エルフの森の謎
ルナリアに導かれ、森の奥深くへと進んだ二人の目の前に、信じがたい光景が広がった。 そこにあったのは、巨木そのものをくり抜いて作られた、幻想的な「樹上都市」だった。 地上百メートルはある大樹の枝と枝が、発光する蔦の吊り橋で結ばれ、木々の洞には柔らかな灯りがともっている。風が吹くたびに、都市全体が葉擦れの音と共に優しく歌うような音色を奏でていた。
「すげぇ……。これが、エルフの都……」 リオがポカンと口を開け、首が痛くなるほど見上げている。 それは、彼が幼い頃に母から聞かされたお伽話そのものだった。美しく、清らかで、穢れのない理想郷。
だが、その感動はすぐに冷や水を浴びせられた。 都市の入り口にある昇降機へ近づくと、行き交うエルフたちが一斉に足を止め、二人を見たのだ。 好奇心ではない。警戒と、恐怖と、そして明確な排斥の眼差し。 特にリオに向けられる視線は冷たかった。彼らはヒソヒソと耳打ちし、子供を抱き寄せて遠ざかっていく。
「……居心地が悪いな」 リオは帽子を目深に被り直し、自嘲気味に呟いた。 「もっとこう、歓迎の宴とか期待してたんだけどな。これじゃあ、泥棒が入った時の村人を見る目だ」
「余計な期待をするなと言ったはずだ」 ルナリアは振り返らずに冷たく告げた。 「彼らは怯えているのだ。最近、森の結界が不安定になり、魔物が領域内に侵入する事件が多発している。そこへ得体の知れない人間と『混ざりもの』が現れれば、警戒するのは当然だ」
カイは周囲の視線を無視し、鋭い感覚で街全体の空気を探っていた。 (……ただの排他主義じゃない。空気が澱んでいる) 美しい街並みとは裏腹に、そこには戦場前夜のような張り詰めた緊張感が漂っていた。魔力の流れが不安定で、まるで街全体が熱病に冒されているようだ。 「ルナリア。この街の異変は、いつからだ?」
「……半月ほど前からだ。精霊たちの声が聞こえなくなり、代わりに夜な夜な、地の底から不気味な呻き声が響くようになった」 ルナリアの表情に陰りが差した。 「長老のもとへ急ごう。この異変の原因が、お前たちの持つ破片と関係があるのなら――」
その時だった。 風向きが変わり、森の奥から強烈な腐臭が漂ってきた。 それは生ゴミのような、あるいは肉が腐ったような、甘ったるく不快な臭いだった。清浄な森の空気の中では、あまりにも異質すぎる。
「ッ! この臭いは……!」 ルナリアが顔色を変え、正規のルートを外れて茂みの中へと走り出した。 「おい、どこへ行くんだ!」 カイとリオも慌ててその後を追う。
数百メートルほど走った先で、ルナリアは立ち尽くしていた。 追いついた二人は、その視線の先を見て息を呑んだ。
「なんだよ……これ……」 リオの声が震えた。
そこだけ、森が死んでいた。 半径五十メートルほどの円状に、草木が黒く枯れ果て、ドロドロに溶けた地面が露出している。周囲の巨木は白骨のように漂白され、葉を落としていた。生命力に満ち溢れた「永遠の森」の中にぽっかりと空いた、醜悪な黒い傷跡。
そして、その枯れた大地の中心に、見覚えのある物体が突き刺さっていた。 黒く、青白い光を放つ石片。 湿原で商隊が運んでいたものと、そしてリオが懐に持っているものと、全く同じ魔力を放つ「破片」だ。
「ここにもあったのか……」 カイが呻くように言った。 石片の周囲では、黒い霧のような瘴気が渦を巻き、周囲の植物から生気を吸い上げているのが見えた。
「なんてことだ……。ここは『癒やしの泉』があった場所なのに……」 ルナリアが膝から崩れ落ちそうになるのを、弓を杖にして辛うじて堪える。
リオは臭いに顔をしかめながらも、魔法使いとしての目で石片を観察した。 「……カイ、ルナリア。あれはただ落ちてるんじゃない。地面に『植えられて』る」 リオが指差す。 「石片を中心に、魔力のパスが根のように伸びてるのが見えるか? あれは『強制的に魔力を吸い出すポンプ』だ。誰かが意図的にこれを設置して、森の力、つまり世界樹の力を吸い取らせて枯らそうとしてるんだ」
「意図的に……だと?」 ルナリアの瞳に怒りの炎が宿った。 「誰が、何のためにこれほどの冒涜を……!」
「それを知る手掛かりが、ここにあるかもしれん」 カイが石片に近づこうとした、その瞬間。 ズズズ……と地面が震え、石片から噴き出す黒い霧が一気に膨張した。
「下がれッ!」 カイが叫び、二人を制止する。
黒い霧が集束し、一つの巨大な影を形成していく。 霧の中から現れたのは、森の守護獣――本来ならば神聖な存在であるはずの、巨大な大角鹿だった。 だが、その姿は見る影もない。 美しい毛並みは抜け落ち、爛れた皮膚からは膿が滴り落ちている。瞳は血の色に染まり、口からは凶暴な唸り声と共に瘴気を吐き出していた。
「嘘だ……フォレスト・ロード(森の主)まで……」 ルナリアが絶望的な声を上げた。 「穢されてしまったというのか……!」
正気を失った守護獣が、血走った目で三人を見下ろす。 もはや言葉も、祈りも届かない。 あるのは、殺戮への衝動だけだった。
承知いたしました。 エピソード4の完結編となる**【パート2:穢れた守護獣と、魂の試練】**を執筆いたします。
ここでは、冷徹に見えたルナリアの「脆さ」と、それを支えるカイとリオの活躍を描き、三人の関係性が「監視者と不審者」から「仲間」へと変わる瞬間を描き出します。
エピソード4:エルフの森の謎
【パート2:穢れた守護獣と、魂の試練】
狂気にかられた守護獣、フォレスト・ロードが咆哮と共に突進してきた。 腐敗した巨体が地を蹴るたび、汚染された泥が飛び散る。その速度は、巨体に見合わぬ疾風の如き速さだった。
「ルナリア、撃て!」 カイが叫ぶ。 だが、ルナリアは弓を構えたまま動けなかった。その手は小刻みに震え、矢を放つことができない。 「で、できない……! あれは『アルディ』……私が幼い頃から森を守ってきた友だ。私には、殺せない……!」
彼女の迷いは致命的だった。 守護獣の巨大な角が、ルナリアを串刺しにせんと迫る。
「くそっ!」 カイは舌打ちし、ルナリアの前に割り込んだ。 ガギィィン! 金属音が森に響く。カイは長剣の腹で角の一撃を受け止めたが、凄まじい重量に膝が折れそうになる。 「ぐぅぅ……ッ! なら、殺さずに止める! 手伝え、リオ!」
「無茶言うなって! 相手は暴走トラックみたいなもんだぞ!」 リオは悲鳴を上げながらも、その手は素早く動いていた。懐から数個の小さな玉を取り出し、地面に叩きつける。 「『閃光玉』!」
カッ! 強烈な白光が炸裂し、守護獣の視界を奪った。 獣が怯んで悲鳴を上げる。
「今だ! 『粘着の蔦』!」 リオが続けて魔法を発動させる。地面から急成長した魔法の蔦が、守護獣の四肢に絡みつき、その巨体を地面に縫い留めた。
「よし、動きを止めたぞ! けど長くは持たない! ルナリア、早く正気に戻してくれ!」 リオが叫ぶ。蔦はミシミシと音を立て、今にも引きちぎられそうだ。
カイは剣を構えたまま、呆然とするルナリアを怒鳴りつけた。 「何をしている! 殺せとは言っていない! 守護者なら、友を救って見せろ!」
その言葉が、ルナリアの迷いを断ち切った。 彼女はハッと顔を上げ、涙を拭うように強く目を見開いた。 「……すまない!」 彼女は矢筒から、特殊な銀色の矢を引き抜いた。鏃には鋭さはなく、代わりに清浄な魔力を帯びたクリスタルが埋め込まれている。
ギリリ……と弦が限界まで引き絞られる。 彼女は深呼吸し、狙いを定めた。狙うは眉間、魔力の源。
「森の嘆きを鎮めたまえ――『浄化の矢』!」
放たれた矢は一筋の流星となり、守護獣の額へと吸い込まれた。 着弾の瞬間、衝撃ではなく、柔らかな光の波紋が広がる。 守護獣の全身を覆っていた黒い瘴気が、朝霧のように浄化され、空へと溶けていった。 獣は一度だけ大きく鳴き声を上げると、糸が切れたようにその場に崩れ落ち、穏やかな寝息を立て始めた。
* * *
戦闘が終わり、森に再び静寂が戻った。 ルナリアは眠る守護獣の首筋を優しく撫で、その無事を確認すると、深く安堵の息を吐いた。 そして立ち上がり、カイとリオの方へ向き直った。
「……礼を言う。お前たちがいなければ、私は友を殺すか、あるいは共に死んでいただろう」 その声は、これまでになく殊勝で、震えていた。 「私は守護者失格だ。私情に流され、足手まといになった」
「誰にだって撃てない相手はいるさ」 リオが帽子を直しながら、軽い調子で言った。 「それに、殺さずに助けられたんだ。結果オーライだろ? 汚れ仕事とサポートは僕たちに任せて、あんたは綺麗にキメてくれればいいのさ」
カイも剣を鞘に収め、短く告げる。 「気にするな。契約のうちだ」
ルナリアは二人をじっと見つめた。 不審者。汚れた血。そう蔑んでいた者たちが、誰よりも勇敢に森を守り、自分を救ってくれた。彼女の中の氷のような偏見が、音を立てて溶け落ちていくのを感じた。
「……前言を撤回する」 ルナリアは右手を胸に当て、深く頭を下げた。それはエルフにとって、対等な戦士への最大の敬意を示す礼だった。 「カイ・アルディン。リオ・フェリウス。お前たちは汚れた存在などではない。……誇り高き、森の盟友だ」
リオは目を丸くし、それから照れくさそうに鼻をこすった。 「へへっ……盟友、ね。悪くない響きだ」
* * *
黒い石片を回収し、守護獣を安全な場所へ移した後、三人はさらに奥へと進んだ。 目指すは、この異変の根源が眠る場所。 世界樹ユグラナスの根元へと続く「禁足地」だ。
やがて、巨大な樹皮が複雑に絡み合い、門の形を成している場所にたどり着いた。 その前に、一人の老人が立っていた。 いや、老人に見えるが、その肌は樹皮のようで、髪は苔のように緑色をしている。森の意志を代弁する精霊、「木霊」だ。
「……ここから先は、世界樹の聖域」 木霊の声は、枯れ葉が擦れるような乾いた響きだった。 「人間よ、そして混血の子よ。なぜ深淵へ踏み込む? 力欲しさか? それとも名誉か?」
木霊の瞳は空洞で、覗き込む者の心を映し出す鏡のようだった。 カイが一歩前に出た。 「世界を救うなどという大義はない。だが、何者かが意図的に毒を撒き散らし、理不尽に森を殺そうとしているのなら――それを見過ごすつもりもない」 カイの言葉に迷いはなかった。それは、かつて理不尽な命令で仲間を失った男の、静かな怒りと正義感だった。
木霊は小さく頷き、次にリオを見た。 「混血の子よ。お前は何を求める? お前を拒絶した森を、なぜ救おうとする?」
リオは一瞬言葉に詰まったが、ルナリアの方をちらりと見て、それから真っ直ぐに木霊を見た。 「……僕は、どこに行っても半端者だ。人間でもエルフでもない。でも、だからこそできることがあると思ったんだ」 リオは自分の胸に手を当てた。 「人間とエルフ、両方の血が流れている僕なら、いがみ合う二つの種族の『架け橋』になれるかもしれない。……なんてね、ちょっと格好つけすぎかな」 自嘲気味に笑うリオだったが、その瞳は真剣だった。
木霊は長い沈黙の後、カカカと笑った。 「よい答えだ。強さよりも、その『迷い』こそが、真実を見る眼となるだろう」
ゴゴゴゴゴ……と地響きが鳴り、絡み合っていた根が解かれていく。 ぽっかりと開いた暗闇の入り口。そこからは、冷たく湿った風と、あの不快な腐臭が漂ってきた。
「行け。深淵の囁きが待っている」
三人は顔を見合わせた。 言葉はいらなかった。 カイが先頭に立ち、ルナリアが弓を構え、リオが明かりの魔法を灯す。 彼らは暗闇の中、世界の運命を変える地下迷宮へと足を踏み入れた。
ルナリア・フェイヴァルについて
基本情報
名前: ルナリア・フェイヴァル (Lunaria Faerval)
年齢: 135歳(エルフの年齢としては成人期)
性別: 女性
種族: エルフ
職業: エルミラ王国の精鋭「森の守護者」
役割: カイとリオの案内人であり、森の試練を共にする仲間。また、物語全体において重要な秘密を握る存在。
外見
身長: 170cm
体型: 華奢で引き締まった体格。無駄のないしなやかな動きが印象的。
髪色: 銀色に近い輝く長髪。陽光に当たると淡く青白く光る。普段は肩甲骨までの長さを編み込んでいる。
瞳: 深いエメラルドグリーン。目が合うだけで相手の心を見透かすような鋭さがある。
服装: 緑と茶を基調とした軽装のローブと鎧。肩や胸元には森の紋章が彫られた金属製の装飾が施されている。エルフ独自の技術で作られた軽量の防具は、動きを妨げない設計になっている。背中には森の木材から作られた精緻な弓を背負い、腰にはエルフ特有の短剣を携えている。
性格
誇り高く冷静
エルフの中でも特に誇り高く、冷静沈着。余計な感情を表に出さず、状況を客観的に判断する力がある。
外部から来た人間に対しては基本的に冷淡で距離を取る態度を崩さないが、その根底には「森と世界樹を守る」という強い使命感がある。
実直で規律を重んじる
長く「森の守護者」として過ごしてきたため、規律や役割を重んじ、無駄を嫌う。
規則に従わない者や軽率な行動を取る者には厳しく接するが、実は心の中では「柔軟な思考」の必要性も感じている。
内心の葛藤
一見して冷徹に見えるが、内心では自分の行動や信念に葛藤を抱えている。森の異変に対して何もできない無力感、そして「深淵の囁き」の封印が今にも崩れる危機感が彼女を苛んでいる。




