9 貴族の面子 後
山賊問題の裏側? 王城はやっぱり怖いところ。
山賊を切り捨てても、装備を汚さないのは侍女のたしなみです。そして、30人程度で主の行程を止めないのはフェルグラント家に仕える人間の基本なのです。と胸を張って言えるフェイラルド・テスタロッサです。
さっさっと街道整備を終えたレグナ様は、事情説明のために護衛を1人だけ残し、馬車は先を目指しました。後のことは、巡回しているアルファロ家の人達にお任せです。万が一山賊の援軍が来ても、仲間の醜態を前に戦意を保てないでしょう。
そんなことよりもお嬢様のお勤めに遅れないことの方が大事です。
だったのですが。
「これはこれは、フェルグラント嬢、今回は災難でしたな。」
王城につくなり、羽虫に絡まれて遅れそうです。まあ、王太子とのお茶会なので多少遅れても問題はないと思います。むしろ流して、その責任をこの羽虫に押し付けたい。
「災難とはどういうことですか?ストエン様。」
「えっいやいや。」
首をかしげるレグナ様の後ろに控えながら私は、笑いをこらえるのに苦労しました。王城の貴族様というのはどうしてこんなに愚かなんでしょう。
「聞きましたぞ、街道で山賊の襲撃に合われたとか。その様子を見る限りではご無事だったようですが、フェルグラント家の御令嬢をあのような目を合わせるとは、アルファロ家の手腕を疑ってしまいます。」
「どこでそんな噂を?」
「いやー、どこだったかな。兵士達から聞いたので出どころは。」
小首をかしげてとぼけるレグナ様に、ストエン卿はまゆを顰めましたが、余裕を崩さずそれっぽい理由を述べました。まあ、それ以前の問題なんですけどね。
「ストエン様、畏れながら私の道中は平穏無事なものでした。どこで聞いた噂か存じませんが根拠のない噂で、そのように取り乱されるのはいかがなものかと。ねえーフェイ。」
「はい、アルファロ家の街道管理は非常に丁寧で、街道にはゴミ一つ落ちていなかったです。我々としては日々助かっています。」
フェルグラント領は魔境から人類を守る防波堤です。そんな場所と王都を繋ぐ街道の管理を任されているアルファロ家も優秀で信頼のおける貴族様です。今回の山賊騒ぎでも、財政や兵力への負担こそあれ、一般人への被害はまったくございません。
だというのに、この羽虫さんは、どこでそんな噂を聞いたのでしょう?
そんな無粋で愚問なことを言葉にするわけにもいかず。主従そろって上品に微笑んでストエン様のお言葉を待ちますが、キョロキョロと視線を泳がせるばかりで返事はかえってきません。なんか「まさか。」「タイミングは伝えたはず」とかブツブツ言ってましたが、追求しないのが淑女のたしなみです。
「レグナ、ここにいたのか。」
と、タイミングよく待ちかねた王太子がレグナ様を探しに来てしまい、話はそこまでとなりました。
「運が良い、いや悪いかたですね。」
ペコペコと、レグナ様をエスコートする王太子に頭を下げるストエン様ですが、眼中にもはいっていないでしょう。王城でこうなってしまえば、彼と出会うことはもうないでしょう。
お茶会は、和やかなものでございました。先日のようなアクシデントも起こらず、季節の花や近く行われる国王陛下の誕生祝いについて、熱心に議論を交わすお二人の様子は大変仲睦まじく、年相応に笑われるレグナ様は大変愛らしかったです。
お茶会という形をとっていますが、そこで交わされる会話は、国の次代としてのお役目を果たすための重要なものでございます。祝いの席で振る舞う料理の食材や来賓の座席配置などホストとして準備をすすめる王太子のためにレグナ様は各地の貴族たちの最新情報を集め、お伝えするために本日はいらしています。
「アルファロ家の領内で山賊騒ぎか、面倒だな。」
「大森林の重要性を考えれば致し方ないかと。」
その中には、当然、山賊騒ぎも含まれるわけです。
「まだ、未確定ですが、山賊の大半は捕らえられたようです。」
「それは・・・。」
あれ? なぜこちらを見るんですか王太子様。意中の女子の前で目移りとは不誠実ですわよ。うん、これは浮気ですね、レグナ様がいるというのに・・・。
「フェイ!」
冗談、冗談ですわ。難癖つけて切り捨てようなんて思っていませんわよ。
「フェルグラント家の家紋も特徴をわからないほど視野の狭い方々でしたわ。」
山賊程度でどうこうできるほど、フェルグラント家の人達はやわではありません。歯牙にもかけないと言ったほうが適切でしょうか。
しかし、おかしいです。山賊と遭遇したことも駆除したこともお話していませんが。
「数日前から城内で妙な噂が流れていた。すぐにアルファロ家に確認し、根も葉もないことだとはわかっていたが、わざわざフェルグラント家の名前をだして騒いでいるやつがいた。」
なるほど。これはこれは。山賊の紐をたどったら面白いことになりそうです。
「だとしても許せん。お、おれのレグナに危害を加えようとは。」
あらあら、照れつつも怒りを示すのはポイントが高いですわね。
我々からすれば邪魔な石を排除しただけのこと。問題にする気はございません。親方様も静観するとのことでしたし。
「我々は、山賊をとらえるアルファロ家の兵士さんたちとすれ違っただけです。」
レグナ様のこのお言葉が全てです。
使い捨ての山賊を使って、何やら悪だくみをしている人がいたとしても。
その山賊が、複雑な事情を抱えていて、致し方なく山賊行為をしていたとしても。
騙されたと知った山賊さん達が、報復するために、行動を起こしたとしても。
「街道と大森林の保全はこれまで通りアルファロ家に任せる。でよろしいかと。」
さすがはレグナ様、それこそが正しい反応でございます。自分の役目を超えて何でもかんでもするのは貴族としては3流です。己の分を正しく理解し役目をこなして2流。他者の領分や能力を理解し協力して大きな役目をこなして一流なのでございます。
あっ、近く催される国王陛下の誕生祝の話ですわ。フェルグラント家からは魔境で獲れた食材や花々を、各地の名産品を届けるための街道の整備はアルファロ家が担う。そういう話でございます。
ちなみに、長い長いお茶会を終え、王城で一泊してお嬢様が帰る頃には、アルファロ家から山賊討伐の報がとどき、この問題はあっさりと解決しました。
その後、北の方でちょっとした騒ぎが起こったらしいですが、お嬢様の日常は変わりなくです。国王陛下の誕生祝いは、盛大に行われ、その一旦を担った王太子とレグナ様の評価は更に高まりました。
さすがはレグナ様、私の主は今日も有能です。
フェルグラント家「なんか、通り道にゴミ(山賊)いたから蹴散らしたけど、掃除したのはアルファロ家だからねー、うちは何もしてないよ。」
アルファロ家「令嬢にお見苦しいものを見せて申し訳ない。清掃活動に一層力をいれますねー。」
フェルグラント家「王様の誕生祝も近いし、一層頑張ってくださいねー。」
みたいなやり取りがなくても貴族なら察する必要があるというお話でした。




