16 季節感は無視できない。 前
侍女さんたの素敵なーお仕事の話。
季節に合わせた料理や生活を提供するのは、侍女の務めですわ、と今日も役目に励むフェイラルド・テスタロッサです、ごきげんよう。
季節ごとに様々な色どりを見せるフェルグラント領ですが、夏はほどほどにスゴイしやすいことで有名です。暑さはそれなりですが、風があり水源も豊富。だから植物も生き物をすくすくと育ちます。人々は夏の間に汗を流して懸命に働き、厳しい冬に備えるのですが。
「雪?」
お庭で休憩をされていたレグナ様が空を見上げて目を丸くさせたのは、そんな夏だというのに振り出した雪の所為でした。
「雪ですわね。」
同意しつつ、レグナ様に上着を着せて傘をさします。領城は壁で囲まれて常に適温に保たれていますが、季節外れの雪に体感温度は不思議な気持ちになります。
「すぐに執務室へ行くわよ。」
「はい。」
この異常事態に対して、お嬢様はすぐに判断を下され、お館様の執務室へと向かわれました。
「皆さんもお気づきと思いますが、どうやら冬の貴人が出現したようです。」
執務室に集まった面々は、執務室に座るレグナ様とその横で事情を話す侍女長様に向けられています。
「発見報告が2日前、北東の村で雪が降ったのが確認されています。村人たちは慣例に従ってこちらに避難を開始し、先触れに走った若者が先ほど領城に到着しています。」
迅速な対応、さすがはフェルグラントの領民です。
冬の貴人とは、冷気を纏う魔物です。人のような姿をした魔物で、氷で作った鎧で身を守りつつ、冷気を自在に操り敵を攻撃する戦い方は、並みの剣士では歯が立たず、魔法使いも削り切れい強敵です。
何より危険なのは、その性質です。冬の貴人は出現した場所からほとんど動かず、周囲に冷気をバラまき環境を変えてしまいます。その影響範囲は、遠く離れた領城にまで雪を降らすほど、その戦闘能力よりも、存在そのものが災害のような魔物であります。
「可及的速やかに排除する必要があります。常時ならばお館様が出撃されるのでしょうが、御存じの通り、今は主だった人材は王都へ向かっています。」
現在、お館様と奥様は、アル兄様の訓練の様子を視察するために王都へ向かわれています。その護衛とお世話のために主だった人達は随行されていて、留守を預かっているのはレグナ様、そして、領内のあれこれを取り仕切っているのは、侍女長様であります。
魔物に季節感はないのでこのようなことは珍しくはないのですが、今回は少々、間が悪いのです。
「今、城内で手が空いている人は・・・。」
夏は稼ぎ時です。なので、皆さん割と忙しい。
討伐となればそれなりの日数がかかります。なにより「冬の貴人」はそこそこの強敵です。お館様か奥様のように、さくっといって、さくっと倒せるレベルの強者ならまだしも、ここにいる人達なら多少は苦戦するでしょう。倒せないことはなくても、苦戦は必至、立場や難易度を考えればためらってしまう。
もちろん、私も含め命令されれば誰もがやり遂げる自信と覚悟はありますわ。でも、イレギュラーな出来事に仕事を邪魔されるのが嫌なのも事実なのです。
言われればやるけど、できれば誰かにやってほしい。執務室にそろった面々はそう思っていました。
「はいはい、私行けるっすよー。」
と皆が躊躇いを見せる中、1人の侍女が元気よく手をあげて立候補されました。
「ラドリー、たしかにランドリーメイドの仕事はフォローもしやすいけれど。」
「相手が相手ですから、私達の誰かが行くしかないでしょ。だったら、うちが行くのが一番っす。」
そう断言するラドリーさんは、ランドリーメイドたちのリーダーです。フワフワした髪に、ぱっちりとした瞳は薄い茶色。ふにゃっと笑いながら提案する姿がどこか小動物を思わせる愛嬌がある素敵な女性です。御年が不明ですが、お嬢様が生まれる前からランドリーメイドとして働かれており、私に仕事を教えてくださった先輩でもあります。
彼女ならば、安心です。念のために兵士さんたちが随伴すれば万が一もないでしょう。
「それで、ヘルプにフェイを貸してください。それなら安全かつ確実に瞬殺できます。」
「はい?」
ちょっと待ってください。私はお嬢様のお世話という最重要のお役目があるのですが。
「たしかに、レグナ様には万が一の場合にお城を守っていただく必要がありますから残っていただくとして、お世話と警護は私が入れば、問題ないわね。」
「じ、侍女長。」
まさかの裏切り? ひどいです侍女長。別に私じゃなくてもいいじゃないですか。
「いやいや、フェイ。ことは一刻を争うっすよ。このまま気温が下がれば作物に影響がでるし、魔物の行動が変化するかもしれないっす。そうなったらレグナ様やお館様の仕事がめっちゃ増えちゃうっすよ。主の憂いを事前に払うのも我々の務めっす。」
「そ、それはそうですが。」
ラドリーの言うことももっともです。雪の貴人は最優先に討伐すべき魔物の一つ。ですが、その性質上、集団での討伐は効率が悪く、実力が確かなものが討伐へいくのが効率がいい。人手が少ない今、私とラドリーの2人を派遣するのが最適解なのは確か・・・。
「今、残っているメンバーなら自分たちが最適っす。」
「そうね。」
そこまで話し合って、私達はお館様の執務机に座るレグナ様を見ます。両親が不在の今、最終的な判断は、ご息女であるレグナ様に委ねられます。無論、まだ幼いレグナ様にその責任を負わせる気はなく、必要ならば王都にいるお館様達へ連絡をするという判断を頼むという選択も用意されています。
「冬の貴人、私が出会うのは初めてだけど、その脅威は分かっているつもりです。」
私達の視線を受けながらレグナ様は、一切ひるむことなく堂々と言葉を発せられました。
「早急な対処は絶対として、アナタたちの判断を信じます。ラドリー、フェイラルド。アナタたちに冬の貴人の討伐を任せます。必要なものはあなたたちの判断で用意して構いません。」
「「はっ必ずや成し遂げます。」」
こういう時、騎士や兵士さんなら、この身に代えてもなどとといって覚悟を示すのでしょうか?
ですが、私達はフェルグラント家に仕える人間です。
出来ることはできる、できないことはできないとはっきりと告げる。その上で、主の命令には絶対に従い、生き残る。それこそが誇りでございます。
フェイ「お使い行きたくない。」
ラドリー「文句を言わないで、さくさくいくよー。」
お嬢様から離れたくはない、でも役目である以上断れないので複雑な侍女。




