2 一匹いたら30匹はいると思うべきです。
色々と裏がありそうな人間関係です。
引き続きお茶会会場からお送りしています。フェイラルド・テスタロッサです。
「ワーグナ侯爵令嬢は、思い込みの激しいことで有名でな。年齢も近いということで僕にふさわしいのは自分だと思っているようで・・・。」
「不敬で切り捨てましょう。」
羽虫さんは頭の中身も羽虫のようですわね。
「フェイ、口を挟まない。」
「はい。」
確かに私が言うまでもありませんね。スバル様はまだ10歳、将来を決めるのはまだ早いとか、私が支えますとか夢を見ている御令嬢も多いことでしょう。
「子どもの戯言ということで、大きな問題にはなっていなかった。親も身分をわきまわていたし、直接僕に言い寄るとか、ありもしない事実を話すなんてこともなかった。」
なるほど、それでも御耳に入るぐらいには大きな声で、夢を見ていたと。
「親であるワーグナは有能な文官でな、戦働きこそできないが、どこの部署でも人気なのだが。」
「鳩の娘は、鳩でなくカラスであったと。」
さすがはレグナ様、的確な表現ですわ。なるほどそれならばスバル様にはほんの少しだけ同情してしまいます。場合によっては見逃してあげるしかないですわね。場合によってはですけど。
「わかっている、分かっているからそんな獲物を見定める目をしないでくれないかな。普通に怖いから。」
「フェイ!」
あらら、私としたことが、どのように解体するか想像してしまいました、いけません。まだまだスバル様は発展途上、御屋形様の了承なしに教育的指導をするのはいけませんからね。
「頭がお花畑な令嬢が夢を見るのは、仕方ない。いくらレグナが魅力的でも、僕たちはまだ10歳だ。なんとか自分を押し込めるんじゃないかと、親だって夢を見てしまうんだ。」
うーん、これは、どうしたものか?
いや、レグナ様がうれしそうなので加点しておきましょう。不本意ですが、スバル様のレグナ様への思いは本物です。言い訳しつつもいい言葉が自然とでているわけですし。
「でもおかしい、ワーグナ嬢がここまで来れるなんてありえない。」
賢いお子様なのも良いです。まあ、疑問に思う程度では、レグナ様にはまだまだ及びませんねー。
「問題は先ほどの騎士もどきもですわ。いくら平和で安全な王城とはいえ、部外者が雑な装いをしただけで、やすやすと侵入できてしまうんですから。」
ここは成長を促すために黙っているべきなんでしょうけど、私は殿下の教育係ではありません。
「フェイ、口を閉じていなさいと私は言ったわよねー。」
「はい。」
おっと怒られてしまいました。でもレグナ様もお優しい。
「そうか、騎士。あの男が手引きをしたと考えれば。いや待てあんな怪しいやつが通れるような警備じゃないはず、となると、もっと。」
おやおや、婚約者を前に考え込むのはよろしくないですよ、スバル様。そんな様子を微笑ましく見守るレグナ様の手前これ以上の助言はできませんが、頑張っていただかないと。
「レグナが今日、ここに来ることを知り、なおかつ警備体制を把握し手引きが可能となると上位貴族、公爵たちがそんなバカなことをするわけがない。だとしたら、侯爵以下で・・・。」
おまけにアナタとレグナ様の婚約に不満を持っている人。と思うおが普通ですけどね。
「ラグナ嬢を唆して、このお茶会に水を差すのが目的?いやそんなことをすれば、ラグナ家も騎士もただじゃすまない。下手をしたら国を二分するような状況になっていたかもしれない。」
そうそう、ラグナ嬢のような輩がお茶会の場に来れた時点で、警備関係者は顔を青くしていることでしょうね。王族と上位貴族に悪意をもった人間に気づかなかった。それだけで無能のそしりは避けられません。
まあ、こんな風に考えている時点で手遅れですね。
「殿下、考え過ぎなのはよろしくありません。今回は警備の問題。関係者には厳重注意をした上で、耐性の見直しを優先ですべきかと。」
「あ、ああ。そうだな。とりあえずこの場の人員は増やすよう指示はだしてあるから。」
うんうん、さらっとフォローをいれるレグナ様の優しさ素晴らしいです。不埒もの介入程度であたふたするのは度量を問われます。害虫駆除なんてさっさっと済ませてこの場は楽しむくらいが正解なのです。
「あとは、此方に任せてくれ。今日はレグナと話したいことがたくさんあるんだ。」
「スバル様・・・、うれしいです。」
そうです、そうです、今日のホストであるスバル様の一番の役割は、レグナ様をねぎらい歓待すること。羽虫の処理なんてものは、下々に任せておけばいいのです。
最高級のお茶とお菓子。丁寧に用意されて花を見ながら穏やかに談笑されるお二人。その姿を見れば夢などを見る令嬢など現れないというのに。
中庭の安全が確保されたことを確認しつつ、そっと距離をとりながら、私は横でダラダラと汗を足らずお付きの人にニコリと微笑みます。
「しばし、お任せします。」
「はっはい、フェイラルド様もお気をつけて。」
社交辞令とはいえ、私の身を案じてくれるのはちょっとうれしいものですねー。それ以上に久しぶりの逢瀬にゴキゲンなレグナ様の尊さを見れたからでしょうか。ツバサが生えたかのように身体が軽いです。
さてはて。羽虫というのは、見えないうちに増えているもので、一匹いたら30匹はいると思いましょう。そして、可及的速やかに巣を破壊する、これが大事です。
「な、なんだ貴様は?」
王城から拝借した剣で、うるさい羽虫の前足を切り飛ばす。害虫というのは同じ羽音を絶てるものですねー。
「きょ、狂犬だ。フェルグランドの狂犬がでたー。」
そして、すぐに逃げ出そうとする。ただ逃がすと新しい巣を作られるので逃がさないように素早く蹴倒していきます。
「数は一人だ。」
「無理だ―。」
最初は元気な羽虫達ですが、すぐに大人しくなります。しょせん羽虫なのですぐに大人しくなります。コツとしては動きの速い虫から切り捨てることですね。判断が早い羽虫を潰せばたいていの群れは抵抗を辞めます。
「わ、私は何もしていない。」
一番太って醜い羽虫のお決まりの羽音を聞き流しながら、手足の筋を浅く切りつけます。
「ひ、ひいい。」
痛みから上がる悲鳴がうるさいのですが、喉を潰すと事情を聞きだすのが手間なので今は我慢です。
「あ、謝ります、謝りますから、おバカな令嬢を唆してお茶会に水を差して、辺境伯家と王家の仲を邪魔した不届き者としてワーグナが裁かればよし、あわよくば不仲が加速すれば。」
「まったく・・・あのお嬢様は。」
もう何度も聞いた羽音に、うんざりしてそんな言葉でてしまう。
「そ、そうだ。あのような黒が王族に入るのは間違っているんだ。お前も国を思うなら私にぐえ。」
聞くに堪えない妄言。あまりに耳障りなので、喉を潰してしまいました。まあ、王城の医師たちの魔法はそこそこですから、この程度ならすぐに回復することでしょう。
「あああああ。」
というか罪を認めてサインする腕以外はいらないですけどねー。
ああちなみにですが、この羽虫さんが黒幕なことは、夢見がちな羽虫さんが持っているお薬で察しがつきました。あの薬、持っているだけもアウトなやばいお薬なんですよ。
夢見がちな令嬢の相談に乗るフリをして、思考を誘導。スバル様をお守りするという使命感を植え付けて、簡単な悪戯をさせる。侯爵令嬢ともなればボディチェックも甘い。万が一、億が一にもレグナ様に被害があればよし、失敗しても裁かれるのは令嬢とその実家である。巧妙に隠蔽すれば令嬢を唆した相手が自分だとは気づかれない。
羽虫さんって、自分の存在がばれるわけがないと根拠のない自信を持つんですよねー。
メンドクサイから、放置されていただけなんてことも気づかずに、自分たちがうまく隠れられていると思っている。
皆様だって、森や山にいって虫を殺すなんて面倒な事はしませんよね。
でも家の中に入ったり、周囲を飛び回られたらどうでしょう?
「おっと、そろそろ戻りませんと。」
そろそろお茶のお替りをご用意し、あれならば上着をご用意しないといけません。
「では、片付けはお任せしますよ。」
王城の優秀な人材ならば、残りの関係者をあぶりだして、掃除ぐらいはできるでしょう。
本来ならば侍女たる私が、レグナ様のお傍を離れることはあってはならないことです。ですが、慈悲深くもレグナ様は、このような事態において羽虫の処理を手伝うようにご命令されます。
フェルグランドと王家、引いては王国の安寧を乱すものをレグナ様はお許しになりません。御両親から受け継いだ正義感と知性。それにより先見の明に優れたレグナ様は、今回のお茶会の出来事も予想されていたことでしょう。知ったうえで囮になられた。
ならば侍女である私としては、その意思を理解し、レグナ様の正義を執行する刃となることも求められるのです。
「フェイ、おかえり。」
戻ると楽しく歓談をされていたのに、即座に気づいて微笑みかけてくださります。邪魔にならないように気配を決して控えていたのですが、レグナ様には通じません。
「えっいつのまに?」
スバル様やお付きの人も驚いているので、気配は上手く消せているはずなのですが、レグナ様の才覚は私ごときに図れるものではございません。
「お替りをもらえるかしら。」
そして余計な事はおっしゃれずにお茶のお替りを所望される。私が期待を裏切る可能性など微塵ももっておられない。この信頼、いえ度量には心酔を通り越して信仰を覚えてしまいそうです。
ああ、うちのお嬢様が素敵すぎてやばい。
フェイ「必要とあれば王城の人間すべて・・・。」
レグナ「ハウス。」