17 季節感は無視できない 後
魔物退治をそっと添えて。
魔物を狩るのは本来、兵士さん達の仕事。ですが強力な魔物を狩るときはその限りではなく、切り札的な存在であると自負のあるフェイラルド・テスタロッサですわ、ごきげんよう。
冬の貴人は季節関係なく発生する厄介な魔物です。
「もう、機嫌なおしてほしいっす。久しぶりに一緒に仕事をするのにそんな態度だとお姉ちゃん、さみしいっす。」
「貴女は私の姉ではありませんわ、ラドリー。」
寒さの気配に向かって馬を走らせること3日。目標地点付近は、季節外れの雪で真っ白に染まっていました。そこにある小屋を拠点に雪の貴人について調べたり作戦を立てたりする準備に3日。7日目の朝に私達は最後の休憩と打ち合わせをしています。
「でもでも、城に残っていたメンバーなら、自分たちがいくのが一番早いっす。それがフェイだってわかっているっすよね。」
「わかっていますが、感情は別問題です。」
冬の貴人は発生し、そこにいるだけで周囲への影響が凄まじい。それは小屋の外の雪景色をみれば明らかです。何度も討伐された記録もあり、訓練されたフェルグラントの兵士さん達なら、討伐は可能です。しかし、兵士さん達が動くには時間とコストがかかります。身軽で実力も確かな私達、あるいはお館様や奥様が遠征に行くのが正しい対応というのはわかるのですが。
「一週間もレグナ様のお傍を離れることになるなんて。」
思えばレグナ様がお生まれになってからこれほど離れたのは初めてです。はい、正直に言いますと寂しいのです。あの素敵なご尊顔を見ることも、鈴を鳴らしたような美しい声をもう一週間も聞いていないのです。
「ああ、レグナ様、風邪などひかれていないでしょうか。朝晩のお茶の味はちゃんとお好みのものをだされているでしょうか。今週は新しい課題にとりくまれていましたし、甘いお菓子も。」
「そこは、侍女長が万時抜かりなくやってくれてると思うっすよ。」
「そんなことはわかってますわ。」
お館様も奥方様も留守にされていますから、侍女長やほかの侍女たちがお世話も警備もきっちりこなされているでしょう。いつものお世話だって、領城の全員で協力しておこなっているわけですし。特に料理とか、料理とか、料理とか。
「ははは、むしろ張り切ってお世話してそうっす。料理長とかここぞとばかりに料理してそうっす。」
それはそれで気に入りません。
そんなやりとりをしつつも、しっかりと打ち合わせを済ませて私達は小屋をでます。ちなみに今日はいつものお仕着せではなく、動きやすい温かい服の上に革製の鎧をつけた兵士スタイルです。お仕着せでも問題はありませんが、相手が相手なので念のためというやつです。
「いやーフェイと一緒というのも久しぶりっすねー。」
「そうですね、頼りにしていますよ、先輩。」
「いやいや、そこは若者が頑張るところっす。」
フワフワの髪を帽子に押し込み白いツナギで身を包んだラドリーは、そのまま雪に解けるように姿をくらませました。主や客人に悟られずに城を整える侍女ならばだれでも習得している隠形ですが、ラドリーの技は見事の一言。私でも意識を集中していなければどこにいるのかわからなくなります。
「さて、参りましょうか。」
膝まで積もった雪をかき分けながら、私はより強い冷気に向かって歩を進めます。
雪の貴人。その魔物の姿は、魔物でありながら多彩でなかなかに優雅なものでございます。ある貴人は貴族の姫のように豪華なドレスをまとい、、ある貴人は武人のように立派なや甲冑を身に纏ってていることがあるそうです。
「うん、これは。」
今回の貴人は女性でした。妙齢の女性のような体型に夜会できるような豪華なドレスをまとい、顔は頭から垂れるベールのようなもので隠されています。大変美しい姿ですが、氷で作ったものなので青白く、一目で魔物と分かる異様であります。
雪の貴人は森の一角に立ち、何をするわけでもなく佇んでおられました。ただ大人しいのは彼女だけで、その周囲には冷たい冷気や氷の粒がグルグルと渦巻いています。そしてひとたび敵を発見すればその渦が広がり、周囲のすべてを薙ぎ払い凍りつかせるそうです。
数年前に出現したときは、討伐を見学させていただきましたが、奥様の魔法で火あぶりになったところを、お館様が人達でその首を切り落としていました、文字通りの秒殺でありましたっけ?
「こおおおおお。」
そんなことを考えつつ、堂々と近づくと雪の貴人が私に気づいて威嚇の声をあげます。風でベールが巻き上がりますが、その下はのっぺらぼう。人間のような見た目ですが、魔物であり自然現象。交渉の余地はありません。
「参ります。」
氷の渦がこちらに飛んでくるのを確認して、私は雪を踏みしめて駆け出します。突然の加速に対して雪の貴人は対応できず、氷の渦は私の背後を通り過ぎる。雪で足場の悪い中で動きの鈍った相手を狙うつもりだったのでしょうが、なめすぎです。
「こおおおおお。」
近づく私に雪の貴人は氷の渦を操り迎撃しようとしますが、その動きはもっさりしたもの。私をとらえるには足りません。
「こおおおおお。」
されど、相手は魔物。武器は氷の渦だけではないようで。あと数歩のタイミングで私の進軍は分厚い氷によって阻まれました。雪の貴人の魔力によって作られた氷は広く、厚く、そしてとげとげしていました。このまま突っ込むのはかなり嫌なのですが。私は突撃をやめませんでした?
「こおお。」
その様子に雪の貴人の鳴き声に喜色が混ざります。ですが、それはあまりに致命的です。
「あらよっと。」
隠れて回り込んでいたラドリーがその背中に、斧を振り下ろし、背骨にたたきつけました。
「こお?」
突然の襲撃、必殺とまではいたりませんでしたが集中が乱れたのか、氷の壁にひびがはいります。
これならば楽勝です。
速度を落とすことなく抜刀。ヒビの入った氷の壁を振り抜いて打ち砕き、そのまま突撃。そのまま貴人の目の前に着地します。
「こおおおおお。」
「うるさい。」
神速の剣劇。勇剣術とは関係なく純粋な剣劇。それをもって雪の貴人の首と胴体は永遠に離れ、冷気も収まりました。
うん、我ながらいい仕事です。
「フェイ、お疲れ様っす。うんうん、すっかり強くなってお姉さんは嬉しいっす。」
氷のように解けていく冬の貴人と、温かさを取り戻す空気を感じながらラドリーがニコニコと話しかけてきました。
「まったく、アナタで終わらせられたじゃないですか、ラドリー。」
「いやいや、それだと確実性に欠けるっす。斧はすぐに凍り付いて使い物にならないって話ったすよね。」
私が正面から、雪の貴人の注意をひき、気配を決して近づいたラドリーが急襲する。それで決着がつけばよし、だめでも私がそのまま突撃して相手を倒す。私たちの考えた作戦はそういうシンプルな物でした。
首を狙わずに背中を狙ったあたり、ラドリーが本気だったかは怪しいですが・・・。
「いやいや、斧で首ちょんぱは無理っすよ。」
「縦に割ってしまえば。」
「それだと隙が大きいっす。1人ならそれをためしかもっすけど、フェイがいるなら、より確実な手を選ぶっす。魔物相手は確殺を狙う、これは基本っすよ。」
「そうですね、さすがです、先輩。」
ラドリーがそう言うのならばそうなのでしょう。私も優秀な侍女という自覚はありますけど、専門分野の人や、ラドリーたち先輩には今一歩及びません。彼女たちがそう判断したなら、それに従うまでのこと。
「それじゃ、帰って報告っす。洗濯物もたまってそうっす。」
「たしかに、この気候じゃ、乾きにくそうです。」
緊張感もなく会話をしながら、私達は帰路につきます。雪の貴人はその性質上、周囲の魔物や獣を遠ざける効果もあり、倒したあとが安全なだけなのが利点です。
「ところで、なぜ斧なんですか?」
「非力な私にはちょうどいいんすよ。私の場合、正面から戦うことなんてないっすから。」
「なるほど。」
「あと、長物を持ち歩くと洗濯物を運ぶのにじゃまっす。」
「背中にしょってしまえばいいのでは?」
「それだと、ときどきひっかかるす。」
気楽に帰路につきつつ、久しぶりにラドリーと長い事話せたのはちょっとだけ楽しかったです。
ただ。
「おかえり、フェイ。」
城に戻るなり、私に抱き着いてぎゅっとされるお嬢様にはまいりました。
可愛いし、素直だし、寂しかったし、お嬢様もそう思っていてくれたことが嬉しかったし、なにより一週間以上もお嬢様に会えていなかったし。
「あらら、フェイが幸せで気絶してるっす。」
10日ぶりのお嬢様が尊とすぎて気絶してしまったことが不覚です。城中の人どころか、マール姉様やアル兄様にまで手紙で知らされ、しばらくからかわれました。
己、雪の貴人。タイミングの悪い時に出現しやがって。
フェイ「さっさと帰りますわよ。」
冬の貴人「なんの活躍もできずに秒殺されました。」
ラドリー「なんかすまん。」
なんだかんだ、フェルグラント家の人達が大好きなので、仕事はしつつ離れたくない侍女たちでした。




