube』視聴を始めた。
流行の動画や音楽を1時間程漁っていると、シノがお風呂から上がってきた。
「ムビさん、起きてらっしゃいましたか」
お風呂上がりのシノは卵のように肌がつるつるになっていた。
シャンプーのいい匂いで部屋が満たされる。
パジャマに着替えており、とても可愛らしかった。
「ええ。いつもこの時間は『Mtube』を見ているので」
「そうなんですね。あっ、お客さん用の歯ブラシもあるので、良かったら使ってください」
ムビとシノは、パソコンの前で一緒に歯を磨きながら『Mtube』の動画を見た。
動画を見ながら、隣でシノが笑ったり驚いたりしている。
至れり尽くせりというか、シノの家は癒しで満ちていて、なんだかとても落ち着く。
歯磨きが終わり、ひとしきり一緒に動画を見たところで、時刻は23時を回っていた。
「そろそろ寝ましょうか。ムビさん、ベッドをお使いください」
「ええっ!そんな、僕は居間の方で寝ますよ?」
「いえいえ、お客様を床で寝させるわけには」
「でもほら、明日モーニングルーティーンの撮影もありますし、シノさんがベッドで寝た方が」
「確かに・・・。それもそうですね。すみませんムビさん、ベッドで寝させていただきます」
シノは申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
シノは寝室の方へ向かった。
ムビは電気を消し、居間に敷いてある布団に包まる。
シノさんのお家、とっても居心地良いなぁ。
なんだかすごく癒されちゃった。
今日はぐっすり眠れそうだ。
15分程して、ムビはウトウトし始めた。
そろそろ眠りに落ちそうだな、と思っていた時。
キィ、とドアの開く音が聞こえた。
寝室からシノさんが出てきたようだ。
トイレだろうか。
「あの・・・ムビさん、起きてますか?」
ムビはすぐさま目を覚ます。
「はい、起きてますよ」
真っ暗で、シノの姿は見えない。
暗闇の向こうから、シノの声が聞こえてきた。
「本当に申し訳ないのですが・・・今晩、私と一緒に寝ていただけないでしょうか?」




