18 恋愛はお嬢様にはまだ早いです。前
貴族の恋愛事情な話、になる予定です。
侍女たるもの、主のためならば如何なる場合も逃げ出してはならないのです。ですが、それでも逃げ出したいときというのはあります。と、絶賛逃亡中のフェイラルド・テスタロッサです。ごきげんよう。
「はいはい、こっちは行き止まりっすよ。」
「騙されませんよ、ラドリー。」
眼前で仁王立ちしてニヤニヤと笑うラドリーの脇を避けて壁を蹴ってその頭上を飛び越える。
「あっみえ。」
「見えませんよ。」
この程度の動きでもスカートもその下の足を見せるような無様は曝しません、そのままラドリーを置き去りにして目指すのは廊下の先にある出口です。
はい、私、今、最大の脅威を前に、絶賛逃亡中なのです。改めましてごきげんよう。
「ふぇーーーい。」
いけません、もう追いつてきました。
「いいーかーげーん、諦めなーよ。」
間延びした声とともに、いつの間にか正面に回り込んでいた彼女の姿と声を確認して、私は着地と同時にクイックターン。来た道を引き返します。
「おっと、今度は通さないっすよ。」
しかし、その先には先ほど交わしたラドリーが余裕の笑みを浮かべて待ちかまえていました。なるほど、あえて避ける余裕を残しておいて、先回りした彼女と挟み撃ちをするのが狙いでしたか。
「ふふふ、同じ手は使えないっすよ。」
「卑怯ですよ、危ないですよ、そこから動きなさい。」
「いやっす。」
わざわざ調度品である鎧とツボの近くに立っているんもズルイ、これでは先ほどのような立ち回りは愚か、乱暴な手段は難しいです。例え、危機が迫っているとはいえ、あくまで私事、それで城内を傷つけるわけにはいきません。
「くっ、どうすれば。いや、ここは、やはりラドリーを倒してでも。」
「物騒っす、クララさん早く来てっす。」
「もう居ますよー。」
「「ひい。」」
声と共に肩をがっしりとつかまれて、私達は悲鳴を上げてしまいました。振り返れば、リボンや飾りがたくさんついたお仕着せを着た同僚がニコニコと笑っていました。リボンで膨らんだお仕着せとは対照的に、シュッとして整った顔、深みのある青い髪を結んで肩から手前にたらしている姿は美しい。美しいのですが、今はそれが巨大な蛇のように恐ろしく感じます。、
「あれー、ラドリーまでおどろかないでーよー。」
「いやいや、気配がなかったす。心臓に悪いっす。」
そこだけは同意しますよ、ラドリー。
「クララさん、今は。」
「明日は王城へ行くんでしょう―。だったらおしゃれしないとよねー。」
クララさんは、メイクアップメイド、いわゆるスタイリストさんです。お館様や奥様を中心に領主一家の着るものを用立てたり、着付けやお化粧などをする方です。パーティーや行事などでは私達、侍女たちや兵士さんの装いまで用意してくれる凄腕なのですが。
「さあ、おしゃれしましょうねー。」
「遠慮させてください。私はいつも通りで構いません。お城に行く前に着替えますし。」
人を着飾るのが大好きすぎるのが欠点なんです。何かと理由を付けては、私達侍女を着飾り、化粧を施そうとしています。普段から美容には気を付けている私達は素地はいいらしいですが、彼女にかかると一段も二段も上がってしまいます。
まあ、めっちゃ時間かかりますけどね。
「うんうん、だいじょーぶ。今度の登城は奥様もご一緒されるからー、私も一緒だよ。」
「だったら、奥様やメイナ様の準備で忙しいでしょう。」
「そっちはーだいじょーぶ、準備万端ー。だからね。」
これはダメなパターンですね。思えば奥様とメイナ様の両方が、明日に備えて休みなさいと命令されたのも、このためだったと・・・。
「お嬢様とーおーくさーまーに恥をかかせるわけにはいかないからねー。」
そんなことを言わなくても逃げません、いや逃げられません。一度捕まれば最後、どんなに抵抗してもクララさんから逃れることはできない。捕まれば最後、解放されるまで大人しくしておく。それがルールです。
「がんばるっすよー。」
「覚えてなさいね、ラドリー。」
ひらひらと手をふる同僚を憎らしく思いつつ、私はそのまま連行されました。何があったかは省かせていただきます。
それから数日後、再びの御公務で登城されたメイナ様に付き添った私は、王太子に、生温かい目で迎えられました。
「なるほど、今日はクララ嬢も一緒に登城されているのか。」
「あっ?」
開口一番、慈しむべく婚約者ではなく、その侍女を見て半笑いとか舐め腐ってますね。
「フェイ!」
「申し訳ありません。お嬢様。」
お嬢様が止めてくださらなければ、その口を縫い合わせて差し上げたというのに・・・。
「似合っているから、拗ねないの。」
拗ねてなどおりませんわ。ただ、殿方の不躾な視線が気に入らないだけでございます。
「まあでも、フェルグラント家のクララ嬢と言えば、王族やほかの貴族からも依頼が来るほどの腕前と聞く。実際、その手腕を目の前にすると、驚かされる。メイナもフェイラルド嬢は、もともとも美しいが、今日は一層輝いて見える。」
「殿下・・・。」
あらあら、惚気られてしまいました。なんだかんだ、メイナ様を大事にしている点で評価できるんですよねー。
「というか、今日はアリア様も登城されているのか。これは母上が何か企んでいるとみるべきだな。」
それはそれ、これはこれでございませんか? 王太子
「殿下、失礼ながら、今日はメイナ嬢とお話があったのでは。」
指摘してやろうかと思ったら、殿下の側近さんがそっと諫めてくれました。うんうん、そうです、仕える者として時には主を諫めないと。
「そうだったな。今日は、メイナに私の側近候補と会ってもらいたい。将来的には君の手足ともなる人間だ。今後の顔を合わせることも多いと思ったので、まとめてな。」
「側近、決められたのですか。」
真剣な顔で話し合うメイナ様とスバル様。なかなかに絵になりますが、今日は一段と、美しいですわ、メイナ様。
数日の馬車旅の疲れを感じさせないプルプルの肌に、艶のある髪。素の美しさがカンストしているメイナ様に化粧は最低限、ですがその最低限のおかげで顔の輪郭がいつも以上にくっきりし、丁寧に編み込まれた髪とともに露になったうなじは、少女と分かっていてもドキリとしてしまう。そんな危うさと美しアを引き立てるのは、絶妙なバランスで着飾ったドレスです。リボンやフリルでふんだんに飾られた身体は、一枚の絵画のようでございます。
この姿を見れば、王太子に横恋慕なんて無謀な輩は現れないでしょう。
お二人は許嫁同士、スバル様は次期国王である王太子様、この国の未来は安泰ですわー。
「フェイラルド嬢もよろしく頼む。くれぐれも、くれぐれも。」
おや、お嬢様に見惚れている間に話が進んでしまいましたわ。ええっと側近候補の話でしたか?
「正式な決定は、来年度、メイナが入学したときに行われる。2人は本決まりだが、後は候補だ。」
「試用期間というわけですか。ずいぶんと気が早いですね。」
「在学中に見定めるというのは慣例なんだ。次代を育てるという意味でな。」
側近というのは、王直属の臣下のことです。秘書から護衛とその仕事は多岐に渡りますが、王が不在のときはその代理をすることもある国の最高権力者の一つでもあります。慣例としては、王と年の近い人材から、直属の護衛と秘書、政務担当と外交担当の4人程度が選出され、王の仕事を支えます。護衛と秘書に関しては。
「はい、畏れながら、私達が。」
いつもスバル様に付き添っているお付きの人と、何かと私に対抗意識をもやしてくるお二人でしたか。順当ですね。此方の視線に気づいて、フォローができる優秀なお付きの人と、負けん気の強いの護衛様なら、メイナ様に不埒なことをする心配もないですしね。
「問題は、他二つなんだがなー。」
「お二人クラスとなるとなかなか難しいでしょうねー。」
「それこそ、アルフォード殿やマル―ラ様だと安心なのだが。」
いえいえ、あの二人に政務とか外交は無理でしょに。むしろ、嬉々してかき乱して、お付きの人が過労死しますよ。
「というわけで、今日はその候補たちと会ってほしい。ぶっちゃけるとメイナ達の意見も聞きたい。」
どこか遠い目をしながら、そういうスバル王子に対して、底知れぬ不安を感じたのは私だけではないでしょう。
その場にいた4人が起こりうるトラブルを予想してため息をつかれました。これはいけません。
「大丈夫ですわ、メイナ様。相応しいかどうかなんてものは、ふるいにかければおのずと知れるもの。害なる存在となるならば、切り捨てて差し上げます。」
「「「「それをやめてほしいの。」」」」
あらら、私以外で声をそろえるなんて、みなさん仲良しで羨ましいですわ。
フェイ「着飾るよりも着飾りたいです。」




