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第1話 Aランクパーティ『白銀の獅子』からの追放

「ムビ、お前はクビだ」


 重く低い声が宿屋の一室に落ちた。

 広間にはAランクパーティ『白銀の獅子』の5人が揃っていた。

 この街ルミノールで最も名の知れた冒険者集団——

 今日、ギルド史上初となるAランク依頼を達成し、凱旋したばかりの場面だった。


 その祝宴の余韻を断ち切るように、リーダー剣士ゼルは冷たく言い放つ。

 言葉の意味を理解するまで、ムビは数秒の沈黙に包まれた。


「・・・ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」


 ムビの声は揺れていた。

 突然の通告に戸惑いながらも、言葉に縋るように問いかける。


「はぁ?理由?」


 リゼがあざけるように笑みを浮かべ、冷たく言い放つ。


「アンタみたいな役立たず、クビにする理由なんて山ほどあるでしょ。いまさら何を聞くの?」


 女魔法使いのリゼは、心底軽蔑するような目つきでムビに歩み寄る。

 その瞳には、かつて仲間だった者への情けなど一欠片もなかった。


「安全な後方でぬくぬく撮影してるだけで、ろくに役にも立たない。 そんなあんたに報酬を払えって言うの?」


 リゼは冷たい笑みを浮かべながら、吐き捨てるように言った。

 その言葉は鋭い刃のようにムビの胸を突き刺す。

 祝宴だったはずの空気は、瞬く間に冷え切っていった。


 近年、世界規模で爆発的に普及した動画プラットフォーム——『MTube』。

 誰もが冒険や日常の一瞬を配信できる時代に突入し、人気チャンネルは視聴数に応じて莫大な報酬を得るまでになっていた。


 なかでも花形ジャンルは、“冒険者関連動画”。

 迫力ある戦闘、生死をかけたミッションの舞台裏、人間模様。

 高ランクの冒険者パーティは専属の『動画編集者』を雇い、撮影・編集・投稿までをメディア戦略として運用していた。


 ムビは、3年前——『白銀の獅子』が創設された初期から動画編集者として加入した。

 当時は無名の集団だったが、今やルミノールで唯一となるAランク冒険者の栄光を手にし、登録者数180万人を誇るトップMTuberとして絶大な人気を誇っている。


「リゼの言うとおりだ。カメラなんて、後方に設置しておけば済む話だろ」

 

 ゴリが腕組みをしながら、低い声で同調する。屈強な体躯から放たれる言葉は、重みを帯びていた。


「最近の動画編集者ってのは、戦闘にも参加するのが当たり前らしいじゃないか」


 ムビの視線が揺れる。

 頼りたかった仲間の一人が、あっさりとリゼの意見に乗った。


「せめて私のように、回復やバフの後方支援ができれば良いのですが・・・」


 マリーが静かに言葉を添える。

 その口調こそ優しいが、言葉の棘はムビの胸を突いた。


 4人の仲間から突きつけられた拒絶に、ムビの頭の中は真っ白になった。

 言葉も浮かばず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。


 ゼルはひとつため息を漏らし、顔を伏せたまま言葉を継いだ。


「いいか、ムビ。お前も俺たちと同じくレベルは40を超えている。だが——攻撃も、防御も、スピードも・・・ 正直、レベル1の頃とほとんど変わっていない。どれだけ才能がないんだ、お前は?」


 ゼルの言葉には怒気が込められていた。


「お前のレベルを少しでも上げようと、わざわざ魔物を瀕死にしてお前にトドメを刺させてきた。

 だが——結果は?全部、無駄だったよ」


「ほんとそう。あんたの分の経験値があれば、今頃もっとレベルアップしていたはずだわ」


「・・・それは・・・本当に、ごめん・・・」


「ごめんで済む問題じゃないんだ!」


 ゼルが怒りに任せ、勢いよく机を叩きつける。

 ドン!という音が空気を裂き、場の緊張がさらに高まった。


「魔物の攻撃一発で死にかねないお前を守るために、こっちは常に余計な負担を背負ってる。 実際、今日の依頼でも何度もパーティが危機に陥った。 Bランク以下の依頼ならともかく、Aランクともなれば話は別だ。お前の面倒なんて見ていられない。正直今日は、お前が死んでくれた方が、ずっとマシだと思ったよ」


 あまりの言葉の嵐に、ムビの胸が締めつけられる。

 喉の奥が熱くなり、視界が滲んでいく。


 悔しい・・・

 悲しい・・・

 俺は・・・そこまで、嫌われていたのか・・・?


「それから——お前の“スキル”についてだ」


 ゼルの声が静かに落ちると、空気がさらに重く沈んだ。


 “スキル”——

 それはこの世界で、生まれた者すべてが一つだけ与えられる固有の能力。

 誰もが持つが、誰も選べない。

 その中身次第で、人生の軌道は天と地ほどに分かれると言っても過言ではない。


 ある者は、剣の達人として。

 ある者は、魔法の天才として。

 そして、ある者は——何の役にも立たない、名ばかりのスキルを抱えたまま生きることになる。


「対象者に力を分け与えるバフ系スキルだったか?レアスキルと聞いて期待はしていた。だが、結論から言おう。はっきり言ってゴミだ。 お前がスキルを使っても、俺たちのステータスは微塵も上がらないじゃないか。足手まとい以外の何なんだ?」


 言葉は次々と叩きつけられる。


「俺の『剣聖』、リゼの『大魔道』、ゴリの『金剛体』、マリーの『大僧侶』—— どれも実戦で効果を発揮する、本物のスキルだ。 お前のそれと比べることすら失礼なくらいだよ」

「いや、スキル自体はもしかしたら悪くないのかもしれないわ。ただ、あんたがゴミ過ぎるだけなのかもwww」


 その笑い声は、まるで刃を突き立てるようにムビの胸を抉った。

 仲間だったはずの言葉が、今や彼を踏み潰す武器になっていた。


「最後に——お前の唯一の仕事だった動画編集についてだ」


 ゼルは低く、決定を告げるような声で続ける。


「すでに代わりを見つけてある。別のAランクパーティで動画編集の経験があり、ステータスも優秀で戦闘にも参加可能な人材だ。お前より、遥かに“使える”」


 ムビの心が音もなく沈んでいく。


「以上を踏まえ、お前を『白銀の獅子』から追放する。何か質問はあるか?」


 ・・・質問。

 ここまで言われて、今さら質問なんて・・・。


 自分なりにではあるが、パーティのために全力を尽くしていたつもりだった。

 まさか、仲間からこんな風に思われていたなんて。

 悔しく、情けなくて、手の震えが止まらなかった。


「・・・仲間だと思っていたのは、俺だけだったのか?」


 ポツリと、絞り出すように、その言葉を発した。


 その瞬間——

 リゼが、堪えきれないとばかりに吹き出した。


「あははっ!なにそれ、ウケる!」


 その笑い声は、ムビの心を容赦なく踏み潰した。


「逆にさぁー?あ・ん・た、私たちのこと、仲間だと思ってたの??」


 リゼの声に、嘲笑と驚きが入り混じる。

 その目はムビを値踏みするように細められていた。


「お荷物?いや、お荷物に失礼ね!あんたはねー、ただのゴ・ミ♪お荷物未満のキモ~いガラクタよ?戦闘中、後方でコソコソと撮影してるだけの姿——ほんっと、キモ過ぎて無理だったんだけどww 」


 リゼは、まるで笑い話でもするように肩を震わせて笑った。

 その笑い声は空気を裂き、ムビの心を完膚なきまでに引き裂いた。


 ゴリとマリーも、つられるように笑い出した。


「いや、仕方ない。俺たちが優しくしていたのがいけなかったんだ。ムビにもプライドがある。せめて最後は気持ちよく送り出してやろうじゃないか」

  「そうですね、今後のムビさんのますますのご健勝をお祈りしましょう」

  「いやいや、こんな無能拾うパーティとかいないから!」

  「おいおい、リゼ、正直過ぎるぞww」


 場の笑いが波のように広がる。

 だが、その中心にいるムビだけが、音のない深海に沈んでいた。


「ほーら、早く出て行きなさいよ」


 リゼはコップに入った水をムビの顔にかけた。

 ポタポタと水滴がムビの足元に滴った。


 ・・・・・・・・・・・・。


『白銀の獅子』の姿は、笑い合い、喜びを分かち合う、理想の仲間そのものだった。


 もちろん、その中にはもうムビは含まれていない。

  いや、最初から含まれていなかったのかもしれない。


「分かった。俺は、パーティを出ていくよ」


「今までご苦労。ああ、そうだ、装備品は置いていけ。それは『白銀の獅子』の所有物だからな」


「OK。ただ、動画撮影用のカメラは俺の私物だから、持っていくよ」


「いいだろう。そうだ、Mtubeのアカウントからも今日中にログアウトしておけよ」


 こうして、動画編集者ムビは『白銀の獅子』から追放された。

 部屋から出たムビは、濡れた顔を拭い、二度と振り返ることなく宿を後にした。

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