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4 優雅な一日 後 

 侍女さんは、主一家も強いのです。

 馬というのは賢い生き物なんです。だから相手を選ぶんですよ。と豆知識を披露したフェイラルド・テスタロッサです。乗馬も侍女ならばお手の物です。

「ははは、どうだ、レグナ。速いだろう。」

「マル兄様、ちゃんと前を見て走らせてください。」

 大丈夫です、お嬢様、万が一落ちても、お嬢様だけは無傷でお助けします。

 朝食後、休む間もなく、アル兄様に連れられて、レグナ様はとおがけにでれました。まだ1人での乗馬を許されていないレグナ様はアル兄様が抱えるようにご一緒され、私はその横に付き従うように馬を走らせます。本来ならば私が手綱を握るか、馬車を用意したいところだったのですが。

「レグナは俺と乗ろう。なんなら、フェイも一緒に乗るか?」

「いえ、私はそばに控えさせていただきます。」

 相談の間もなく、アル兄さまがそう判断されれば侍女としては従う他、ありません。まあ、兄妹の仲はよろしいので微笑ましい光景です。

 あっでもさすがに私がアル兄さまと相乗りしてしまっては、外聞が悪いです。そのあたりの距離感があいからずおバカなアル兄さまです。

 ちなみに、このとおがけはけして、遊びではありませんよ。


 フェルグランド領の大半は豊かな自然です。魔物の脅威が多いゆえに、人々の生活圏は城壁に囲まれた各地の集落や都市部に集中していて、一部の腕に自信のある開拓民たちが村を作り、領兵の巡回と自衛による治安維持をしています。

 そして、最大戦力である、領主様やそのご家族が積極的に領内を見回るのは義務なのであります。

「よーし、今は野イチゴがなっているはずだからな。たくさん採るぞ。」

「野イチゴかー、ジャムにしたいなー。」

 ええ、けして遊びではありません。レグナ様は、お勤めにも楽しみを見つける素敵な感性の持ち主なのです。野イチゴは魔物を誘引する可能性があるので、見つけたら収穫するか焼くのがマナーですから。それでも毎年春になると森には群生するのですから、不思議です。

 

 馬を走らせることしばらく、私たちは領地にある一つの森へとたどり着きました。

「よし、お前たちはここで待つんですよ。」

 長時間の乗馬で固くなった身体を柔軟でほぐすお二人を横目に、ここまで乗せてくれた馬たちをねぎらい餌と水の入った桶を配置します。

「一時間とかからないと思いますが、いい子で待っているんですよ。」

「「ひひーん。」」

 馬は賢いです、そしてフェルグラント家の馬は強靭で視野も広いので何かあれば自分で逃げることもできるし、命令すれば素直に従います。

「くれぐれも。」

「「ひー。」」

 まあ、一応ダメ押しはしておきます。なぜか、アル兄さまがいらっしゃるときはやんちゃになるんですよね、この子たち。

「フェイ、アナタはいいの?」

「お嬢様、侍女たるもの、いかなる時でも万全に動けるようにしておくものですから。」

 ああ、侍女にも気遣いをされるレグナ様はなんと慈悲深いのでしょう。

「そうだぞ、こんなのフェイにとっては運動の内にもはいらん。俺だって、お前に付き合っただけだ。」

 ナ~に張り合ってるんでしょうね、こののうきん。

「さて、本日のメインは野イチゴでしたわね。レグナ様、ご案内いたします。」

 エスコートするために手を差し出せは、嬉しそうに手を繋いでくださいます。普段は凛としていますが、私やご家族の前ではこのような子どもらしい振る舞いをしてくださるのは、眼福、いえ光栄の至りです。

「うーん、今年はちょっと多いか?」

「はい、今年は雪解けが早かったので豊作ですわ。」

「うん、うれしい悲鳴だな。」

 自然と先導し、剣で草木を切りながらアル兄さまが確認され、私は端的に説明します。先ほども言いましたが、野イチゴはこの時期の恵みの一つですが、同時に魔物を誘引する危険なものであります。ゆえに野イチゴ狩りは、実力が確かな人間がチームを組んで行うのですが。

「フェイ、アル兄さま。」

 最初に声をあげられたのはレグナ様でした。

「いいぞ、良く気づいた。」

 わずかな振動と風に混じった匂い、木々の不自然な動き。それら統合し違和感を見つける、経験で習得する勘と呼ばれるものですが、レグナ様の勘は天性のものです。

「よっちゃーいっちょやるか。」

 いると分かれば見つけるのは容易く、マル兄さまは剣を頭の上に構えて茂みへと突撃し、私はそっとレグナ様をかばうように近づきます。

「・・・二人とも気づいてたんでしょ?」

「そんなことはありませんよ。」

 レグナ様の視線と意図を見抜くのは侍女の基本です。


 自然の森というのは意外とデコボコしています。木の根っこや枝ははたくましく育っていますし、下草はぬかるみは用意に足を取ります。

「ははは、逃がすかー。」

 そんな中を軽々と走り抜けるアル兄さまは身軽なゴリラのようでした。レグナ様が見つけられた獲物に向かって邪魔な木々を切り開きながら最短距離を駆け抜ける様子は、竜巻のようです。

「フェイ、これって森が痛まない。」

「いいえ、残念ながら、どちらもこの程度ではへこたれません。」

「アル兄さまは頑丈だから。」

 いえいえ、それでも野イチゴを踏みつぶさないように避けながら進んでいますよ。指摘すると調子に乗りそうだから言いませんが。

 さてさて、森の奥にいたのは、クマの魔物でした。黒く変色した毛皮に、得物の血が固まって変色した牙と爪。冬の間に山にこもっていた個体が豊富過ぎる魔素によって魔物かしたのでしょう。もともとの巨体は倍以上に膨らみ、4足歩行なのに頭の位置がアル兄さまよりも高いです。

「ぐるるるわ。」

 クマはアル兄さまに気づき立ち上がり威嚇をします。あれほどの巨体が2足歩行になるとまるで壁。ですが。

「ほ、っほいと。」

 その壁を蹴りあがり、アル兄さまはクマを軽々と飛び越えます。

 これはひどい。

「楽勝。」

 反対側に着地したアル兄さまを追ってクマが振り返りますが、その身体と頭はその意思に反して崩れ落ちます。

「ふふん、どうよフェイ。王都で磨いた俺の剣技は。」

「最悪です。」

「ええ!」

 得意げなアル兄さまですが、これでは減点です。すれ違いざまに首を切り落とす技量はさすがですが、噴水のように吹き出る血でお召し物や森が汚れしまいました。魔物の血は森の植物にはあまりよろしくないですし、なにより。

「あとで洗濯するランドリーメイドたちが気の毒じゃないですか。」

「ぶへ。」

 魔法で生み出した水球をたたきつけて応急処置をしましたが、アル兄さまの鎧やお洋服はは雨のように降り注いだ血で汚れてしまいました。

「アル兄さま、剣を使うのでしたら、返り血を浴びないようにように素早く避けるか、血が出ないようにするべきですわ。」

「無茶いうな!父上だって、遠征のたびに返り血塗れになってるじゃないか。」

 うーん、アル兄さまはお館様譲りの剣技の達人ですが、スマートさが足りませんね。毎回ランドリーメイドに謝るのは私なんですよ。

「フェイ、それ違う。これだけ血の匂いがしたらまずいことを怒ろう。」

「ええ、レグナまで。」

 それは些細な事ですよ、お嬢様だって。

「「「ぐああああああ。」」」」

 クマの魔物は最初から何頭もいましたから。


 レグナ様が見つけられたのは一頭。ですが、魔物は種族を超えて群れをなします。一頭見たら10頭はいると思うべきです。まあ、どこぞの羽虫さん達と比べればマシですわね。

「いいですか、レグナ様。アル兄さまのような乱暴なことをしてはいけません。」

 とびかかる狼の魔物とすれ違いざまに振り下ろすのは鞘付きの刀。ごきっと嫌な音を立てて狼は動かなくなります。

「魔物も生物、ならば首を切り落とせば倒せるのは当然です。ですが、倒すだけなら首の骨を折ればいいのです。」

 そう、このように。

 突撃してくるイノシシは足元の石を蹴り上げて視界を防げば勝手にぶつかり体制が崩れるのでサクッと頭蓋をくだき。

「うききき。」

 木の上からこちらをうかがっている猿には、短剣を投げつけて木に縫い付け。

「もらった。」

 たら、木ごとアル兄さまによって叩き潰されました。

「どうだ。これなら血はでないぞ。」

「それだと素材が取れないじゃないですか。」

「猿なんて食うところないからいいんだよ。」

 それもそうか。潰して地面にめり込ませれば穴を掘る必要がないから効率的かもしれません。

「フェイ、アル兄さま、そういうことじゃないと思う。野イチゴが。」

「「それは配慮しています(わ)。」

 土壌を傷めて野イチゴが収穫できなくなってしまったら意味がありませんからね。

「フェイ、山分けだ、あと3頭ずつ。」

「了解ですわ。」

 あら、競争だと言い出さないあたりアル兄さまも成長されたようですね。これは私もがんばらないといけません。

 なお、レグナ様は私たちが狩りと死体の処理をしている間にたくさんの野イチゴを収穫してくださいました。10歳ゆえに本格的な戦闘訓練はまだですが、この落ち着きよう、なにより私やアル兄さまの実力を寸分を疑わない信頼と魔物を前にしても平然とされている度量は素晴らしいですが、末恐ろしくもありますね。


「あなたたちレグナがいるのに狩りをするってどういうことかしら。」

 そう、炎と氷と雷を背負って私たちを見下ろす奥様のように、才気煥発な恐ろしい人になることでしょう。

「ち、違うんだ母上、俺だってマール姉様だってこのくらいの年に魔物狩りに参加していたじゃないか。」

「そのときは、お館様が怒られていましたねー。」

 懐かしいですわー、お二人が初参加されたときは、お館様がものすごく張り切って森が大変な事になっていました。

「ふふふ、フェイ。なーに楽しそうしているのかな?あなたも同罪よ。」

 いえいえ、私はアル兄さまの命令に従っただけですわ、奥様。

「主人の行動があれなら、止めるのが侍女の努めと教えたはずよ。」

「じ、侍女長。いつのまに。」

「最初からよ。」

 ご、ごめんなさい。侍女長、お説教はあとでちゃんと聞きますから。今はお嬢様の夕ご飯の準備とジャム作りのお手伝いを。

「貴女はアル様のお召し物を洗濯しなさい。」

「ま、まってください、無理ですよ、あんながっつりな汚れ。」

「いえ、シミの一つもなくなるまできれいになるまでは、レグナ様のお世話は他の者に任せます。」

「い、いやー、それだけはご勘弁を。」

「問答無用。」

 ずるずるとランドリールームに運ばれていく中、アル兄さまはアル兄さまで、奥様の魔法でボロボロにされていました。

「・・・あれの洗濯はしなくてもいいですか?」

「想定して、それ用のお召し物です。」

 さすが侍女長です。この気遣いは私には出来ません。

 やはり、侍女は1人ではなく、協力してこそですわ。

「いいから、いくわよ。」

「いやーーーー、落ちない洗濯ものは勘弁してください。」

 知ってますかみなさん、血の汚れってまじで落ちないんですよ。布を傷つけないように絶妙な力加減で洗わないといけないからものすごく大変なんですからね。


 フェイ「そもそも汚れて困る恰好で狩りに行くなというツッコミは聞こえませんことよ。」

 アル「次は血も残さず切る。」

 

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